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学園の些事  作者: 道兵衛
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82話 小さな妹

 後ろに立っていたのは、肩に黒いバッグをかけたヴァンス先生だった。

 ヤーリュカさんはヴァンス先生のことを知らないのか、何も言わないヴァンス先生を警戒していた。


「……ヴァンス先生……」


 俺の声にラベンちゃんは素早く反応した。

 アルアさんから体を離し、俺とヤーリュカさんの前に立った。


「……あ、学園の先生ですよね?俺、見たことある!」


 サッチはヴァンス先生を見て、口を開いた。

 アルアさんも思い出したように手を叩いた。


「ヤーリュカちゃんが怪我をしたときに治してくれた保健室の先生!」


 ヴァンス先生は微笑むと、俺たちを見渡した。

 一人一人、じっくりと。

 俺は恐怖で、まだ声が出せなかった。


「学園からの指示で、ラベンさんを見送ることになっていたんですよ。ですよね、ラベンさん?」


 ヴァンス先生は目が笑っていない笑顔で、ラベンちゃんを見た。

 まるで獲物を狙う狼のようだったが、そんな視線にも怖気づかず、ラベンちゃんは口を開いた。


「そうですよね、すいません!すっかり忘れていて……」


 申し訳なさそうに言うラベンちゃんを見て、ヴァンス先生は満足したように頷いた。


 どうして、今来たんだ。

 みんなを攫いに……?

 それだけは、何としてでも避けないと。

 みんなが攫われるなら、俺一人だけでいい……


「じゃあ行きましょうか、ラベンさん。お別れは済みましたか?」


 てっきりまた攫いに来たのかと思ったから、拍子抜けだった。

 本当に、ラベンちゃんを迎えに来ただけなんだ。


 ラベンちゃんは俺たちを見つめた。

 ヴァンス先生のように、一人ずつ、じっくりと。

 それからゆっくり微笑んだ。


「たった二週間だったけど、私の人生で一番濃い二週間だった。私、みんなに出会えてよかった。ありがとう」


 その言葉を聞いて、鼻の奥がツンとした。

 もちろん、ミューンさんは声を押し殺しながら泣いていた。

 アルアさんもヤーリュカさんも、目にいっぱいの涙をためている。

 サッチは俺の肩に腕を回して、まっすぐとラベンちゃんを見つめた。


 ラベンちゃんは俺たちに背を向けた。

 それを合図に、ヴァンス先生は歩き出す。


「ありがとう、私の友達になってくれて……本当に、ありがとう」


 ラベンちゃんはもう、俺たちの方は見なかった。

 歩き出したヴァンス先生の背中を追うように、ラベンちゃんも歩いた。

 その背中が見えなくなるまで、俺たちは何も喋らなかった。


「……行っちゃったね」


 アルアさんが小さく呟く。

 ミューンさんも目元をごしごしと擦り、頷いた。


「私、大人になったらお金を貯めて、ポーロアンに行きます!」

「当たり前だろ!最初からそのつもりだし!」


 サッチはミューンさんの背中を叩き、海に向かって叫びだした。


「待ってろポーロアーン!!!絶対行くからなー!!!」


 その声につられ、俺も海の方を向いた。


「ばかやろー!!!」

「いや、何が?」


 アルアさんが俺の言葉に突っ込んだ。

 確かに、何が馬鹿なのかはわからない。

 でもヤーリュカさんは笑ってくれた。


「ばーか!!!」


 ラベンちゃん。

 オリエンスはそろそろ、夏になるよ。

 ポーロアンはどうかな。

 暖かくなった?





「なんで、迎えに来たの?」


 薄暗い路地裏。

 魚の腐った臭いのするそこで、ラベンとヴァンスは話をしていた。


「ラベン。君は自分が何をしたか、わかっているか?」


 ヴァンスはラベンを見ようとはしない。

 それはラベンも同じだった。

 お互い下を向いていた。


「わかってる。命令違反、規律違反、反逆罪、庇い立て、虚偽報告……私を、始末しに来たんでしょ」

「自覚はあったんだ。安心したよ」


 ヴァンスはどこからともなく液体の入った小瓶を取り出した。

 ラベンはそれで全てを察した。

 

 ヴァンスは人を殺すとき、まず眠らせる。

 声を出されると厄介だからだ。

 だから、本当にラベンを殺す気なのだとわかった。


「……ラベン、これ何かわかる?」


 ラベンの目の前に、傷一つない真っ白な腕が落ちた。

 ラベンはそれを、理解できなかった。

 怖くて、自分の腕が本当に付いているか確認できなかった。

 ラベンは痛みを感じない。

 だから、地面に落ちたのが自分の腕か、他人の腕かわからなかった。


「ラベンは今から死ぬ。君という存在はこの世界から無くなるんだ。それでも、いいかい」


 ヴァンスが出した、優しい声だった。

 まるで昔、ラベンに名前をつけてくれたときのような。


「私に、今回の任務の責任を全て押しつけるって、ことだよね。それで、お兄ちゃんが助かるなら、私は喜んで消えるよ」

「……ありがとう」


 ヴァンスはラベンに小瓶を渡した。

 ラベンは受け取り栓を抜くと、液体を一気に流し込んだ。

 

「……お兄ちゃんに寝かせてもらうのは、二回目だね……」


 ラベンは倒れる。

 ヴァンスはそれをただ見つめていた。

 

 ラベンの両腕は健在だ。

 あの憎たらしい少年からもらったブレスレットを左手首につけていた。


 ヴァンスは地面に落ちた片腕を拾い、小さくため息をついた。


「お別れだ、ラベン」


 ヴァンスは片腕を肩にかけていたバッグに入れる。

 そして、地面で寝ているラベンを見つめた。


「このあと君は、誰かに見つけてもらう。そしてそこで、新たな人生を歩むんだ。僕に関わらない、幸せな人生を」


 ヴァンスは歩き出した。

 寝息をたて、幸せそうに寝るラベンを、一度も見ようとはしなかった。


「さようなら、ラベン。僕の小さな妹。君が次に目を覚ましたときは、幸せな日々がまた戻っていると約束しよう」

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