時を旅する商人
チリンチリン。
玄関についている鈴の音が鳴る。
「あのぉ、ここには魔法を使える人がいると聞いたのですが⋯⋯」
店内は"いかにも"な雰囲気を放っている。
店主と思われるチャイナ服を着た男は鈴の音と共に、椅子に座っていた際に読んでいた分厚い本を閉じる。男は胡散臭い笑みを浮かべながら
「魔法⋯⋯は、使えませんが"願い"は叶えることができるかもしれません。依頼の内容によりますが、ね」
またまた胡散臭い笑みをこちらに向けてきた。
✦
Side 亜里沙
「私の名はラオと申します。ここの店主をしております」
「ええと、私の名前は亜里沙と申します」
ぺこりと頭を下げ、顔を上げる。
視線を彷徨わせた後ちらりと男ーーラオさんの顔を見る。
ラオさんは黒髪を編みおろしにしている。瞳の色は青色のサングラスをかけているためはっきりとは分からないが金色に思われる。カラコンでも入れているのだろうか。
「あぁ、瞳の色ですか?これはカラコンではありませんよ」
ラオさんは私の心を覗いたように答え、サングラスを取った。
「す、すみません!ジロジロみすぎました」
内心を読まれたと思い心臓が波打つ。
「いえいえ、この色は気になってしまいますよね。依頼人さんには毎度と言っていいほど瞳の色について聞かれます」
そういって、サングラスを付け直した。
(なるほど、毎度聞かれるから予想できたのね)
納得して1人で頷いているとラオさんは首を傾げながら
「どうかしましたか?」
疑問の念を言った。
またやってしまった!と亜里沙は思った。
「す、すみません、何でもないです」
「大丈夫ですよ。それでは亜里沙さんの願いを教えてもらえますか?」
「は、はい」
✦
Side ラオ
「弟を探して欲しいんです」
「弟、ですか」
「はい、弟といっても義理の弟なので年齢はあまり離れていないんですけど⋯⋯」
亜里沙さんは両手の人さし指をぶつけながら話している。だんだんと視線が彷徨い、地面の方に下がっていく。
「具体的に探して欲しいとはどうゆうことですか」
「えっと⋯⋯。3カ月ほど前になります。20XX年2月17日に家を出ていったきり帰ってこないんです。あの日は親と喧嘩をしていて⋯⋯家を出ていった弟を親は探しに行きませんでした。だけど、1日たっても2日たっても帰ってこなくて、次第に両親も不安になってきて警察に捜索願を出したんです。でも、見つからないまま3カ月たってしまって⋯⋯。だから私も力になれないかと思ったんです。」
堰をきったように亜里沙さんは喋る。
「あ!あのっ!私なんでもします、だから弟をどうか⋯⋯見つけてください」
そして、彷徨わせていた視線をラオに合わせた。
「なんでも、します」
その言葉を聞いてラオはにこりと微笑んだ。
「承りました。弟さんの捜索引き受けます」
ほっとした表情を亜里沙さんは向けてきた。
「ちなみに弟さんの名前と年齢を伺ってもよろしいですか?」
「はい、名前は蒼井 雫。年齢は16歳です」
「分かりました。では下準備があるので明日の16時にまた来ていただけますか?」
「は、はい!ほんとに、本当にありがとうございます」
立ち上がり、角度が90度以上はあるだろうお辞儀をしてきた。その拍子に亜里沙さんの茶色の髪が揺れる。
「それでは、また明日」
ひらひらと手を振りながら見送った。
扉を開きながら再度亜里沙さんは頭を下げた。
チリン、と鈴の音がして扉が閉まった。
✦
「さて、と。私も調べますか」
腰を掛けていた椅子から立ち上がる。
カウンターのほうまで歩いていき先ほど自分が読んでいた本を置く。
ラオは自身の首にかけていたスカイブルーの色をしたネックレスを外し楕円型の窪みにはめた。
瞬間、本の表紙が火で炙ったように溶け出し、先程までとは似ても似つかない別物の本になった。
「これ、痛いから嫌なんですよねぇ」
ラオはカウンターについている棚の扉を引き、ごそごそ漁る。
「ありました」
取り出したのは一つの裁縫セットに使う針。
「一応、火で炙りますか」
独り言を言いながらキッチンがある奥の方まで行く。
コンロに弱火をつけ、火よりもかなり上の位置からそっと針を近づけていく。
尖端がようやく火に届いた所で数秒待ち、コンロの火を消した。
「よし」
カウンターまで戻り、先ほど本を置いた位置に戻る。
針を右手に持ち、薄目になりながらそっと左手の親指にぷつりと刺した。
