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鬼の面  作者: 有川
4章
23/38

待たせている人(3)

 まだ冬服を着るには暖かいけれど、季節は衣更えを迎え、雰囲気も変わる。


 委員会はそれから何度かあった。週に何回も集まり、ひたすら文化祭の規則を教え込まれた。ちょうど文化祭まで一ヶ月だ。クラスでもその準備が始まりつつある。

 文化祭の日程がハロウィンに近いからという理由で、クラスの第一希望はモンスター喫茶になった。文字通り、ハロウィンらしい飾り付けや仮装をする模擬店だ。


 クラス集会で皆がわいわいと決め、私と佐塚(さづか)君が案を預かる。私たちにとっては、この時期が仕事の山場だった。



 文化祭に似たような出し物ばかり並ばないよう、ジャンル毎に上限がある。枠より多く希望のクラスがあれば、当然話し合いだ。

 人気のないジャンルであれば、多少つめが甘くても「後で指導すればいい」と放っておいてもらえる。人気ジャンルは、材料の仕入れ数の見積もりまで「やって当然」という扱いだった。

 そこで現実味のないことを言ってしまうと、話し合いで指摘されてしまう。最初の会議では、佐塚君がうまく回答してくれて切り抜けられたようなものだった。


 模擬店の中でも、喫茶店は食事系より楽で毎年人気があるらしい。今年は三枠を八クラスが争い、既に二クラス落とされた。


 会議に向けて、それなりに二人で時間を費やし企画書を作っていったのだ。私は充分すぎる出来だと思っていたし、佐塚君が真面目なんだと思っていた。けれど、実際はそれでも足りなかった。

 彼が用紙に書く内容の大半を煮詰めてきてくれて、私はその清書と、佐塚君の手が回らない分を受け持った。紙に対して書く内容が多いな、と一部図説にしてしまったりして、省略したのは私だ。紙に明記していないことは、ほぼ全て三年生につつかれた気がする。


 会議の後「よく咄嗟に答えられたね」と訊けば、一年生の時にも文化祭委員をしていたと教えてくれた。だったら、私は余計なことをしないで言うとおりに書けばよかったのだ。


 次の会議用に新しい企画書用紙を受け取り、彼が検討、私が記入しながら会話する。


「男が書くより、やっぱりきれいで見やすくなるから。助かってるよ」


 なんとなく私が反省しているのを察したのか、そうフォローを入れられた。盗み見ると、彼は古い企画書に目を落としたまま、眼鏡を上げる。

 放課後の教室で二人きり、と言うと誤解を招くだろう。たまに部活中の子が教室に荷物を取りに来るし、基本私たちは黙々と作業している。変な雰囲気は全く無かった。


「足ひっぱちゃったかなって思ってた」


「去年はほとんど一人で書いたし、全然今年の方が楽」


 苦笑いした私に、佐塚君はため息をつく真似をしてみせる。

 本当に無理なこと以外引き受けてしまう性格の彼は、肩をまわす仕草がやけに似合う人だ。真面目ではあっても、進んで多忙になる自分を笑うくらいの余裕はあるらしい。これは最近知った。

 佐塚君は予備校があるので、放課後にそう長く時間を割けない。それでもいる間はこうして委員の仕事に全力であたってくれるし、時間が来れば「家でやるから」と多くを持ち帰ってくれた。

 逆に、具体的な用の無い私は申し訳なくてたまらない。一応、バイトもしていない、予備校にも行っていないとは伝えてあるのだ。


「編入してきたばっかりなのに、大変でしょ。先生に押し切られたようにも見えたし、元から俺が頑張ろうと思ってたから」


 あの人けっこう強引だからね、と佐塚君が笑う。

 さっきも言ったとおり、申し訳なく思ってはいるのだけれど、私が文章を練ってもどのみち訂正を入れてもらうことになる。誰でも書けそうなところと、ペンでの清書に全力を注がせてもらおうと思う。


「本当に、環境変わったばかりの人間に普通は雑用押し付けないよ。俺だったら熱出すな、繊細だから」


 彼が最後に付け加えたのは冗談だ。まぁでも、部活には入らなくて正解だったと思う。会議は疲れるし、その後運動部の活動なんてあったら、心身へとへとで鬼二十おざなりコースまっしぐらだ。

