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鬼の面  作者: 有川
3章
17/38

学校(3)

 それからは、毎日違う部活の見学に行った。声をかけやすいから、まずはクラスの女子が入っている部活中心だ。

 日奈ちゃんからの情報で、ハード過ぎず、今の時期に新人を入れても平気そうな部活をいくつか回った。


 まず女子バスケット部はハードなので除外。それをある朝洋介に話したら、随分と笑っていた。男子バスケット部から見ても、女子の顧問はかなり恐いらしい。


 比較的気楽にやれたのは、バドミントンだ。この高校では部員も趣味感覚で、試合参加枠は希望者だけで埋まらず、残りを譲り合う。競い合うのにあまり向かない私には、丁度いいかもしれない。


 連日運動部はつらいだろうと、文化部にも顔を出した。

 料理研究部は人気があるようで、三学年合わせると一つクラスが作れそうなほど大所帯だ。先生主導で授業のように活動して、主にお菓子を作る。皆が持ち寄った可愛いトッピングを眺めるだけでも、かなりテンションが上がった。




 編入生を特に迷惑がる部活にはまだ当たらず、選ぶ基準は私の好みだけだ。

 どの部活に行っても、ある程度は楽しさを見つけられる。だから、私はなかなか一つの部活に強く惹かれなかった。

 昼休みにそれを話すと、日奈ちゃんはパックジュース片手にふんふんと相槌をうつ。席が近いので、昼食は一緒に食べるようになった。


「具体的な希望はなくて、ただ部活やりたいの?」


 中学からバレーボールが大好きで、得意でもあったという彼女は少し不思議そうだった。バレーだから放課後の時間を使う気になるのであって、そうでなければ真っすぐ帰りたい、とはっきり言う。


 もちろん、私にもそういった何かがあればそれが一番いい。趣味が合う人同士、部員との仲も深まるかもしれない。

 ただ残念なことに、多くのものが「特別好きでもないし、嫌いでもない」に入ってしまう。あまり何かに夢中になったことが無いのだ。

 私は、どう言ったものかと頬をかいた。


「私無趣味だし、やりたい事のきっかけが部活でも良いかなって思って」


 日奈ちゃんはストローをくわえて、空のパックをぶら下げながら小さく唸る。脇を歩いていったクラスの女子が「お行儀わるいよ」と頭を小突いていった。

 そのうちに彼女はパックを畳んで、まぁ色々やってみたらいいよと軽く笑む。そういう人もいるか、と割り切る瞬間が見えるようだった。

 もう少しの間、部活に関しては彼女にいろいろ聞くだろう。



 そして今日は、剣道部に行った。

 練習も男女合同の部活は初めて体験する。と言っても女子の割合はやや少なくて、活動場所の多くを男子が使っていた。女子は一見すると、少し多いマネージャーにも見える。

 私が見学したいと申し出ると、男子の先輩がふざけて歓声をあげた。私の学年や担任、この半端な時期に部活を探す理由など、ふられる話題が尽きない。

 そこで女子部員の人達が側へ来て「うちの男共がごめんね」と、見学のための支度をしてくれた。人数は少なくても、女子は勝ち気な人が多いようだ。


 見学で時間のほとんどを過ごし、体験は基礎だけ参加させてもらった。上級生が一年生の姿勢や振り方を見るらしい。

 私には、テンションの高い男の先輩がついた。芸人並の顔芸を交えた話し上手で、近くにいる人達までつられて笑いを堪えている。竹刀の振り方は、意外と丁寧に教えてくれた。

 頭の上まで棒を振り上げること自体、女子にはそうそう無い体験だ。


 これも楽しかったけれど、きっと明日は腕が痛くなる。部活動体験を始めてから、日常生活で痛まない場所が筋肉痛になるのだ。ついでに痩せればいいな、と私は自分の二の腕をつまんだ。




