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鬼の面  作者: 有川
1章
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面と男(1)

 あの鬼二十と名乗った男は、自分を面だと言った。

 文字通りに捉えすぎると混乱するが、人間でないことだけは重々理解したつもりだ。外見に言い訳をつけたって、お釣りがくるくらい非現実を見せつけられた。


 問題は、あの男が再び現れる可能性が高そうなこと。考えるほど、あれっきりでは済まなさそうなのだ。


 一つめ、男が二回も現れた理由が判明していない。つまり目的や用件があったとしたら、それはまだ果たされていないという事になる。

 二つめ、もう会う気がない相手なら名前を名乗らないんじゃないか? 例えば泥棒は、出くわしても自己紹介なんて普通しない。

 これだけでも、男がまた姿を見せる可能性は十分にある気がする。


 鬼の面はまだ蔵にあるんだろうか。なんにせよ、蔵に鍵をかけても部屋に現れたのだから、男はどこにでも行けると考えておいた方がいい。

 長風呂でここまで整理して、ふとある事に思い至る。男が風呂場に現れなくて良かった。




 部屋に戻る時は少し緊張したけれど、電気をつけて十秒様子見しても何も起こらない。

 それならもう寝てしまおうと、まっすぐベッドへ入った。今日に限っては、暑くてもタオルケットを頭の上までかぶることにする。


 ……疲れていたせいか、夢も見ず一瞬のまばたきみたいに目が覚めた。

 実際長時間は寝ていないのかもしれない。タオルケットをかぶったままだけれど、早朝の雰囲気がした。

 横にあった携帯を開くと、時計は朝五時過ぎと表示する。睡眠時間が足りていても、用が無ければちょっと起きる気のしない時間だ。


 ため息と一緒にタオルケットを跳ね退けたが、それはすぐに引き寄せることになる。

 視界の端、ベッドから一メートルくらいの所に、あの男が立っていた。



「きっ……」


「鬼二十」


 私が言い淀んだのは、聞いた名前を忘れたからではない。驚きと、一瞬後に湧いた呼んでいいのかというためらいだ。

 男がどういうつもりなのか、表情からはわからない。タイミングからいって、恐らく呼ばせるために言っている気はした。


「……鬼二十さん」


 呼ぶと男は頷いて、こちらに近寄ろうとする。私も慌ててベッドの奥に逃げて、待ったをかけた。


「あの! 出来たら、お願いだから、お話はその場所からお願いします!」


 鬼二十は少しだけ面食らった顔をしていたが、納得してくれたらしい。どかりとその場に腰を下ろした。

 昨日と同じように土足だったし、胡座や腕組みまでして、かなり態度が大きい。心なしか顎を上げているので、余計にそういう印象があった。



「それであの、鬼二十さんはなぜ朝から私の部屋に」


 ベッドの上で正座をして、反応を窺いながら質問をする。私の方がベッドの分高い位置にいるのに、まるで彼の家来みたいだ。

 下手にでる私が可笑しいのか、もしくは質問の内容に対してか、鬼二十は鼻で笑って意地の悪い笑みを浮かべた。


「お前に見えないだけで、私はずっとここにいたぞ」


「ずっと、って」


「昨晩から」


 その爆弾発言に、私の顔が引きつる。姿を見せないことも出来るなら、私には何の対策も立てようがなかったんじゃないか。

 というか、私がこんなに警戒していても、既に同じ部屋で一晩過ごしていたなんて酷い笑い話だ。


 幽霊といえば怨恨や未練を連想するが、妖怪といえば化かすもの。鬼二十の存在は、幽霊というより妖怪という言葉がしっくりくる。そして一晩そこにいて、何をするでもないという無意味さ。思えば最初から、私はからかわれていたんだろうか。

