83話 妖精に愛されなかった者
ラベンちゃんがポーロアンに帰ってから一週間が経った。
特に何も起きず、いつも通りの普通の日常を過ごしていた。
今日もそうだったが、寮に帰る帰り道、アーロン君に話しかけられた。
「久しぶり、マシュー」
俺に声をかけたアーロン君は、片手に持っていた手紙を俺に渡した。
手紙にはもちろん封がしてあり、ワックスにはオリエンスの紋章が押されていた。
「私の誕生日パーティーが一ヶ月後にあるんだ。よければ来てくれないか?」
「行く!絶対行く!」
手紙を受け取り、嬉しくて顔を上げると、そこには疲れた様子のアーロン君が立っていた。
こんなに疲労感の漂う顔ではなかったはずだ。
クマも濃く、唇の色だって悪い。
「アーロン君、体調とか大丈夫……?無理してない?」
俺の言葉に、アーロン君は目を丸くした。
それから小さくため息をつく。
「マシューにもわかってしまうとは……情けないね、僕は……」
僕?
アーロン君の言葉に疑問を持っていると、目の前のアーロン君の瞳が濁った。
濁ったかと思うと目いっぱいに涙をため、ぽろぽろと泣き出す。
「え?!え、大丈夫?!どこか痛いとか?!ほ、保健室行く?!あ、保健室の先生いないんだった……え、どうしたの?!」
受け取った手紙を無造作にポケットに突っ込み、とりあえずアーロン君の頭を撫でる。
野郎に頭を撫でられても嬉しくはないだろうが、事情の知らない俺が今できるのはこれだけだった。
「ご、ごめん……今は何も見なかったことにしてくれ……」
嗚咽混じりに話すアーロン君を見て、何もできない自分に少し腹が立った。
「……話なら、聞くよ?見なかったことにもできるけど、今のアーロン君を見て見ぬふりするほど、俺は優しくないよ」
俺の言葉で、アーロン君の涙は止まった。
そして小さく微笑んだ。
「ありがとう、マシュー。すこしおしゃべりしようか」
アーロン君は袖で自分の目元をごしごしと擦り、赤くなった目で俺を見た。
まるで射抜かれるような視線に、俺は少し身構えてしまった。
「一ヶ月後、国を巻き込んだ大規模な祭りをやるんだ。一日目と二日目はただのお祭り騒ぎ。そして三日目は、式典があるんだ」
「式典?」
アーロン君は頷く。
それから小さくため息をついた。
「次期国王が、国民に未来の安泰を示すため、自身の妖精の祝福を見せるんだ。次期国王となるものは、基本的に全ての妖精の祝福を扱える。火、水、風、土、光、闇。これら全てを、これから背負っていくことになる国民に安心してもらうために見せるんだ」
そこで俺は一つの疑問が脳をよぎる。
「……アーロン君って、妖精の祝福は光しか扱えないんじゃ……」
これがまさに今アーロン君が悩んでいることだった。
アーロン君は俺の言葉に顔を歪ませた。
「……国王とは本来、妖精に愛された者がなる位だ。前国王は毎回産まれた子に、国王の器に相応しいかを見極める。一度オリエンスで、妖精に愛されなかった王族が国王になったことがあったんだ」
「……それ、知ってるかも。ジョーン王でしょ?」
オリエンス国王唯一の汚点と言われるジョーン王。
彼は国王に認められた弟に嫉妬し、弟と父親を監禁し、国王となった。
だが彼が支配したオリエンスは大災害に見舞われた。
寒波、洪水、猛暑による不作。
そして、ジョーン王の周りでは不自然な死が続いた。
恐ろしくなったジョーン王は、監禁していた父親と弟を解放し、王位を譲った。
すると異常気象は収まり、不作は終わりを告げた。
不自然な死も止まった。
このことから、妖精に愛されなかった者が国王になることは固く禁じられた。
「……それでアーロン君は、自分が妖精に愛されなかった者って言いたいの?」
アーロン君は何も言わない。
その沈黙は肯定を表しているようなものだった。
