孤高の守護者 フィラクス
霧が立ち込める朝、港を離れる一隻の戦艦に群衆の視線が注がれていた。灰色の巨体、甲板の黒鉄、艦橋に翻る旗――その名はフィラクス。ギリシャ語で「守る者」を意味する名を冠し、今日、この艦は国家の命運を背負う孤高の存在として海原に立つ。
「我らは国を護る者、フィラクスなり」
艦長の静かな声が甲板に響く。乗組員たちは自然と背筋を伸ばし、波間に漂う霧の向こうに迫る敵艦隊を見据えた。
B国の前弩級艦隊が海峡の向こうに姿を現す。数は六隻、旧式ながらも数で圧す布陣だ。自国の旧式戦艦と巡洋艦は護衛として少し離れ、速力に勝るフィラクスを先行させた。敵はその巨体に目を奪われ、一斉射を浴びせる。砲弾が飛び交い、甲板に鋼鉄の雨が叩きつける。
だが、フィラクスは微動だにせず、敵前回頭に向けて砲口を開く。六門の36cm砲が同時に火を噴き、閃光が霧を裂いた。砲弾は海面を叩き、巨大な水柱が上がる。水柱の破片が敵艦の甲板に叩きつけ、煙と破片が飛び交う。敵艦の舷側には弾痕が刻まれ、火花が飛び散った。
十字砲火の布陣が形成され、旧式艦は孤立して撃破されていく。砲撃の度に甲板が振動し、砲塔が咆哮する。その轟音は波間に反響し、霧の中でまるで海自体が怒り狂ったかのように感じられた。乗組員は息を殺しつつ、目の前の巨砲の反動に身体を押し付ける。
旧式艦が一隻、また一隻と撃沈される。煙幕の向こうに立ち上る火柱の光で、フィラクスは孤高に前進し続ける。敵前回頭に集中して砲門を向けるたび、次々と被害が生じる。艦首を軽く回頭させ、敵艦の側面を捉える。砲弾が艦体をえぐり、煙と鉄の臭いが甲板を満たす。
B国艦隊が退却を始めると、霧の向こうにA国の新鋭戦艦二隻が姿を現した。ドレッドノート級に準じた艦で、30.5cm砲を装備している。速力はフィラクスとほぼ互角、ここからが真の決戦だ。敵もまた孤高の艦を狙い、一斉に砲門を開く。砲弾は大波を蹴散らし、甲板をえぐり、煙突を揺らす。
「敵は我を狙う。だが、我が砲が応える」
副座から砲術長が叫ぶ。集中一斉射の号令に従い、六門の36cm砲が同時に火を噴く。閃光が霧を切り裂き、A国旗艦の主砲塔が吹き飛んだ。轟音が空気を震わせ、旗艦は一瞬にして戦意を失う。敵戦列は瞬時に乱れ、砲撃の嵐はフィラクスの巨体を中心に回り込む。
敵は散開しようとするが、孤高の戦艦はその動きを読み切る。舷側から残存艦を捕捉し、砲弾を精密に叩き込む。火柱が上がり、煙の中に光の閃きを散らす。敵艦の艦橋は破壊され、乗組員が甲板上で飛び跳ねる。爆風で海面が波立ち、水しぶきが砲塔に降り注ぐ。
艦体は被弾の衝撃で揺れるが沈まず、砲術長の冷静な指示に従い砲身は再び敵を捉える。甲板上で火花と鉄片が散乱し、煙幕の隙間から敵艦の動きを読み取り、砲弾は正確に命中する。十字砲火の妙、孤高の戦艦は一隻で敵を圧倒した。
旗艦が大破すると、敵の戦列は混乱を極め、A国艦隊は退却を余儀なくされた。港に帰還したフィラクスは、破損箇所の修理を経て再び艦隊の旗艦として配備される。煙で煤けた甲板、砲塔の凹みはその戦闘の痕跡を示す。
港に集う人々は灰色の巨艦を仰ぎ見て呟く。「あれが、国を護る者だ」と。孤高の戦艦は、一度の戦いで伝説を刻み、その後は出撃せずとも国の盾となる存在となった。
霧が再び立ち込める朝、港の水面にフィラクスの影が揺れる。艦橋の旗はなお高く翻り、海原のどこかで今日も国家を護る目となっている。孤高の守護者――フィラクス。たった一度の戦いで伝説を作り、その後は国を護り続ける。