 少しずつ腹が立ってきて、私の話し方にも棘が混じる。なんで、面に遊ばれなきゃならないんだろう。


「もしかして、昨日私を蔵に閉じ込めたのもあなた?」


 私の態度が変わり始めても、鬼二十は鈍感なのかどうでもいいのか、まるで気にしていない。


「あれはお前が箒を捨てようとしたから、箒がやったんだろう。あれも中々古いやつだった、そろそろ動いてもおかしくない」


 しれっと答えられた内容は、私にとっては一つ一つ問い詰めたいことばかりだ。古いから動いてもおかしくない? そんな事を言い出したら、町中の家が大移動を始めてしまう。

 大体箒に対して「ぼろい」とかは言ったかもしれないが、捨てるとは一言も言っていない。……捨てる気だったけれど。

 私は胡散臭いものを見る目で、鬼二十に訊く。


「捨てようとしたかなんて、分かるの」


「普通分かる」


 常識を語るようにきっぱりと言い切られても、馬鹿にした目をされても、私には納得いかない。鬼二十はわざとらしく息を吐いて「随分時代は変わったようだが、今の娘は付喪神も知らんのか」と、また私を馬鹿にした。

 別に現代の女子高生は、妖怪の知識なんかなくても困らないんだ! と不満たっぷりに睨んだが、鬼二十は興味の無さそうな顔をしていた。腹立つ。


 会話に少し間が開いたので、鬼二十を眺め回す。顔が良いのだけは承知している分、もうとにかくケチをつけたい気分だった。

 和服は衿の合わせがだらしなさすぎて、私がもし立ち上がったら腹が見えそうだ。袴と言っていいのかわからない奇妙なズボンは、腰のところで衣服用ではなさそうな太い縄を使って締めている。あと全体的に、端が擦り切れていて正式な場に着て行けるような物ではない。

 じろじろと端まで眺めても、結局服にしか文句が言えなかった。軽く咳ばらいをする。


 ここまで時間を使っても重大な話はしていないし、手出しもされていない。鬼二十がした事といえば、私の無知を揶揄したくらいだ。正直、目的どころか大した用件も無いんじゃないのかと疑わしくなってきた。


「……鬼二十さんは、別に私や家族を殺そうとか、そういうつもりじゃないんですね?」


 畏敬の類を伴っていない、私の中途半端な敬語にも無理が出ている。

 これだけは確認しておかないと困るのだ。この男が私を馬鹿にしていようがいまいが、重要なのはここに尽きる。

 私の視線をうけて、鬼二十は軽く肩をすくめた。


「殺して何になる」


 ……妖怪というのは、人の神経を逆なですることしか言わない生き物なんだろうか。「あっいえそんな滅相もない」とは間違っても言いそうにない。少なくともこの人は。


 部屋の真ん中を陣取る傲慢な妖怪は、私が質問をやめると黙ってこちらを見る。一向に自分の用件を話すそぶりを見せない。



「じゃあ、あなたは何のためにここに?」


 私はタオルケットを握り締めて、そっちが言わないのならばと核心を突いた。昔からあっただろう面の妖怪が、なぜ今になって私に付きまとうのか、その理由だ。

 退屈そうにしていた鬼二十の目がまた、強い力を持って私を見る。睨まれているわけじゃなく、ただ見られているだけなのに、最初のように「怖い」と感じた。私が身構えている様子を数秒眺めてから、鬼二十はそのままにやりと笑う。

 答えない。


 得体の知れなさに、背筋が少し冷えた。こういう感覚を与えられると、この人は人間じゃないと痛感する。

 人間の不審者相手だったら、怖さに任せて少しくらい罵倒してしまったかもしれない。だが、鬼二十相手にはそんな気にならない。彼を本当に怒らせるのは遠慮したい。

 私が黙ると、鬼二十はマイペースな振る舞いを続けた。それも黙って見ていると、何を思ったのか畳でくつろぎだす。



 まさかとは思うが、この部屋に居着く気なんだろうか。



 我ながら嫌な想像だが、間違っている気がしないから困る。

 私が蔵で箱を開けてしまったことが原因だったとしても、いくらなんでもそれは無理だ。母や祖母に「わが家は鬼の面の妖怪に取り憑かれてます、そいつは私の部屋にいるんです」なんて、寝ぼけたって言えない。

 かといって、妖怪の男との同居を受け入れる気もない。



「……私の部屋から出ていって下さい」


「ほう、では家主に挨拶でも」


 一見私の真剣な頼みを聞き入れたように、鬼二十はすぐ立ち上がる。しかし、口にする内容がピンポイントで私が一番避けたい事だなんて、なんてたちの悪い人なんだろう。


「待って、やめて」


 不本意だ。けれど、こう言うしかない。

 鬼二十は呼び止める事を予想していたように、自然に元居た場所に腰を下ろす。そうして私を見上げて、微かに上に立った顔をするのだった。

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