「⋯⋯っ」
やはり痛い。鈍い痛みがずきずきと走る。が、とりあえず先にやるべきことがあるので耐える。
ラオは自身のかけているためサングラスを外し、左手の血を付着させた。
ぐにゃりとサングラスの形が歪み、時間にして僅か1秒ほどで青色の硝子ペンに変形した。
硝子ペンになったのを見届けてから指が痛むので戸棚から絆創膏を探す。
ラオは事前に出しておくんだったと後悔していた。
絆創膏を見つけるとすぐに親指に貼り付けた。
✦
先程の本を開き、硝子ペンを使って文字を書いていく。
「名前、蒼井 雫。年齢16歳。職業⋯⋯聞くの忘れてしまいました⋯⋯。多分高校生でしょう」
そうして書いた内容は書き終えた途端、鈍い青い光を放った。
ラオは事前に光ることがわかっていたため、本から視線をそらし見るのを逃れた。
視線を戻すと、先程自分が書いた文字に加えて様々なことが書かれていた。
無事にヒットしたことに安堵し、目を通す。
『名前:蒼井 雫
年齢:16歳
享年:16歳 20XX年4月8日 21時14分
死因:鈍器による頭部裂傷 ⋯⋯ 』
そこまで目を通して読むのをやめた。今日の日時は20XX年5月1日。
「最悪ですね⋯⋯」
無論、可能性の一つとしては考えていた。だが、実際に故人だったとなると話が変わってくる。
①亡くなっていたことを伝え、見つけ出すことを諦めてもらう
②亡くなっていることを伝え、捜索は続行する
③亡くなっていることを伏せ、捜索する。
④亡くなったという現実を改変する。
因みに③の選択肢は消される。
依頼主は見つけ出すことを目的としているから。
①、②、④を提示しよう。
「まぁ、全ては依頼主の仰せのままになるでしょう」
一応④を依頼主が選んだ場合に備えて準備はしておくとしよう。
✦
PM 16:00
亜里沙さんは時間ぴったりに来店してきた。
「お待ちしておりました。それではお話をしましょう。どうぞ腰をおかけください」
右手を椅子がある方向への伸ばし座るように促す。亜里沙さんが不安そうな視線をこちらに向けてくる。
ラオはゆらりと微笑んだ。その拍子に着けているピアスが動く。
「はい」
緊張しているのか口が開いたり閉じたりしている
「では、結論からお伝えします。雫さんは亡くなっておられました」
「え⋯⋯」
亜里沙さんのから表情が消えていく。だんだんと眉を歪ませ顔が青白くなり、口が震えている。
「そ、れは。本当ですか⋯⋯」
「⋯⋯えぇ、ご冥福をお祈りします。」
「そんな、ことって」
ーーない。
そう続けようとしたのだろうと容易に想像できた。
「今後、私から亜里沙さんへのできる提案は4つあります」
「⋯⋯」
「一つは亡くなられていたため、捜索を打ち切ること」
「そ、それは!駄目、です」
ガタンと勢いよく椅子から立ち上がる。
「死んじゃってまで見つけてもらえないのは、可哀想です」
「2つ目は、捜索を続行すること」
「それ」
「3つ目は⋯⋯生き返らせること」
ラオは亜里沙さんが言おうとした言葉を遮って3つ目の選択肢を提示した。
彼女は、ぽかんとした表情を浮かべている。
「そのままの意味です。彼は条件を満たしましたので可能ではあります」
亜里沙の顔にだんだんと光が宿ってくる。
「ですが、制約があります」
「制約⋯」
「今後、雫さんを知る人全ての方との関わりを絶ってもらいます。また、書類上死んだ扱いとさせてもらいます」
「全ての人との関わり⋯⋯」
「はい。勿論家族ともです。本来は存在しない人間を生かすということは、そういうことです」
存在しない人間を生かして、世界に何らかの大きな事象をその人間がもたらした場合本来なかったものが起こりうる。また、本来あったものがなくなりうる。
それだけは、避けなければいけない。
とても残酷な決断を強いているだろう。生きているのに会えない。それは亜里沙さんにとっても雫さんにとっても辛い。
「それでも、だとしても、雫に生きていてほしい。私は、雫が生きていてくれたらそれで十分です」
真っ直ぐに、曇りのない、純粋な瞳をこちらに向けてくる。
「分かりました。亜里沙さんは強いですね」
「⋯⋯私、は。弱いですよ」
「いいえ、貴方は強い」
「そんなこと初めて言われました⋯⋯ぁ」
「どうかしましたか?」
何かを思い出したように亜里沙さんの喉から声が零れ落ちた。
