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独りの王子とはぐれウサギ

はじめましての方も、超お久しぶりという方も、おはようこんにちはこんばんは。ましゅと申します。

登場人物の名前を見ておや?と疑問を抱かれた方、その通りでございます。

今作「未だ恋を知らない線香花火」は、一年ほど前に書いていた「好きって言葉じゃ足りないから」という作品を大幅アレンジしたものとなります(それに伴い「好きって~」は削除させていただきました)。とはいえ主人公の名前・設定が引き継がれたのみで、ストーリーや他登場人物の名前はがらりと変わる予定でいます。その場その場で書いていた前作と違い、今作はある程度の流れを決めてから書き始めているため、更新頻度もそこまで開くことはないと思われます。


執筆自体久しぶりになってしまうためいろいろ拙い部分も出てきてしまうと思いますが、ゆっくりとお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


それでは本編へGO!

 (おおとり)風音(かざね)は王子である。


 とはいえ由緒ある家柄というわけでも、やんごとない身分というわけでもない単なる比喩である。


 それでもその比喩が的外れかと彼女を知る十人に問えば、十人全員が口を揃えて否と答えるだろう。


 烏の濡れ羽色という言葉が似合う艶やかな黒髪は、肩口で切り揃えられていることで、どこかボーイッシュな印象を見る者に与える。黒曜石のように光を湛える瞳は長い睫毛に覆われており、日焼けや肌荒れを知らない健康的な白い肌と相まって、それこそ何かの物語に出てくる王子と紹介されても過言ではない。


 それに加え文武両道、品行方正をそのまま人にしたような優等生であり、周囲が王子と呼び始めるのに長い時間を必要としなかった。


 ──白百合の王子。それが私立白百合女子高校における風音の立ち位置だった。


 ──白百合の王子。そう持て囃されることが、必ずしもいい物であるとは限らない。


「おはよう」

「お、おはようございます、風音さん」

「……そんな緊張しないでも」


 自分が話しかける度に周囲の空気が少し張り詰める。それを自覚してから、風音は自ら会話を切り出すことを諦めた。話しかけられても当たり障りのない返答しかできず、いつの間にか本音を口にするのを躊躇うようになった。


「それじゃあこの問題を……鳳さん」

「はい」


 授業で指名される度に、王子ならきっと正解するだろう、という空気で教室が満たされる。間違えられないというプレッシャーに押し潰されそうになる。間違えられないから、日々の予習復習は人一倍こなすしかなかった。


 普通の優等生でいたかったのに、周囲が普通を許してくれない。周囲が認める「風音の普通」は、決して普通とは言えないものだった。


 いつの間にか、他者との間に透明な壁が築かれ。


 いつの間にか、完璧であることを期待され。


 いつの間にか、常に衆目に晒されるようになり。


 まるでガラスケースの内側で厳重に保管されるように扱われ続けた結果、風音は自分を見失ってしまっていた。空っぽの美術品が鑑賞され続ける間にも時は流れ続け、気づけば高校二年の五月になってしまっていた。




 三限目の終了を告げるチャイムが鳴り、挨拶をする前から教室はにわかに浮き足立つ。もちろん、この後には昼食の時間が控えているためだ。それをわかっているのか、現代文担当の教師はノートを提出してから流れ解散するように指示を飛ばした。


「んん……ふぅ」


 周りが昼食のために各々の友人の元へ向かう中、風音は一人大きく伸びをした。一時間座り続けたことで凝り固まった体をほぐしながら、机の横に掛けていたコンビニの袋を持って立ち上がる。


「あの、風音さん」

「……っと、どしたの佐藤さん」

「よければ私たちと一緒に食堂に行きませんか?」


 クラスメイトからそう声をかけられた風音は、右手に持った袋を掲げてみせる。がさり、と中に入ったパックの紅茶が音を立てた。


「お誘いはありがたいんだけど、先に買っちゃったんだ。ごめんね」

「いえ、こちらこそ気づかずにすみません」

「いいよいいよ、また誘ってね」

「はいっ」


 じゃあ、と断って風音は教室を出る。食堂の利用には一品以上の購入が必須であるため、登校前にコンビニに立ち寄った風音が断るのは仕方のないこと──と言うのは建前で、風音は誰かと一緒に食事をとることが苦手なのだ。

 誘われること自体が嫌というわけではない。しかし、どこかのグループに入ったところでいつものように気を使われるのがオチである。だったら最初から一人で食べた方が、風音の心も楽になる。


 とはいえ、早く移動しないと昼食の時間が終わってしまう。

 風音は少しだけ歩みを速めて、教室からかなり離れた階段の踊り場へやってきた。校舎の屋上へ続く階段の踊り場。基本的に他の生徒が立ち入ることはなく、教師の目も届かない。それゆえに、昼食時に限らず風音はここで過ごすことが多い。


 軽くほこりをかぶった床に座って壁にもたれかかり、パックの紅茶にストローを刺したところで風音はふと気がついた。


(……扉が開いてる?)


