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起動 送信

作者: 紫央
掲載日:2026/08/27

 フヮン、という音が鳴った。

 今となってはどこででもよく聞く音だ。特にここのようなオフイスでは、年中どこかで鳴っている。

 機械の起動音。

 主にパソコンが多いが、その他にも色んなオフィス機器があって、スイッチが入るたびになにかしらの音が鳴る。

 朝の始業前となると、正にラッシュ。

 だから、その音が鳴ったからと言って、別になんの気にもならなかった。



スタートアップ 

 ポーン  ポポーン


 「誰のパソコン?鳴りっぱなしじゃない」

 伝票を捌いていた女性社員が、さすがに不快そうに辺りを見回す。

 言われるとどうにも気障りになって、音の元は何処だろうと皆オフィス内を見回す――。

 着信音は止まった。



「あのさ、木元さんのパソコンって、備品係がまだ探してるらしいんだけど…」

「え、あの人がいなくなってもう一ヵ月以上でしょう。彼が取り扱ってたデータがなくちゃ困る人がいるんじゃ」

「だよねぇ、だって木元さんって主任の仕事、ほとんどやらされ――っと、任されてたじゃない。だから、主要データほとんど木元さんのパソコンに納まってたはずだし、連絡も木元さんに来てたから、メールだって…」

「主任は定時で帰って、木元さんは日付が変わるまで仕事してたよね」

「有給休暇、木元さんまるっと残ってたみたいよ」

「…でも、主任ってこないだの連休、有給使って一週間以上休んでたよね」

「木元さんがいないのに、どうやって仕事回してるの?代わりの人なんていないでしょう」


ポポーン


「はい、お世話になっております。――只今不在にしておりまして、ご伝言でしたら承りますが。いえ、本日中には戻る予定ですが――は、それは…失礼いたしました、直ちに連絡を取りますので、――え?いえ、そんなはずはございません、その社員は現在弊社に――」


ファン

ポーン


「はい。あ、部長、何か御用でしょうか。主任ですか、先ほどお得意先へ出られましたが――いえ、社内メールでその旨はお知らせが――」


ポポーン


「申し訳ございません、アポイントメントはございませんが、え?メールですか、いえ、そのような予定は――」


ポポーン


「ねぇ、G社の材料費に変動があったでしょう、以前の金額が参考資料でいるんだけど、誰が管理してたんだっけ」

「あー、あれって主任が抱え込んでた案件でしょ。あの人のデータ最近ヤバいみたいだよ」

「うわ、そういやそうだった。困ったなぁ、他に分かる人いなかったっけ」

「もう木元さんはいないからねぇ」

 

ポポーン


「ちょっと、請求書の作成ができないじゃない。早く資料メールしてよ」

「主任のフォルダが空っぽって、そんなはずは――え、あの見積りって、主任の指導で作成したんじゃなかったの」


ポポーン

ポン!


「ちょっと、監査が入ったってマジ?」

「マジマジ、コワソーな人たちがゾロゾロ来てさぁ、なんかヤバめなメールが届いたらしいよ。内部告発ってやつ」

「あー、とうとうかぁ。酷かったもんねぇ、あの主任」

「どれだけ迷惑かけられたか知れやしないしね。オフィスでは怒鳴るか嫌味を言うかしかしなかったじゃない」

「自分はサッサと退勤して、夜な夜なキャバクラ通いだもんね」

「嬢と同伴出勤だかアフターだか。そんなことしてりゃ、時間も金も無くなるっつーの。仕事を部下に丸投げした挙句、経費改ざんか。そりゃ懲戒案件だわ」

「一番の被害者は木元さんだったね。あんなパワハラされちゃ、過労死しても当然だって」



 シュウゥ


〝シャットダウンします〟


「木元さんのパソコン、出てきたって本当?」

「そうなの、あの人が使ってたデスクの引き出しにあったって」

「えー、いくら小型のノートだって、わからないはずないでしょうに。事実、他の備品は普通に回収されてたじゃない」

「だよねぇ、みんな不思議がってた」

「で、中のデータはどうなってたの?」

「それがさ、バッテリーがすっかり上がっちゃたせいか、かなり虫食い状態みたいで」

「えええ!?あり得るのそんなこと。今時のパソコンって、結構その辺かっちりしてるよね」

「そうなのよねぇ。特にメールが酷いみたいでさ、なんかわけのわからない文書がいっぱいだって」

「なにそれ、送信?受信?」

「んー、送信の方だったかな。スタートアップで起動して、自動返信の機能でも使用してたかもしれないって」



 ファン


「ああやっとまともに起動した。で、これ完全に初期化しちゃっていいんですか」

「ああ、必要なデータは取り出せたからな」

「じゃあ全部一旦消しますよ」

「そうしてくれ、特にメールの送受信アプリは残すんじゃないぞ」

「はぁ…ウィルスでも感染しましたかね」

「そんなところだ。わたしはこれから出なければならんから、後は頼む」

「わかりました。あれ、部長、今日は得意先じゃないんですか」

「…部下の――部下だった男の四十九日が先日終わったんだ。遺族から会社宛ての物が出てきたと知らせがあってな」

「ああ、それで喪服なんですね。どうしたんです?顔色が悪いようですが」

「なんでもない、とにかく頼んだぞ」

「はい、っと――えらく急いでるなぁ。さてそれより仕事仕事っと――あれ?」


ポーン


「ネットにはもうつながってないはずなんだけどな。メールか、誰からだ?え、訃報――退職した人だろう、これ」


 ――終わり――

 

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