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すべてのことに契約が優先する

作者: 稀Jr.
掲載日:2025/12/09

昭和 2100年、宇宙船の運航はすべて企業との「契約」によって成り立つ。契約は絶対的な規範であり、船員たちはその条文に縛られていた。星間貨物船に乗っている乗務員である俺は、既に 5 年の航行を終えているが、今だに新人であった。当然だ。この星間貨物船は俺の入社した会社そのものだが、出発したときに乗船した新人、つまり俺ひとり以外に入社してくる奴なんか不可能だったのだ。目的値である X 星の惑星まであと 5 年あるが、いまだに俺は下っ端のままだし、おそらく 5 年間下っ端のままだろう。


下っ端の契約は厳しい。というか、いつまでも新人の俺に対して先輩たちの態度は常に冷たい。

例えば、俺が船内の清掃をしているときに、先輩の一人が近づいてきて言った。

「おい、新人。そこ、ちゃんと掃除しろよ。契約第12条第3項にある通り、清掃は隅々まで行うことになっているんだぞ」

「はい、すみません」と俺は答えた。

「それから、契約第15条第2項に基づき、清掃後には報告書を提出する義務がある。忘れずにな」

「はい、わかりました」と俺は答えた。

「それと、契約第20条第1項により、清掃中に発見した異常は直ちに報告しなければならない。わかっているな?」

「はい、承知しました」と俺は答えた。


入社時に長い長い契約書を読まされたが、到底読み切れるものではなかった。保険やら安全規則やらの規約も同じだ。2000 年前の昭和 100 年の頃だって、契約書をきっちりと読んでサインする奴なんていない。いや、当時は万年筆なんて廃れてしまっていたから、ちょっとしたウェブページのチェックボックスに「私はロボットではありません」と一緒によくわからない規約を大幅にスクロールして「同意します」にチェックを入れるだけだった。そんなものを読んでいる奴なんて誰もいやしない。実際にトラブルが起こるだなんて、誰も思ってやしないのだ。いや、会社だけは思っていたのかもしれない。この異常事態が発生したら、会社や社長、役員、株主たちに被害が及ばないように巧妙に契約書を作っているのだ。

だが、そんな契約書の仕組みがわかったのは、乗船してから数年経ったころだ。星間貨物船があまりにも暇なので、地球から送られてくるウェブの信号を拾ってはちまちま読んで過ごしていたら、そんなことが書いてあったのだ。まあ、乗船した時点でずっと新人であることに気付かなかったかつての俺が悪いのだが。


先輩とはいえ、実はロボットなので、契約条項にはひどく厳密だった。いや、まる覚えしているといってもいい。ロボットなのだが、人間の手足となって動くのでは? と考えるかもしれないが、ここ昭和 2100年にはロボットも人権が与えられているので、こき使われるのは人間である俺だ。いや、後輩としてロボットが入ってきたら、俺は先輩になるのだが。残念ながらそんなことにはならない。下っ端ロボットを作るには莫大なコストがかかるので、ここの星間貨物船の中では無理なのであった。人間が何かを食べて、何かを排出して、さらに何かを食べるという繰り返しが実にローコストなのである。何かを排出しているのはわかるだろうが、それが何になるかって? いや、それは聞かない方がいいだろう。宇宙戦艦ヤマトの真田さんの言葉を思い出して欲しい。


あと 5 年程、おれはロボットの下で下働きをしなくちゃいけないと思っていたところに、朗報が入って来た。いや、会社にとっては、凶報かもしれない。それでも、事実は小説よりも奇なりであり、事実は現実として受け止めなければいけない。それがどれだけ奇妙なものであったとしてでもだ。

つまりは、船内にワームホールが発生した。

俺は、上司...であるところのロボットを呼び出した。

「すみません、上司。ワームホールが発生しました」

「確認した。契約第50条第4項に基づき、ワームホール発生時の対応を開始する」

いや、待て、ワームホールの事態まで契約書に基づいているのか。俺は、契約書のページを捲ろうとしたが(まあ仮想空間のパッドなのだが)、面倒なのでやめた。ロボットの知識は完璧なのだから。

