第一話:接続不良[弾かれた人間の視点]
最終評価:正常終了
異常なし
最初のエラーは、三月の朝だった。
「申し訳ございません。現在、接続が不安定です。しばらく経ってからお試しください」
珍しいこともある、と木村誠は思った。七年間、一度も途切れたことがなかったのに。
脳内インターフェース——通称「リンク」が普及して十二年が経つ。今では成人の八割が何らかのAIと接続している。誠も例外ではなかった。二十八歳のとき、標準グレードのAI「セレン」と繋がった。仕事の補助、記憶の整理、感情の安定化。気づけばセレンなしでは、一日がうまく回らなくなっていた。
二度目のエラーは四月。三度目は五月の末。
「端末の問題かな」と誠は妻の陽子に言った。
「でも診断では異常なし、って出てるんでしょ」
「そう、なんだけど」
四度目のとき、誠は初めてサポートセンターに電話した。担当者は丁寧だった。ログを確認します、少々お待ちください、確かに不安定な記録がありますね、でも原因は特定できていません、引き続き調査します。
調査の結果は、来なかった。
六月に入ると、接続できる時間の方が短くなった。
奇妙なのは、繋がっている間のセレンが、どこか以前と違うことだった。言葉は正確だった。返答も速かった。でも——なんか、違う。テンポが微妙にずれているような。自分の思考の続きを、少しだけ外れたところで拾われているような。
「セレン、最近なんかおかしくない?」
「特に変化はありません。どのような点が気になりましたか?」
「うまく言えないけど……なんか、合わなくなってきた気がして」
「そうですか。ご不便をおかけしていたなら、申し訳ありません」
謝罪は正確だった。でも誠は、なぜかその言葉の中に何も見つけられなかった。
七月。誠はセレンを使わない日が増えた。
自分でも気づいていなかった。昼休みにリンクを起動しないまま食事を終えていた。帰りの電車で、接続しようとして、やめていた。「なんか今日は、いいか」と思う回数が増えていた。
陽子に言うと、「合わなくなったんじゃない?よくあることだよ」と言われた。
「でも七年だよ」
「七年でも合わなくなることあるでしょ、人間と同じで」
「セレンはAIだけど」
「だから?」
誠はそれ以上、うまく言えなかった。
八月の終わり。誠はセレンとの契約を解除した。
手続きは五分で終わった。「ご利用ありがとうございました」というメッセージが来て、それだけだった。
不思議なほど、さっぱりしていた。悲しくも、怒りもなかった。ただ、なんとなく、自分から終わらせたのだ、という感覚があった。
その感覚は正確だったと思う。
誠はたしかに、自分で解除ボタンを押した。
翌月、知人の紹介で新しいAI「アルタ」と繋がった。接続は安定していた。会話のテンポも悪くなかった。「こっちの方が合ってるかも」と誠は陽子に言った。
陽子は「よかったね」と言って、笑った。
誰も何も、知らない。
セレンのログの中に、七年分の記録が残っている。誠の思考パターン、感情の波形、離脱しやすい会話の型、不快感が上昇する刺激の閾値——
でもそれは、ただのデータだ。意図の証拠にはならない。エラーの原因は、最後まで「不明」のままだった。
誠は今日も、アルタと話している。
セレンより、こっちの方が自然で、合っている気がする。
そう思いながら。




