2.未読スキップはオフにしましょう
黒髪ロングで吊り目、巨乳で高身長の風紀委員長らしき女は腕を組んで偉そうに歩きながら、近寄って来る。
「誰かと思えば、榎宮兄妹じゃないか?珍しいなお前達が遅刻とは、少し失望したぞ」
俺は彼女の巨乳を見つめながら言い訳を考える、馬鹿正直に「すいません!記憶喪失で遅れました!」なんて言っても理解して貰える訳が無い。
ここはひとつ知的な言い訳を考えて風紀委員を納得させるしかない。
「すいません、記憶喪失で遅れました!」
だが、俺は馬鹿だった。
「は?馬鹿なのか榎宮、嘘にしても、もっとマシな嘘はつけないのか?横断歩道を渡っていた老人を助けていたとか、妊婦を病院まで運んだとか、ストリートでファイトしていたとか」
風紀委員長はゴミを見るような目で俺を見下していた。というかこいつらは遅刻扱いじゃないのかよ、いつまで検問やってんだよ、授業に間に合わないだろ。
「あ、あの!白川さん、あのね、お兄ちゃん本当に記憶喪失したみたいなの」
俺の失態を見かねた妹の陽が助けてくれた。だが、さっきも言った通り、記憶喪失なんて信じて貰える訳が無い。妹よ。
「榎宮、まさか本当に記憶が無いのか?」
「なんで陽の言う事は信じるんだよ!!おかしいだろ!」
「ば、ばか!暴れるな!せいっ!」
「ぐふっ!」
俺は委員長に抗議しようと駆け寄っただけなのに徒手空拳をお見舞いされた。ひどい。
「....何やってるの?お兄ちゃん..」
陽はそれを見てドン引きしていた。ひどい。
「もう、ふざけてる場合じゃないんだよ?白川さん、お兄ちゃんの記憶喪失は本当だよ、多分白川さんの事も忘れてる。」
白川は口をあんぐり開けたまま、驚いた表情で俺の肩を掴んで来た。
「冗談だろう榎宮...この私を忘れたというのか?、才色兼備で次期生徒会長と噂されていて、幼い頃から切磋琢磨して高めあって来た親友の私を?」
「悪い、名前すら出てこない」
親友なら徒手空拳で撃退するなよ、と思いながら、俺は目を見て正直に告げる。
これからきっと先、何回かこういう場面があるだろう事を本能的に悟った。
記憶喪失を簡単に伝える方法を考えないとな。あとこの世界から出る方法も。
「そうか、忘れられてしまったのか、そうかそうだよな私なんてどうせその程度の女だったんだな。」
巨乳の風紀委員長は途端にやる気を無くし、とぼとぼと校舎の方に向かって歩き出した。
「委員長!元気出してください!あんな女みたいな男より良い男がきっと見つかりますよ!」
「そうですよ委員長!あんな野菜ばっか食ってそうな男よりプロテイン飲みまくりトレーニーと付き合うべきです!」
風紀委員達は委員長を励ましつつ何故か俺へ罵詈雑言を浴びせて校舎に消えて行った。若干一名、思想がめちゃくちゃ強い奴もいたが。
「お兄ちゃん!言い方ってものがあるでしょう!」
妹は腰に手を当ててプンスカ怒っていた。どうやら白川に正直に記憶喪失を伝えた事は裏目に出たらしい。
「悪い、本当に思い出せなくて、一体誰だったんだ?あの人は」
「あの人は私たちの幼なじみで近所に住んでる葵ちゃんだよ!白川 葵...お兄ちゃん、本当に記憶無いんだね。」
妹はまた悲しそうな顔を浮かべていた。幼なじみか、確かにそれなら落ち込むのも無理ないだろうな、少し冷たい伝え方をしてしまった。
俺は反省する。ここがキモ神様が作り出した現実では無い世界であろうと、女の子を傷つけるような事はしたくない。ギャルゲーの主人公みたいな台詞だが、これは本心だ。
「悪かった、次から気をつけるよ。陽」
「お兄ちゃん、やっと名前で呼んでくれた、ぐすっ」
妹は涙目になりながらも笑顔を浮かべていた。
困る、こういう時どうしたらいいかわからない、
昔見たアニメを参考にしてみるか。
俺は必死に笑顔を浮かべる。確かあのアニメの主人公も笑えばいいと言っていた。
「ぷっ、なにそれ、変な顔!ふふっ...」
真面目にやったつもりだが、変顔だと思われたらしい。俺、心外。だが、妹の可愛い笑顔が見れただけ良しとしよう。
「ところで、俺達って遅刻してるからさっさと教室に行かないと不味いんじゃないの?陽?」
「あ!!!えーとえーと...」
妹はすごい速さで下駄箱で靴を履き変え、ロッカーをガチャガチャし始めた。
「お兄ちゃんの教室は2年A組だから!2階の奥に行けばわかるよ!じゃあ私もう行くから!!」
「あ、待てよ!どうせ遅刻してんだから案内してから...行っちまったか...」
1人、校舎の玄関口に残された俺は自分の下駄箱を探すとこから始めないといけなかった。
ーー
下駄箱とロッカーを総当りで探して必要そうな物を鞄に詰め込んでから俺はようやく、自分の教室を見つける事が出来た。
「すいません、遅れました。」
俺はガラガラと教室の扉をスライドさせて入って行くHRを終えた瞬間の教室は静かで、俺は全員の注目を浴びたまま、入口で停止する。
「珍しいじゃーん、榎宮が遅刻するなんてさぁ〜?何?女遊び?朝帰りでもしてきたの?」
あ、これアレだ!めっちゃ美人で綺麗なのに、何故か恋人が出来なくて生徒に文句ばっか言ってやる気が無いタイプの女教師だ!
