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鬼の面  作者: 有川
5章
36/38

ままならない(1)

 その週も終わらないうちに早速、洋介から予想外の申し出があった。帰宅時間が合わないので、初めて電話をしてもらうことになる。


「お前らのデートを手伝う。場所は、この際どこでもいいってことでいいなら」


 これには思わず、どうやって!? と大きな声を出しそうになった。鬼二十は隣で、不審そうに私を見ている。

 もう一度「どこでもいい?」と念押しされて、彼には見えてもいないのに頷きながらお願いした。


 デートといっても、本当の本当に近所だった。坂を上り私と洋介の家を通り越して、途中の細い土階段から山道に入る。数分登ると、少しひらけた場所に出るらしい。目的地は、私たちが住んでいる山の上だった。

 それでも、家から離れて、鬼二十とデートとして外を歩ける。十分すぎる。今から週末が楽しみになってきた。


「一応山だからな。脚出る服着てくるなよ」


 はずんだ声を出す私に、電話越しに洋介が苦笑している。危ない。スカートをはくところだった。



 祖母を介して、私も以前よりは顔見知りが増えた。でも洋介はもっと交流があるし、近所のお年寄りからの評判も良い。

 女の子が一人で山に入っていくなんて、人に見られたら心配して後を追われるかもしれない。彼がいれば、なにか用事があるのだろうと流してもらえそうだ。

 そのかわり、繰り返せばいつか近所で噂になるだろう。だけど、洋介はそれを許してくれた。同級生に誤解される訳じゃないから、とのことだ。


 この件で人目につかない場所ならデートもできると気付いたけれど、他に思いついた所はカラオケくらいしかなかった。一人カラオケだと思われる恥ずかしさを乗り越えたところで、鬼二十はうるさいのが嫌いだ。室内で過ごすだけなら家と一緒だと思う。




 洋介の家の前で待ち合わせていると、まるで彼とデートをするみたいだった。なにせ、私はデートをするために今日家を出たのだ。服装だって、ちょっとだけ気合が入っている。鬼二十にそれがわかっているかは微妙だけれど、私の気分の問題だ。

 斜めがけの鞄の中には、必要最低限のものと鬼二十の面がある。今だって姿を現せないだけで、彼は私の様子を見ているに違いない。鬼二十が出てくるまでは、待ち合わせをしているんだと思っておく。


 家から出てきた洋介は、近所を走るような格好をしていた。彼にとっては、本当に近所への散歩だからだろう。私の格好を見て、なにか言いたげな顔をしてから息をつく。

 ……言われた通り足元はジーンズにスニーカーだけど、トップスが少しひらひらしている。ハイキング未満の散策とはいえ、私の格好は街デートでも通用する服装だ。

 照れくささを抑えて挨拶すると、彼は「行こう」と先を歩いた。


 引越してからしばらく経つが、坂道をそれ以上のぼったのは初めてだった。一度洋介の家を教わったとき、表札の前まで行ったきりだ。

 石垣で補強された山を左手に、坂道はゆるくカーブしている。途中に小さなお地蔵さまもあって、洋介は黙って会釈していた。


「春と夏は採れるものがあるんだ。寒くなってきたし、今の季節は滅多に人が来ることはないと思う。だから、雑草も背が高いかもしれない。覚悟しといて」


 そういうことを聞きながら、続いて土階段も登りきった。

 ひらけた場所というだけあって、軒下から出たみたいに辺りへ陽がさしている。ついきょろきょろと眺めて一歩踏み出す。草がふくらはぎの高さまで伸びていて、がさがさと音がした。

 うちの家と裏の茶畑を取り壊したら、こんな広さだろうか。遊びざかりの小学生には狭いかもしれない。でも私たちには、これくらいでいい。

 着いたよと言われて、私は数歩前に出て鞄に手を添える。


「鬼二十、もう出てきていいって」


 声をかけると、両肩を軽く押さえられて足を止める。体ごと振り返れば、鬼二十はもうそこに立っていた。名前を呼ぶと、返事がわりに頭へ頬ずりをされる。

 鬼二十の肩越しに洋介と目が合う。なんともいえない表情をしていた。


「俺ここにいて、人が来たら教えるから。少し二人で歩いてきたら?」


 この場所への唯一の道であるさっきの土階段で、見張りをしてくれるようだ。お礼を言って、鬼二十と一緒に原っぱを歩き出す。


 すぐに崖というか、斜面の手前に突き当たった。遠くの山や、その間からぼんやり街まで見える。知ってはいたけれど、この辺りは本当に家より畑の方が多かった。町とは名ばかりで、山に囲まれた村だ。

