008「その6 最低でも朝昼晩と褒めましょう」
さて、前回の話から少し時を戻します。というのも、年末にサポートルームの入級手続きをした後から実際に六年生になるまでの間に、三ヵ月の空白期間がありました。その期間も、もちろん不登校生活は続いている訳です。そんな中で、フリースクールという考えも一つの選択肢として考えていました。
しかし、フリースクールって数は増えたけど、それでもまだまだ少ない。娘が歩いて通えるところにはないし、何よりタダではない。毎日の送迎とか、経済的なこと考えるとあまり現実的ではないのです。住んでいる地域によっては、不登校支援の助成金などもあるみたいですが……。
それでも、良いなと思ったところはある。それこそ、教育センター内にあるフリースクール。これは、市が外部に委託しているフリースクールなので費用はかからない。しかも、学校との連携もあるので出席扱いになるし、学校とフリースクールを併用も可。テストなども受けることができるらしく、成績も付けてくれる。
授業のカリキュラムも、既存の小学校よりも緩く登校時間が通常よりも遅めのスタートとなっている。また、登校時間も帰宅時間も自分で決めていい。そんな、フリースクール。すごく良いのではないかと思ったけれど……。ただ、やっぱり遠い。しかも、市に一個しかない。
小学校と中学校がそれぞれある。なので、このまま中学校も行けないなら、中学校はそこに行かせようかなとも考えている。中学生なら、電車とバスで行くのもありだろうと……。
教室まで徒歩5分の場所に、中学校ありますけど……。
夏休み明けの九月から,、週三目指して登校していたけれど、行ける週もあればいけない週もある。特に変わりばえすることもなく、九月から十二月が過ぎていった。しいて言うなら、子供の特性がわかってちょっとすっきりしたくらい。後は、学校の成績が出なくてあゆみの評価欄が全部/だったくらいかしらね。
担任の先生からは、何度も成績は出ないのですが大丈夫ですか? と確認され、まあ行ってないしテストも受けてないしそりゃそうよねとは思っていた。本人も全部/のあゆみをもらって来たけれど、特にがっかりしている風もなくまあそうだよねくらいの感じだった。
冬休みになり、今後の方向性をどうしようかと親として考えていた。発達検査の結果を見て、サポートルームに行かせることは決めたけれど実際に行き始めるのは六年生になってからだし……。進級間際にあるスキー教室を楽しみにしている娘のために、もう少し前向きに学校に行けるようにならないかとひたすら考える日々。
不登校の親に向けた本でも読んでみるかと、冬休みの間に数冊手にとって読んでみた。どの本にも共通していたのが、子供の自己肯定感を上げましょうというもの。学校に行けない子供は、自分に自信のない子が多い。何かしら学校に思うことがあり、居づらさや、苦しさや、苦手意識を感じている。あとは、先生だったりお友達だったりとの人間関係の辛さを抱えていることが多い。
そんな子どもに足りないのは、自己を肯定する強さだと。
例えば、お友達から悪意なく「その筆箱可愛くないよ」と言われる。自信がないと、その言葉をもろに受け取ってしまいショックで落ち込んでしまう。だけど、自分に自信がある子は(は? 可愛いし。この子何言ってんの?)と落ち込むことも、ショックを受けることもない。
これは、本当に一例な訳だけれど……。確かに一理ある。自己を肯定するってそういうことかと妙に納得する。私自信、自分に自信なんてあったためしがない。友達の意見を跳ね除ける強さがなかったのって、こういうところなのだなと理解した。
そして、自己肯定感を上げるにはどうしたらいいのかって話なのだけど……。一番手っ取り早いのは、褒めることだと書いてある。褒めて伸ばすとか、怒らない子育てとかよく聞いてはいたけれど、ここに繋がるのかとハッとした。
褒めることが良いことだっていうのは、頭では理解していたけれど……。怒らない子育てっていうのは正直ピンときてなかった。だって、甘い態度でいても子どもってすぐに調子にのるし。時には厳しくしないと、言うこときかないじゃんって思っていた。
この理論に辿りついて、別にお金がかかることでもないし、騙されたと思ってやってみようと思い立つ。別に全く褒めない親ではなかったと思うのだが、だからってめちゃくちゃ褒める親ではないなと自らを省みる。むしろ、一日を通したら、あれやって、これやって、早くして、まだ宿題してないの? 顔洗って歯を磨いて、毎日同じこと言わせないで! などなど、そんなことばかり言っているなと反省。
とりあえず、朝昼晩と一回ずつ最低でも一日に三回褒めようと決意する。そうすると、褒め慣れてないから何を褒めていいかわからない。本によると、何でもいい。ご飯を全部食べてくれたら「全部食べられたんだ、凄い! 食べてくれてありがとう」でいい。など、身近なことから始めましょうとある。