「いいえ、何でもありません」
「そうですか。では、生き返らせた後の事を詳しくお伝えしますね」
「はい」
緊張したようにピリッとした声になる。
「まず、雫さんはこのまま失踪扱いにしてもらいます」
「⋯⋯え、ということは両親には」
「はい、ご両親には生きていることを伝えられません」
「そんな⋯⋯」
「次に、雫さん貴方には追加で特別な報酬を支払ってもらいます」
「何を払えばいいですか⋯⋯」
「それは、雫さんを生き返らせてからお伝えしますので、明日の夕方頃こちらへ来てもらえますか?」
亜里沙さんは一瞬何か言いたげた顔をした。が、すぐに表情をもとに戻した。
「分かりました」
「後これは、生き返らせるために必要なのですが、雫さんが大切にしていた物を明日持ってきてもらいたいです」
「明日、ですか?」
「はい。急で申し訳ありません」
「いえ、全然大丈夫です。何だったら今日持ってきます」
ラオが謝ると亜里沙さんは首を左右に振って否定した。
「流石に今日は遅いので明日お願いします。時間は行って構いませんので」
「では明日の朝!急いで行きます」
✦
A.M 5:30
チリンチリンと鈴の音が鳴る。
「お、おはようございます」
「お早いですね」
「す、すみません⋯⋯やっぱり早すぎましたよね」
「いえいえ」
本当に朝来るとは。半信半疑だったため少し驚いた。
「では、物を頂けますか?」
「はい、これです」
そういって亜里沙さんは背負っていた黒いリュックから一冊の本を取り出した。
「これは、弟が好きな童話の絵本です。高校生になっても時々読み返してるって言っていました。これで、大丈夫、ですか?」
本を受け取る。
「はい十分です。朝早くからありがとうございます」
「これからどうされますか?もう少し居られますか?」
「いえ、学校があるので⋯⋯帰宅します」
「学校頑張ってください。まだ少し暗いので足元にお気をつけて」
学校頑張ってください。は、少し変だっただろうか。
✦
「それじゃあ、始めますか」
ラオは亜里沙さんから持ってきてもらった本を昨夜書いた魔法陣のうえに置く。
「■■■■」
合言葉を唱え、生きたい場所を想像し目を瞑る。
次に目を空けた時、そこは街の一角だった。
ラオが想像したのは雫が襲われて死ぬ15分前。いきなり人が現れたら大問題だが、そこら辺は問題なく元々いた人のように周りから認識される。
周辺には空き缶が転がっていたり、ごみ箱から溢れかえるほどの塵があったり、人が寝転んでいたりした。
悪臭も凄い。蠅などの羽虫も凄い。
だが、人は大勢いる。築かれずに殺害など到底不可能だ。
「さて、雫は」
ラオは視線を彷徨わせた。
あれだ。背格好や後ろ姿が亜里沙さんの言っていた特徴と一致する。
当然雫の近くにラオは転送されたので容易に見つけることができた。
それにしても、こんなに治安の悪そうな場所にいるなんて。なんというか。
「ヤバいヤツなのか⋯⋯?」
ボソリと呟いたその時、雫の背後に人影が見えた。
あいつだ。尾行しよう。
「ぁ」
ラオの着ている服はあまり尾行向きではない。どちらかといえば派手で目立つ。そのことに気づき少し慌てる。
そんなことを考えながら距離2メートルまで迫る。
急に雫が駆け出し路地裏に入っていった。
「は?」
突然のことで走り出しが遅れ、距離を離される。雫の後ろにいた黒パーカーの人物は遅れを取ることなく背後を走る。
そのままラオも追いかけて路地裏にはいる。
が、急に止まりくるりと方向転換をしてラオ達の方に顔を向けた。
「おい、そこのお前ら。そこの黒パーカーとチャイナ服。なんだ?てめぇらは」
バレた。まとめて不審者扱いされた。あと、口悪いな。
「かかってこいよ。クソ野郎ども」
黒パーカーの男が持っていた竹刀を振り上げ、雫に向かってまっすぐ下ろす。
それを雫は完全に見切り避け黒パーカーに絞め技をかけた。首の部分を絞めて確実に気絶させていっている。ジタバタと黒パーカーの男が暴れるが、力でおし、反応がなくなるまで締める。
パタンと、急に黒パーカー藻掻く手が止まる。
「よし、あと一人だ。かかってこい」
まずい、完全にラオも不審者扱いだ。
「違います、私は⋯⋯」
そこまで言って、言葉を切った。雫の背後に人影が見えた。その人物はハンマーを振り上げた。
全くきずかなかった。気配を完全に消しきっていた。
このままでは間に合わない!