「で、でも、アーロン君は国王様が決めた次期国王なんでしょ?なら大丈夫だよ!」
俺の言葉に、アーロン君は不安そうに微笑んだ。
俺はどうにかしてアーロン君を不安から救いたいと思い、とある妙案を思いつく。
「なら、それぞれの祝福は使える人に教えてもらえばいいんだよ!」
水はネモさんで、風はアルヴィン先輩、火は……ミンディさんで、闇はテディー君。
土は多分ぎりぎり俺でも大丈夫だろうし……
「そんな……私の為に大勢を巻き込むのは申し訳ないよ……」
「大丈夫!みんなアーロン君の為なら快く手伝ってくれるよ!思い立ったら吉日!早速行動だ!」
俺は遠慮がちにアーロン君の手を握り、そのまま歩き出した。
本当はアーロン君は嫌がっていないか、というか王子の手を握るって不幸じゃないよな……なんて考えていた。
だがアーロン君は俺の手を握り返してくれた。
最初に見つけたのは、ネモさんとアルヴィン先輩だった。
アーロン君は自分で事情を話し、頭も下げた。
「顔を上げてください、アーロン様」
アルヴィン先輩は小さくため息をつく。
「あなたは俺のような存在に頭を下げていい存在ではありません。次期国王という自覚を持ってください。……ですが」
アルヴィン先輩はまだ言葉を続ける。
ネモさんはそんなアルヴィン先輩をただ見つめていた。
「ですが、アーロン様に頼られるのはこの学園生活ぐらいしかないと考えると、不思議と心が踊ります。貴方様の手伝いが出来ること、とても心嬉しく思います」
アルヴィン先輩の言葉に、アーロン君は目を輝かせた。
ネモさんもアルヴィン先輩の背中を叩き、頷いた。
「アーロンくんのお手伝いなら、喜んでやるよー!なんてったって、先輩だもん!」
それからネモさんはアーロン君に手を差し出した。
握手をしようという意味なのだろう。
アーロン君も遠慮がちにその手を握った。
「後輩とは先輩の背中を見て成長するもの!困ったらネモ先輩に何でも聞きなさい!」
「ありがとう、ございます……ネモ、先輩!」
「え、嘘、先輩って言った?!ずっと呼ばれたかったんだよねー!!」
ネモさんは嬉しそうにアーロン君の手を振り回した。
そして今度は俺を見た。
次は誰を誘うのかと、子供のような目で。
「次は火の妖精の祝福を持っているミンディさんを探そうかと……」
「ミンディなら教室にいた気がする!」
「なら俺たちがトレットを探そう。マシューは闇の妖精の祝福を持っている者を探せ」
「見つけたらいつものとこに集合ねー!」
アルヴィン先輩とネモさんは二年生のクラスがある方向へ歩いていった。
いつものとこってことはイリオス先生のコテージってことだから、早く闇の妖精の祝福を持っている人を探さなくちゃ。
「……いい先輩方だね」
「でしょ。俺もいつも助けてもらっているんだ」
去っていく二人の後ろ姿を、アーロン君は眩しそうに見つめていた。
それから何かを思い出したかのように息を吸う。
「マシュー、あてはあるのかい?」
アーロン君の問いに、俺はしばらく考える。
浮かんできた人は二人いた。
テディー君と、ロルフ先輩。
ここはアーロン君に選んでもらったほうがいいだろう。
「アーロン君は、テディー君とロルフ先輩のどっちがいい?」
「前者だ」
「即答だね」
アーロン君は顔を歪ませる。
「ロルフとは仲が良いが、彼も有力貴族の一人だ。あまり弱点は知られたくない。……そのテディーって子は名のしれた貴族ではないよな……?」
そういえば俺はテディー君のことを何も知らない。
強いて言うなら、カロリーナちゃんと仲が良いことぐらい。
まあでも、貴族ではないだろう。
「うん、違うと思う」
「なら大丈夫だ。さっそくテディーに会いに行こう」
テディー君がいるであろう一年生のクラスがある方へ、俺たちは歩みを進めた。