 それでも文化祭委員になって得るものが無かったわけじゃない。他クラスの委員の女子とメアド交換もできたし、話しやすい男子がクラスに一人できた。

 佐塚君はどうも、私が委員を嫌と言えずにやっていると思っている節があった。これくらいなら、そう負担でもない。


「でも、他の学年の出し物にもすごい詳しくなったし、当日に食べ逃し無さそうでいいかも」


 前日配布予定のパンフレットでは、数十文字の紹介文しか載せていない。今は各所のおいしい所を知っているので、寄りたい模擬店がいくつもある。

 食い気に傾いた発言は、他クラスのプレゼン中「美味しそう」を何度も呟いていたことを思い出させたらしい。その時のように、佐塚君は小さく吹きだした。


「……それ、すごいポジティブだね」


 笑われたことで、これじゃ食いしん坊キャラみたいだと気が付いて今更恥ずかしくなった。


 時間が来たので二人とも帰り仕度をする。次に会うのは来週だからと、清書用のメモをたくさん作ってもらった。

 佐塚君はバス通学なので、校門を出たらすぐ方向が分かれる。あと数歩で校門というところで、彼はううん、と考えてからこう切り出した。


「今週末、飾りとか衣装に使えそうな物を見に大きめの百円ショップに行くんだけど、峰岸さん来れる?」


 今週末というと、明日か明後日だ。とても急な話で、思わず「えっ」と一言だけ返した。


「予算範囲内で衣装も内装も用意できます、っていうのを証明できたら、文句つけづらくなるかなと思って」


 そう言って頬をかく佐塚君はいつも通りの様子だ。

 前回の会議で遠まわしに「ハロウィン風の衣装と内装は、中途半端だと悲惨」みたいな意見を言った人が一人いた。そこは「一ヶ月ありますから平気です」と佐塚君がすぐに返して「そうですか」で終わったのだが、二回目であればそこも詰める必要があるのかもしれない。

 でも、委員会のために休日に会うっていうのも何だか不思議だ。

 本来放課後に行くものだろうけど、こちらはバスも少ないし、彼は予備校がある。放課後は選択肢に無かったのだろう。


「気が向かなかったらいいよ。一人でもできるから」


 ただ佐塚君がなんでもないことのようにそう付け加えるので、彼ばかりにやらせて申し訳ない気持ちが先に立った。


「ううん、行く。こっちの百円ショップがどこにあるか、知っておきたいし」


 彼は少し微笑んで、どうも、と反対の道へ曲がっていった。

 結果、佐塚君と日曜の午後にバス停で待ち合わせだ。





「お前、それは口実だ」


 私が帰るなり、鬼二十は表情を不穏に曇らせ、無言で懐まで踏み入ってきた。噛み付かれるんじゃないかと思うほど、有無を言わせず私の肩口へ顔を突っ込む。

 驚きで心臓をばくばく言わせているうちに、どうやら匂いでも嗅いでいるようだと気付いた。何か変なにおいをつけただろうか。私も自分のブレザーの袖を嗅いでみたが、分からない。

 鬼二十は珍しく、私の学校生活の話を訊いてきた。そうして話した結果、そんなコメントを頂いたのだ。


 佐塚君はとても真面目な人だし、態度を見ても変にでれでれしていない。しょっちゅう委員で二人になるのに、わざわざ口実を作ってまで私と会いたがるとは思えなかった。


「お前も、そこまでする必要があるかと引っかかったんだろう。なら実際、そうせずとも困らんだろう」


 はぁ、と攻撃的なため息をついて、鬼二十が定位置に腰をおろす。私はなぜだかお説教を受けた心地で、そうっとその近くに座った。

 約束の日が鬼二十の食事の日だったことも、この不機嫌に油を注いだらしい。ちょっと買い物に行くくらい今までにもあったから、そこは気にしていなかった。


 今回文句を言う理由も「男のにおい」なんだろうか。

 大体、私を物理的に嗅いで男のにおいとやらが分かるなんて初耳だ。当然、接触なんて全くしていない。隣の席の男子と大差ないはずだ。

 黙ってあれこれ考えている私を、鬼二十は剣呑な瞳で見る。


「で、行くのか」


「……ごめんね。約束したし、今回は行くと思う」


 こちらへ向ける強い視線はそのままに、しばらくしてから「もう少し慎重になれ」とだけ残して、鬼二十は姿を消した。


 こういう雰囲気で消えると、私も呼びづらいしその日はもう会えないことが多い。この会話で日曜の約束が不安になってきたからこそ、鬼二十ともっと話をしたかった。

 佐塚君がそういうつもりで休みに呼び出したのかどうかなんて、あからさまでなければ、私が判断するのは自意識過剰みたいで嫌だ。でも全く無いと否定もできなくて、鬼二十を苛立たせたのも私のせいに思える。

 いつものように鬼二十と過ごせたら、今の気分も回復できた気がする。見えない鬼二十のことをひたすら考えて、小さくため息をついた。



 以前鬼二十が「その気が無いのなら男を部屋に招くな」と私に忠告したのを思い出す。あの時私は「その気」というのを、私自身が恋愛感情を持つことだと解釈していた。

 違う。鬼二十の立場や今までの発言を振り返れば、分かることだった。


 鬼二十が心配しているのは、私が恋人を作り、やがて良い食事としての条件から外れること。露骨に言えば、生娘ではなくなることだ。


 今のところ私ははっきり「約束は守る」と鬼二十に言ってある。態度でも、優先する姿勢を見せていた。私が鬼二十の餌としての立場を軽く見ていないことは、恐らく伝わっている。

 だから、余計な不安を抱かせるなと言っているのだ。


 その気がないなら、とは「鬼二十を裏切るつもりでないのなら」という意味になるのだと、私はこの日理解した。

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