起動 送信
フヮン、という音が鳴った。
今となってはどこででもよく聞く音だ。特にここのようなオフイスでは、年中どこかで鳴っている。
機械の起動音。
主にパソコンが多いが、その他にも色んなオフィス機器があって、スイッチが入るたびになにかしらの音が鳴る。
朝の始業前となると、正にラッシュ。
だから、その音が鳴ったからと言って、別になんの気にもならなかった。
スタートアップ
ポーン ポポーン
「誰のパソコン?鳴りっぱなしじゃない」
伝票を捌いていた女性社員が、さすがに不快そうに辺りを見回す。
言われるとどうにも気障りになって、音の元は何処だろうと皆オフィス内を見回す――。
着信音は止まった。
「あのさ、木元さんのパソコンって、備品係がまだ探してるらしいんだけど…」
「え、あの人がいなくなってもう一ヵ月以上でしょう。彼が取り扱ってたデータがなくちゃ困る人がいるんじゃ」
「だよねぇ、だって木元さんって主任の仕事、ほとんどやらされ――っと、任されてたじゃない。だから、主要データほとんど木元さんのパソコンに納まってたはずだし、連絡も木元さんに来てたから、メールだって…」
「主任は定時で帰って、木元さんは日付が変わるまで仕事してたよね」
「有給休暇、木元さんまるっと残ってたみたいよ」
「…でも、主任ってこないだの連休、有給使って一週間以上休んでたよね」
「木元さんがいないのに、どうやって仕事回してるの?代わりの人なんていないでしょう」
ポポーン
「はい、お世話になっております。――只今不在にしておりまして、ご伝言でしたら承りますが。いえ、本日中には戻る予定ですが――は、それは…失礼いたしました、直ちに連絡を取りますので、――え?いえ、そんなはずはございません、その社員は現在弊社に――」
ファン
ポーン
「はい。あ、部長、何か御用でしょうか。主任ですか、先ほどお得意先へ出られましたが――いえ、社内メールでその旨はお知らせが――」
ポポーン
「申し訳ございません、アポイントメントはございませんが、え?メールですか、いえ、そのような予定は――」
ポポーン
「ねぇ、G社の材料費に変動があったでしょう、以前の金額が参考資料でいるんだけど、誰が管理してたんだっけ」
「あー、あれって主任が抱え込んでた案件でしょ。あの人のデータ最近ヤバいみたいだよ」
「うわ、そういやそうだった。困ったなぁ、他に分かる人いなかったっけ」
「もう木元さんはいないからねぇ」
ポポーン
「ちょっと、請求書の作成ができないじゃない。早く資料メールしてよ」
「主任のフォルダが空っぽって、そんなはずは――え、あの見積りって、主任の指導で作成したんじゃなかったの」
ポポーン
ポン!
「ちょっと、監査が入ったってマジ?」
「マジマジ、コワソーな人たちがゾロゾロ来てさぁ、なんかヤバめなメールが届いたらしいよ。内部告発ってやつ」
「あー、とうとうかぁ。酷かったもんねぇ、あの主任」
「どれだけ迷惑かけられたか知れやしないしね。オフィスでは怒鳴るか嫌味を言うかしかしなかったじゃない」
「自分はサッサと退勤して、夜な夜なキャバクラ通いだもんね」
「嬢と同伴出勤だかアフターだか。そんなことしてりゃ、時間も金も無くなるっつーの。仕事を部下に丸投げした挙句、経費改ざんか。そりゃ懲戒案件だわ」
「一番の被害者は木元さんだったね。あんなパワハラされちゃ、過労死しても当然だって」
シュウゥ
〝シャットダウンします〟
「木元さんのパソコン、出てきたって本当?」
「そうなの、あの人が使ってたデスクの引き出しにあったって」
「えー、いくら小型のノートだって、わからないはずないでしょうに。事実、他の備品は普通に回収されてたじゃない」
「だよねぇ、みんな不思議がってた」
「で、中のデータはどうなってたの?」
「それがさ、バッテリーがすっかり上がっちゃたせいか、かなり虫食い状態みたいで」
「えええ!?あり得るのそんなこと。今時のパソコンって、結構その辺かっちりしてるよね」
「そうなのよねぇ。特にメールが酷いみたいでさ、なんかわけのわからない文書がいっぱいだって」
「なにそれ、送信?受信?」
「んー、送信の方だったかな。スタートアップで起動して、自動返信の機能でも使用してたかもしれないって」
ファン
「ああやっとまともに起動した。で、これ完全に初期化しちゃっていいんですか」
「ああ、必要なデータは取り出せたからな」
「じゃあ全部一旦消しますよ」
「そうしてくれ、特にメールの送受信アプリは残すんじゃないぞ」
「はぁ…ウィルスでも感染しましたかね」
「そんなところだ。わたしはこれから出なければならんから、後は頼む」
「わかりました。あれ、部長、今日は得意先じゃないんですか」
「…部下の――部下だった男の四十九日が先日終わったんだ。遺族から会社宛ての物が出てきたと知らせがあってな」
「ああ、それで喪服なんですね。どうしたんです?顔色が悪いようですが」
「なんでもない、とにかく頼んだぞ」
「はい、っと――えらく急いでるなぁ。さてそれより仕事仕事っと――あれ?」
ポーン
「ネットにはもうつながってないはずなんだけどな。メールか、誰からだ?え、訃報――退職した人だろう、これ」
――終わり――