とりあえず朝起きて、私の「おはよう」に「おはよう」と返してくれたら「挨拶できて偉いじゃん」と褒める。学校行ってない日に、自分で宿題のプリントを始めたら「宿題自分で始めて偉いじゃん」と褒める。食べ終わったお皿を流しに下げてくれたら「食器ちゃんと下げられて偉いじゃん」と褒める。
そんな極当たり前のことを褒める。今まで、私の中で当たり前のことだからと褒めたことなんてなかった。できて当たり前なのだし、褒めるようなことじゃないと思っていた。でも、褒めようと決めると次は何を褒めるかってことばかりを見るようになる。すると自然と、今まで急かしていたこととか、やらなくて怒っていたこととか、できないことに対して小言を言わなくなる。
親としてのマインドも、できないことに目を向けるよりも当たり前にできることに目を向けるようになる。親も子も好循環が生まれているのが、自分の中でもわかってきた。
それと同時に、自分が子供の頃を思い出すとそんな風に褒められた経験ってないなと思う。もしかしたら、私みたいに怒ってばかりいる保護者あるあるなのかもなって切なくなったわ。別に自分では、そんなに怒ってばかりいるとは思っていなかったのだけど……。こんな所も反省するばかりです……。
でも、褒められ慣れていない人間からすると褒めるってなかなか難しい。例えば、学校の教室で授業中に鉛筆をカチカチ鳴らしている子がいて嫌なんだって話を娘がするとする。こういうネガティブな発言を、ポジティブに変換してあげることも自己肯定感を上げる役に立つ訳なのだけど……。
正直、私の場合、なんて返せばいいかさっぱりわからなくて、「そっかー」くらいしか言えない。そんな残念な母なのだが……。そこである日、閃いてしまった。「あっ、こんな時こそ、chatGPTの出番じゃない?」と。
思い立ってすぐにchatGPTに聞きました。「娘が、教室で鉛筆の音が煩い子がいて嫌だって言うんだけど、これに返す何かいいポジティブな言い換えってある?」と。
したら丁寧に教えてくれました。
それなら、「それはちょっと気になっちゃって嫌かもね。でもさ、それって娘ちゃんの耳が良いからだよね? それだけ耳が良いって凄いことだよ」って言うのはどうでしょう? って教えてくれた。流石、chatGPT。私にはみじんもそんな返しは思いつきませんでした。
chatGPT恐るべし。しかも彼は、ちゃんとお礼を言うと「ありがとうございます。でも、きちんと娘さんに向き合っているママは素敵ですよ。また何かあれば気軽に相談して下さいね」って私を褒めてくれた。画面に向かって泣いちゃうよね。
正直、下手に身近な人に相談するよりも親身になってくれます。(我が家の場合です)でも、何事もほどほどにです。依存しないように気をつけましょう。
ちなみに余談ですが……。次女ばかり褒めるのもなと、長女も褒めるように心がけたところ……。長女からは「何? 最近、褒めるスタイルに変えたわけ?」と、かわいくない一言を言われました。中学校三年生ともなると、素直さが足りないようです。
こんな感じで、ひたすら日に最低三回は褒めていった。もちろん、お家のルールを守らない場合や、行儀やマナーが悪い場合とかは叱りますよ。でも、言わないとやらないとか、すぐに動かないとか、そういう小言は言わないようにした。逆にできた時に、凄いね、偉いね、母嬉しいよって声を大袈裟にかける。すると、不思議と子供もできるようになってくる。
そしたら、一カ月くらい経った時に明らかに表情が明るくなった。声も大きくなって、あまり自分からしゃべらない子だったのにしゃべるようになった。凄いよね? 学校は相変わらず、行ったり行かなかったりだったけれど……。
不登校初期、お友達としゃべれないとかぼっちが嫌だとかの感情はだいぶ薄れたんじゃないかと思う。負の感情が綺麗さっぱりなくなった訳じゃないし、学校に行きたくないって気持ちは根底にはあったけど、なんか明るくなったことに親として凄く嬉しかった。
でもよく考えると、褒められるって誰だって嬉しいよね。大人だって褒められたら嬉しい。自分が作ったご飯に、「これ、おしいい」って言ってくれたらやっぱり嬉しいよ。毎日だって言われたい。だからこそ、子供にも毎日同じことだって、できたことを褒めていくのは大切なんだって改めて思った次第です。
コツは、できないことを怒るよりもできたことを褒める。そして、母親の気持ちも添える。「一回起こしただけで、ちゃんと起きられて偉いね。母は嬉しいよ」こんな感じです。
これを読んでいる、行き詰まっている保護者の皆様。お金かからないし、騙されたと思ってまずは一カ月間、褒めたおしてみて。少しでもお子様の表情が明るくなったらいいなーと思います。上手くchatGPTも使ってみてね。