咄嗟に雫の手を引き、こちらに寄せる。
スカリとハンマーが空を切る。
「は?」
「私は敵ではありません!」
「そんなの信じられるか、離せ!」
雫に抵抗される。クソ、こんなことしている暇はないのに
「私は!亜里沙さんに頼まれたんですよっ!いいから黙って下がっててください」
「姉ちゃんが?」
少し強い口調で言うと急に押し黙り大人しくなった。
「さて、どうしましょう。私戦う武器持ってないんですよねえ。ここはお互い引きませんか」
「⋯⋯」
ニコニコと笑いかけながら男に交渉を持ちかける。だが、当然返事はない。
「⋯⋯」
男は無言でハンマーを振り上げてこちらに振ってきた。ラオは右に交わし、男がハンマーを握っている方の腕をつかみこちらに引っ張り、地面に転ばせる。
「少し雑ですが⋯」
ラオは右手を口のなかに入れる。そして犬歯にひっかけて親指を出血させた。
「飲んでください」
そして、男がしていたマスクを剥がし、無理やり男の口に親指を突っ込み舐めさせる。
瞬間男から力が抜け、ぐったりとした。
「ふう、これで一件落着ですね」
親指はめちゃくちゃ痛いですが。
「雫さん?大丈夫ですか、」
「あ、ああ」
てっきりラオが戦っている間(といっても数十秒だが)口を突っ込んでくるかと思ったが静かで驚いた。
「では、帰りましょうか」
そういい、右手で雫の手を掴んだ。
✦
「は?どういうことだ」
「ここは、私の店ですよ」
「いや、そうじゃなくて」
手をつかんだ瞬間場所が変わったことに驚いているのだろう。だが、説明するつもりはない。
面倒くさいから。
「とりあえず、簡潔に言いますね。貴方、私の助手になりなさい」
「はぁ?何言ってんだてめぇ。助けてくれたのには感謝してるが、いきなり現れて、いきなり変な場所に移動して信じられるわけないだろ。それに何で姉ちゃんを知ってたんだよ、意味分かんねぇよ」
「⋯⋯」
「おい、何とか言ったらどうだ?」
「はぁ、信じる信じないの問題ではないのですよ。いいから黙って言うことを聞いてください」
とにかく煩い。このガキ。亜里沙さんとは大違いだ。
「説明もなしに信じるわけねぇだろうが!」
「⋯⋯」
亜里沙さんを指定した時間までまだ結構あるな。
しょうがないから説明してやるか。
✦
「⋯⋯というわけです。分かりましたか?」
「わかんねえ」
かれこれ3度は同じ説明をしている。これだから物分かりの悪いガキは嫌いなんだ。
「分かってもらわなければ困ります。貴方はこれから誰とも関わってはいけないのですから。おとなしくここで働くしかないのですよ。雑用として」
チリンチリンと鈴の音がなる。
「こんにち⋯⋯は、ぇ⋯⋯雫?」
亜里沙さんが来店した。ラオはこちらに来てもらおうと声をかけようとする。が、雫は熱が籠もってきて亜里沙の来訪に気づいていない。
「そんなことなら生き返らせなくて良かったのに」
勿論、何も知らずに連れ戻されて混乱はあるだろう。しかも、もう家族と会えないと来た。悲しみもあるし、葛藤もあるだろう。だが、口にしてはいけない。しかもタイミングの悪いことに亜里沙さんに聞かれた。
その本音を知っては、苦労してきた亜里沙さんと両親が可哀想だ。
ラオが口を開こうとした時、亜里沙さんが先に口を開いた。
「そんなわけないでしょ!?バカ雫」
「姉ちゃん⋯⋯?なんでここに」
亜里沙さんは雫に抱きついた。
「例え、会えなくても。私は雫を忘れない。会えなくても⋯⋯それでも、私は。私達は雫が生きていてくれるだけで嬉しいの。そんなこと、言わないでよ雫」
「姉ちゃ」
「言わないでよぉ⋯⋯」
亜里沙さんの目に涙が溜まる。次第にそれはボロボロとこぼれ始め、雫の洋服を濡らした。
「⋯⋯ごめん、いくら混乱してたからと言って言っちゃ駄目だった」
「⋯⋯馬鹿」
次第に一つだった鼻をすする音が二つになって。
泣き声も二つになって。
2人はそれからしばらく抱き合って泣き続けていた。