 風が吹き込むはずのない場所で微かな風を感じ、顔を上げた風音は開いているはずのない扉が僅かに開いているのを見つけた。見つけてしまった以上、どうしても気になってしまう。

 静かに近づいて隙間から覗き込むと、普段見ることのない開放的な景色が視界に映った。だが、風音が関心をひかれたのは景色なんかではなかった。


「何してるの!」


 誰かに見つかることも厭わず、風音は大声で叫んでしまっていた。

 視線の先には安全面を考慮して設置されたフェンス。そしてそれをよじ登る一人の少女の姿があった。



 白百合の真っ白な制服は広がる青空によく映える。場違いにそんなことを考えながらも、風音の体は少女のもとへ駆け出していた。

 詳しいことは分からないが、屋上のフェンスを乗り越えようとする行為が相当の覚悟を伴わないとできないものということだけは風音にも理解できる。だとしても、見つけてしまった以上は悲惨な結果を防がねばならない。


 そんな風音の行動に気がついたのか、少女は動きを止めた。


「……ここ、生徒立ち入り禁止ですよ」


 こちらに振り向くでもなく淡々と告げる少女。

 どの口が、と風音が言いかけたところで、少女はフェンスから飛び降りた。ふわりと羽が舞うような優美さと、はらりと桜が散るような儚さ、そのどちらにも思える光景に、風音は先刻までの焦りを忘れて息を呑んだ。


「意外とワルなんですね、王子さまは」

「……っ」


 自分の正体を言い当てた冷たい瞳に見詰められ、風音は小さく身震いする。瞳と同様に、その声色にも温度は感じられなかった。


「私のこと、知ってるん……ですか?」


 思わず敬語になってしまったのは、目の前の少女が先輩だった時の保険が半分、言葉にできない危うさに気おされたのが半分だ。

 そんな風音の心を読んだのか、少女は薄い笑みを浮かべながら答えた。


「敬語使わなくていいですよ、後輩なので」

「……そう」

「先輩のこと知ってるのは有名人だからですかね。クラスのみんなも騒いでますよ、一つ上に王子さまがいるって」


 ほんの少し温度が上がった声はそれでもなお冷たさが勝り、まるで遠く手が届かない銀の月を彷彿とさせるものだった。自らを後輩だと言った少女は、続けて言葉を発した。


「私、一年の宇佐見(うさみ)美月(みづき)です」

「私は鳳風音、二年せ」

「知ってますって」


 知られていたとしても、自己紹介された時は自分も名乗るのが礼儀だろう。そう思って風音も名乗ったのだが、美月にはばっさりと切り捨てられてしまった。


 美月は手を組んで体を大きく伸ばしながら呟いた。


「結局失敗かぁ」

「失敗って……」


 風音の脳裏に先ほどの光景がよみがえる。

 あの光景を失敗とするのならば、目の前に立つ彼女の目的は——。


「じさつ」


 声にならない呟きは、それでも美月の耳に届いたらしい。細めた目をこちらに向けながら嫌味たっぷりに返してきた。


「どこかの王子が邪魔してきたせいで未遂に終わりましたけどね」

「……何で」


 ともすれば学校全体を巻き込む事態になりかねない行為。それを何でもないように口にする美月に対し、風音は最もシンプルな疑問を投げかけることしかできなかった。


「うーん……復讐ですかね? いろいろあって私、独りなんですよ」


 日常を過ごしていればまず耳にすることのないであろう『復讐』という言葉。風音の背中に冷たい何かが走った。さらに美月が今発した『独り』という言葉は、自分が感じている孤独感が偽物であると錯覚してしまうような——自分を理解してもらえないなんて言葉では片づけられない、感じたことのない重さが込められていた。


「そんなこと………」

「あ! もしかして王子さまは復讐なんて望まない人ですか?」


 確かに復讐は何も生まないという意見はある。だが、風音にとってはそれ以上に自ら死を選ぶことと復讐に何の繋がりも見いだせなかった。だから、黙ってしまった。

 美月はその沈黙を肯定だと受け取ったのか、苛立ちを孕んだ声で言葉を重ねた。


「何も知らない人にそんなこと言われたくないんですよ。特にいっつも周りから持て囃されてる王子さまみたいな人には!」

「……っ、あなたこそ勝手なこと言わないでよ! こっちの苦労も知らないくせに!」


 カッとなり反射的にそう叫んでしまってから、風音は後悔した。経緯はどうあれ死を選ぼうとしている人間に八つ当たりするなど、王子どころか人間として間違っている。そんな自己嫌悪に陥りつつも、驚きもあった。初対面の後輩に、今まで誰にも打ち明けられなかった感情をぶつけられたことへの驚きが。

 さておき、言ってしまった言葉を取り消すことは不可能である。とにかく謝罪しなければと顔を上げた風音だったが、その先に言葉は紡がれなかった。


 いつの間にか目の前にやってきていた美月に突然手を掴まれたから。


 困惑する風音に対し、美月はさらに信じられない言葉をかけてきた。


「ねえ先輩、少しお話ししましょうよ」

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