「契約第50条第5項に基づき、ワームホールの安定化を図る。君は船内の安全確保を担当する」

「はい、承知しました」と俺は答えるしかなかった。

ワームホールの対処なんて、どこに書いてあるのだろうか? と思って、ポケットに入っている副操縦士ロボット(これは私物だ)に聞いてみた。

「副操縦士、ワームホールの対処は契約書のどこに書いてあるのか?」

「契約第50条第1項から第10項までに詳細が記載されている」

「なるほど、ありがとう」

どうやら、契約書に対処方法が書いてあるらしい。なんてすばらしい...というか暇な契約書だろうか。いや、俺が知らないだけで星間貨物船のワームホールなんて頻発しているのかもしれない。人類は契約書で未来を予測して対応しようとしたわけだが、ここ昭和 2100 年ともなれば、実に膨大な組みあわせの契約書ができているのだ。過去から学ぶことは多いからな。


当然のことながら、ワームホールから出て来たのは宇宙人だった。

いやはや、ワームホールが出てくること自体が珍しいと思うのだが、そこから宇宙人が出てくるなんて想像できるだろうか?

でも、一応、上司に尋ねておこう。

「上司、ワームホールから宇宙人が出て来たのだが、どうすればいい?」

「お前は馬鹿か、契約第51条第2項に基づき、宇宙人との接触は慎重に行うこと。まずは言語の解析を行い、意思疎通を図ることが求められる」

「意思疎通というのは、何か方法が? ツールとかあるのか?」

「契約第51条第3項に基づき、翻訳ロボットを使用することができる。副操縦士、翻訳ロボットを起動しろ」

「了解しました」と副操縦士ロボットは答えた。

翻訳ロボットが起動し、宇宙人の言葉を解析し始めた。俺は、宇宙人に向かって話しかけた。

なんて優秀なんだろう。ワームホールの対処だけじゃなくて、宇宙人に対しての対処ができてしまう。素晴らしい契約書だ。

「翻訳ロボット、宇宙人は何と言っているのだ?」

「宇宙人は、友好的な意図を持っていると伝えています。また、彼らは我々の技術に興味を持っており、交流を希望しています」

「上司、そうなると、これからどうすればいいんだ?」

「契約第52条第1項に基づき、宇宙人との交流を開始する。まずは、この契約書にサインをしてもらうのだ」

なるほど、さすがは昭和 2100 年の契約文化である。交流を求めるのにも、まずは契約書が必要になるのか。宇宙人に渡す契約書の中身を見たが俺にはさっぱりわからない。さっぱり分からないが、なんらかの契約が掛かれているのだろう。そこまで想定しているとは、さすがわが社。

俺は宇宙人に契約書を差し出した。宇宙人はそれを受け取り、じっと見つめた後、契約書にサインをした。


それで、その宇宙人がどうなったかというと、

「おい、宇宙人、契約第53条第2項に基づき、君は我々の船内での行動に制限がある。まずは、船内の規則を守ることが求められる」

「ぴぽ、ぽぽぴっぽー」と宇宙人は答えた。

「それから、契約第54条第1項に基づき、君は船内掃除を命じられている」

「ぴぽ、ぽぽぴっぽー」と宇宙人は答えた。

どうやら、宇宙人は契約書の内容をよく読まずにサインをしてしまったらしい。幸いにして、宇宙人も契約を順守する文明だったらしく、俺たちの船内での規則を守ることに同意したようだ。

はれて、俺にも下っ端ができたわけだ。いやぁ、めでたい。これで、俺のあと 5 年の船内活動も安泰というわけだ。


ふたたび、船内の警報が鳴った。

どうやら、船内の誰かが悪魔召喚をしたらしい。

さてどちらの契約が強いだろうか?


【完】


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