✦
「お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありません」
亜里沙さんは目元を真っ赤に腫らしながら頭を下げた。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「こいつ、俺のときと態度が違う」
余計なことを雫が言ったのでギロリと睨む。
「それでは、追加の報酬の話ですが」
「はい」
「それは要らなくなりました」
「え⋯⋯?」
「わざわざご足労頂いたのにすみません」
「いえ、いえ、それは、全然問題ないんですけど」
亜里沙さんは困惑した表情を浮かべて挙動不審になっている。無理もない。
「報酬は、弟さんから貰うことになりました!」
「は!?」「え!?」
雫と亜里沙さんの声が重なる。
「雫さんは運動能力が高い方だとお見受けしましたので、是非、私の助手になっていただけたらと思いまして」
「あ、それは全然構いません」
亜里沙さんは意外とあっさり承諾してくれた。
「いや、構うだろ!俺は承認してない」
「雫、ちょっと黙ってなさい」
「はい」
「それで、その話と報酬がどう関係ないのですか」
「はい、弟さんの給料から報酬分を差し引きます」
「なるほど」
「いや、納得すんじゃねえ姉ちゃん。こいつは下衆だ。俺にタダ働きさせたいだけだ」
「雫、うるさい」
「こんなので良いのでしたらどうぞ。預かってください」
「ありがとうございます」
「いや、だから俺は認めてねぇ!」
「では、報酬の件はそれで。それとは別にお渡ししたい物があります」
ラオはカウンターのうえにおいておいた2通の手紙を亜里沙さんに差し出した。一つは亜里沙さんあて。もう一つはご家族あてだ。
「これを。もらってくれませんか」
「手紙⋯⋯ですか」
「はい」
亜里沙さんは手紙を丁寧に受け取ってくれた。
「亜里沙さん、それではお元気で」
「はい。本当にありがとうございました」
扉の方に歩いていった亜里沙さんの足が止まった。
「雫、元気でね」
とても穏やかに、優しい笑顔を亜里沙さんは雫に向けた。その声を最後に。鈴の音が鳴り、扉が閉まった。
✦
side 亜里沙
手紙、どんな内容なんだろ。
亜里沙さ自宅のベットに腰を掛け自分宛ての手紙を広げた。
「え⋯⋯」
【亜里沙姉ちゃんへ
助けてくれてありがとう。会えなくなるのは、いうの癪だけど寂しい。俺は姉ちゃんにとって良い弟じゃなかったかも知れない。反抗的だし、口は悪いし、喧嘩はするし。姉ちゃんは頭の悪い俺に勉強を教えてくれた。一緒に遊んでくれた。喧嘩ばかりだったけど思い出すのは優しい姉ちゃんだ。姉ちゃんが俺のこと何を思って助けてくれたのかは分からない。だけど俺は、強くて、かっこいい姉ちゃんのことが大好きだったよ。これからもこれまでも。だから俺のことは忘れて元気に暮らしてほしい】
「ぅ、ぅ゙ぅ゙⋯⋯雫⋯」
最初に「かっこいい」と言ってくれたとは雫だった。
陰気で弱気でかっこよくない自分を奮い立たせていたのはいつも、雫の「かっこいい」という言葉だった。
手紙に水滴が落ち、紙に丸い跡が滲む。
手紙を折りたたみ便箋にしまおうとした時、紙切れがはいっていることに気づいた。
【XXXーーXーーX
10日後、このアドレスを追加してください】
「なにこれ⋯⋯まさか」
このアドレスは、雫の⋯⋯?
亜里沙は自分の部屋から飛び出し、両親のもとにかけた。すると両親も呆然とした顔で紙を握りしめている。
「亜里沙⋯⋯これは」
お母さんが震える唇を開き目に涙を貯めながら言葉を発した。
「うん⋯⋯これは」
ラオさん、ありがとう。
亜里沙は心のなかで何度も何度もお礼を述べた。
✦
今日も鈴の音が鳴る。
店にいるのは若い男2人。
1人はチャイナ服を着た怪しげな男。
そして、もう一人はーー。
「いらっしゃいませ、貴方の依頼はなんですか?」