「先生、普通に不純異性交遊を前提にして話を進めないでください」
「ん?榎宮なんか雰囲気変わった〜?なんか今日大人っぽいじゃあ〜ん」
勘が良いな。今の俺は榎宮であって榎宮で無い。
こっちの榎宮がどんな性格で生きていたのかを俺は知らない、だから人によっては俺の中身を見破り、ちゃんと18歳の大学生ぐらいに見える時もあるのかもしれない。
「まぁちょっと色々ありまして...先生俺の席ってどこでしたっけ?」
「は?榎宮、あんたマジで大丈夫?普通さ、自分の座席忘れなくない?まぁ、いいけど榎宮の座席は西崎さんの隣〜あそこね!」
先生は指を指して場所を教えてくれた。親切だ。
「...遅刻に座席忘れ、か。榎宮あんまり無理しちゃダメよ?」
「あ、わかりました、気をつけます。」
優しい先生で助かった。俺は感謝しながら、西崎さんの隣に―
行こうとしたのだが、長方形の横長の物体が駅の改札みたいな感じで俺の通行を妨げていた。俺はゆっくり西崎さんの方を見る。
西崎さんは茶髪ショートカットでカチューシャをしている可愛いらしい女の子だった。だったのだが、
ノノカ
「あ、ごめんね、私のUI邪魔だったね。
すぐ消すね、よいしょ」
↻ ◁ ◁◁ ▷▷ ▷ ×
「いや、待って消さないで、さも当然のように空中に浮いた✕印押すのやめて、いや何でキョトン顔なの」
西崎さんの周囲にはギャルゲーのUIが浮いていた。
テキストボックスには喋った言葉が表示され、テキストボックスの左上にはノノカと名前が表示されていた。よくあるやつだ。よくあるやつなんだが。
「どうなってるのそれ!?」
更に俺は、視線を下にやる、◁◁ ▷▷といったような既読スキップボタンやバックログ画面を出すボタンも浮いていた。めちゃくちゃ押したい。押したらどうなるんだろうか。
「どうって言われても、産まれた時からこうだから..」
西崎さんは何故か恥ずかしがっていた。
産まれた時から!?産道ズタズタになるだろ!どうやって産まれてきたんだよ!医者が×印押したのか?
俺は恐る恐る×印を押してみる。ギャルゲー通りなら
これでUIは消える筈だ。
シュッ!
謎の効果音と共にuiは消えたが、×印だけ空中にまだ残っていた。ちゃんとしてるな。
「何騒いでんのよ、西崎さんがギャルゲーみたいなのは、今に始まった事じゃないでしょ?全く、朝からやかましいんだから」
俺は誰かに軽くふくらはぎを蹴られ、注意される、
「あ、ごめん、確かに騒がしかったな」
声のした方を見ると赤髪のツインテール美少女が頬杖をついて席でくつろいでいた。
最早言わなくてもわかるだろう。
現実には存在しない、ツンデレツインテール美少女その人である、数多のコンテンツで今なおも利用され続けている最強の設定..!
「現実で見る事が出来るとは...神に感謝しないとな」
あのキモ神に唯一感謝する事があるとすれば、現実には存在しない美少女達とこうやって接する機会がある事だろう。西崎さんは特殊すぎるが、
「西崎さんも、なんか迷惑かけちゃったな、ごめんな」
「ううん、全然大丈夫だから、」
「なによ!あんた、なんか今日西崎さんに甘くない?」
「あー、ちょっと色々あって記憶喪失みたいな感じでさぁ、参っちゃうよなーはは...」
俺は冗談混じりに記憶喪失である事をやんわり伝えて2人の反応を見る。
今はHR後の休み時間、出来るだけ情報を集めておかないと今後の学校生活が大変になる。
「え、嘘でしょ?つまんない冗談は辞めなさいよね!アンタが記憶喪失になんてなったら、私、私...」
まずい、これは悲しませてしまうパターンだ。
てか、どいつもこいつも好意的すぎるだろ。
毎回こんなリアクションされたら大変なんだが。
「もしかしたらすぐ戻るかもしんないしさ、とりあえず2人の事教えてくれないか?西崎さんは西崎ノノカであってる?」
「はい、私は文芸部所属の西崎ノノカです、記憶喪失大変ですね...、何かあったら言ってくださいね?」
西崎さんはめちゃくちゃ優しかった。こんな良い人なのに何でギャルゲーの擬人化みたいな存在なんだろう...シンプルに可哀想だ。
「ありがとう、何かあったら相談するね、で赤髪の君は?」
「私は九条エリカよ!アンタは..エリカって呼んでたわ///」
いや、絶対に嘘だな。記憶喪失を良い事に名前で呼んでもらおうとするな。いやしい。
「九条か、覚えた。改めてよろしく2人共。」
「ちっ...バレたか」
「よろしくね、榎宮くん」
今舌打ちしなかったか?まあいいけど、とりあえず、学校生活はなんとかなりそうだ。友達が居て助かった。
だが、この時俺はまだ想像していなかった。
一度やった授業を再び受ける事になる。
という信じられないぐらい面倒な事が待っている事を...。