 最近は、部屋に戻るとまずベッドで横になるのが習慣になりつつあった。

 机で鞄の整理をするのは、中腰が続いて疲れる。坂で自転車を押した帰宅直後は、たとえ五分でもいいから休みたかった。ベッドに埋もれると、気持ちが良くて思わず息をつく。


 その空いたスペースに腰掛けた状態で、鬼二十が現れた。ベッドが沈むこともなく、最初からそこにいたみたいな自然さだ。

 私はゆっくり首を傾けて、鬼二十を眺める。見上げているうちに、ふと何か引っ掛かるものを感じて思考を巡らせた。その何かへは、すぐにたどり着く。


「……あれ、もしかして鬼二十の食事、結構日にちあけた?」


 私は悪い可能性を、恐る恐る区切って言葉にする。

 この数日に食事をさせた覚えが全くない。思い出せる最後の記憶は、最悪の場合先週のものかもしれない。


 尋ねると、鬼二十は平然と頷いた。


「放っておいたら何日忘れるのかと、興味がわいた」


 怒っている様子ではないのはありがたい。……でも、なぜそんな興味を追究する気になったのかと、私は気が抜けてしまった。


 自業自得とはいえ、明日も学校があるのに六日振りの食事提供だ。

 私自身は、土曜日を憂鬱に過ごす覚悟をして明日に延期してもいい。だけど鬼二十は、態度に出さないだけで今も辛いんじゃないだろうか。


 最初に話し合った時、彼はたしか七日目を「限界に近い」と言っていた。行動を起こす前日から、ずっと機会を窺っていたと。

 そして鬼二十にとっての空腹状態とは、存在が危うくなる感じ、なのだそうだ。お腹が減る肉体的感覚はなくても、意識が薄くなる瞬間が増えていくらしい。危機感を持たないはずがない。

 この間は随分待たせてしまったけれど、わざわざ限界と聞いている七日目まで我慢させるのは気が引けた。


 私は寝転がったまま、鬼二十にウェットティッシュを取ってほしいと頼む。ケースは元々近くにあるので、すぐに手渡された。

 鬼二十はベッドから降りて、畳に片膝をつく。私がベッドにいる場合、高さの関係でその方が都合がいいのだ。

 それを横目に、私は拭き終わった左腕だけをベッドの外に投げ出した。顔は目の前のやわらかい枕に伏せる。体勢はうつぶせに寝たままだ。


「お待たせ。あとは、ご自由にどうぞ」


 それだけ言い残して、私はうとうとと目をつむる。

 きちんと数えたら十数秒くらいだろうか。返事も反応もなく、私は放っておかれていた。


 眠るわけではないので、やがて、腕に指が添えられる感覚があった。ひたひたと触れる手に最初は温度を感じなかったが、徐々に熱をもっていく。


 そうして腕に触れておきながら、鬼二十はなかなか生気を食べようとはしなかった。

 注射の前に脱脂綿で拭くような動きで、私の腕を撫でている。血管でも探しているんだろうか、と考えながら、私は黙っていた。今日は本当に疲れているし、早くしてくれないとこのまま眠ってしまう。何か反応をしたら、そのやりとりで長引く気がした。

 気にしないようにすれば、マッサージの一種に思えなくもない。そんなことまで考え出した私に、鬼二十は妙なことを言った。


「……自分が何をされているかくらい、見ておいたらどうだ」


 今から何をするかなんて、わかりきっている。

 普通の食事だってじろじろ見るものではないし、ましてや鬼二十の食事は特殊だ。眺めるのは悪趣味の部類じゃないだろうか。

 私は、ううんと生返事だけを返す。言外に「いいから続けてください」と思いを込めた。

 撫でさする手が止まり、部屋には私が枕に吐く息の音ばかりが聞こえる。


 それでも食事を始めない鬼二十に、私もさすがに待ちくたびれた。身じろいで、腕の方を見遣る。

 早くして、だとか文句を言おうとしていたのだが、思ったより不機嫌そうな顔の鬼二十と目がかちあう。文句は動揺して飲み込んでしまった。……途端に弱気になる自分が情けない。


 目を逸らすのを許さないような、強い視線だった。

 普段は肌に目を落とすのに、今日は私を釘付けにしたまま、腕に口元を寄せる。


 それからやっと食事を始めた鬼二十は、いやにゆっくり時間をかけた。

 もう目を離すことは出来たけれど、私は何だか心配でそれを見届ける。今日は様子が変だな、とそれくらいのことは十分感じたからだ。



 翌日の朝は、洋介と登校する最後の日だったにもかかわらず、私は大寝坊をした。

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