 そんなに高くない山だけど、田舎らしい景色のおかげでやけに感動する。少し紅葉も始まっていて、ポストカードみたいだった。 



 ここで鬼二十と景色を楽しめるのも、デートの手伝いまでしてくれた洋介のおかげだ。

 私は「出来ない」と落ち込むばかりで、周りを警戒しながら人気のない場所に行こうなんて、きっと一人では踏み切れなかった。

 振り返ると、洋介は背を向けて階段の方で携帯を見ている。


「見張りまでしてもらっちゃって、すごくお世話になってるなぁ」


 そう呟くと、隣の鬼二十も頷いて同意する。

 今日の出掛けにペッボトルのお茶を一本渡してはいるが、そんなものでは絶対に足りていない。後日改めて、何かできないか考えてみよう。


「何かしてやれたらいいが、男が喜ぶことは思い当たらん」


 鬼二十が言うことは、内容自体は私と同じだ。……なのになんだか、微妙にひっかかる。女が喜ぶことなら知っているとでも言いたげに聞こえた。

 彼も、ゆっくりと辺りを見回す。



「こういう所に来たのは、初めてだ。足元に草が繁って、木が多い」


 鬼二十は以前、うちの蔵で初めて付喪神になったと言っていた。面を外に持ち出す人はそういないだろう。彼は人が手をいれた場所から出たことがなかったのだ。

 いまは太陽の方をじっと見て、眩しそうに目を細めている。本当に二人で外に出ているんだと、実感がわいてきた。


「手、つないでみたい」


 短い時間を最大限楽しみたい。デートっぽいことをしよう。そう思って、鬼二十の袖を引く。


「手……?」


 こちらに左手を差し出してはくれたが、手の向きやら、つなぎ方がぎこちない。隣に立って手を繋ぐようなことは、たしかに今までしなかったかもしれない。

 キスは最初から手馴れていたのに、こんなことは不器用で、可愛いから困る。ちょっと笑って、私から鬼二十の手をしっかり捕まえる。こうするの、と言ったら温かい手に握り返された。



 ――突然じわじわと吐き気がし始め、指先とうなじが冷えていく感覚がした。立っているのがつらい。

 手を繋いだばかりなのにどうしよう、離したくない。そう思っても、指先の冷えや震えに気付かれる方が嫌だった。一度腕をぎゅっと組んで寄り添って、どさくさで手を離してごまかす。それから、適当な葉っぱを触るふりをしてゆっくりかがんだ。

 横にならないよう気を張るので精一杯で、しゃがんでいる間にもどんどん体が冷えて、今は立てる気がしない。


「具合いが悪いか」


 鬼二十はすぐに私の体調不良を察知した。いつも一緒にいるから、これくらい見透かされてしまうのかもしれない。

 元々洋介を待たせているし、そんなに長居するつもりはなかった。それにしたって、帰るには早すぎる。五分くらいしか経っていない。


「ううん大丈夫、そんなにひどくは、ないはずだから」


「無理はするな」


 最近風邪気味だったのもあってか、鬼二十は気遣わしげだ。

 ついに、草の上へお尻をついてしまった。支えようと左手をついても、全然力が入らなくて転がりそうになる。寸前のところで、鬼二十が受け止めてくれたらしい。

 視界が悪くなってきて、彼が私を覗き込んでいることしかわからなかった。支えてくれているはずの背中にも感覚がない。

 この感じは、何年かに一度ある貧血だと思う。わかったところで、どうにもできない。


「家から近いだろう。また来ればいい」


 言い聞かせるようにして、鬼二十は私の目を見る。

 なんで私の体調まで思い通りにならないんだろう。悔しいし、気合でどうにかなるなら起き上がりたい。でも、いくら力を入れようとしても、腕すら上がらない。意識は、少しずつ薄れていった。

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