80話 お兄ちゃん
ラベン
お母さんはオリエンスの貴族で、お父さんはポーロアンから出稼ぎに来た商人だった。
お父さんとお母さんは恋に落ちて、お母さんは身分を捨ててポーロアンへ渡り、結婚式をあげた。
少しして私が生まれて、三人で小さな村で楽しく過ごしていた。
お母さんは魔法使いで、いつも私に魔法を見せてくれた。
花や野菜に、お母さんが魔法で水をやっていた。
たまに私にも水をかけてくれて、お父さんと一緒にお母さんから水を浴びるのが、小さい頃の私の一番好きな遊びだった。
私が八歳のとき、村に国の使いの人が数人やってきた。
その人たちはお母さんを探していて、私がお母さんのところまで案内してあげた。
「お母さん!お母さんにお客さんだよ!」
よく晴れた日だった。
お父さんは仕事に行って家におらず、お母さんは私のためにお昼ご飯を作っていた。
幼いころの私は、たくさんの大人がお母さんと話していることを理解できなかった。
でも、お母さんが私を見て泣きそうになっているのはわかった。
「こちらについてきてくだされば、旦那さんと娘さんには危害を加えません。ですが、従ってくれなければ、」
「私には夫と娘がいます。あなたたちについていくつもりはありません」
「……交渉決裂ですね」
従わないと判断した大人たちは、村に火を放った。
本当に、小さな村だった。
火が回るのは一瞬だった。
あとから、妖精の祝福を持っている者たちへの祝福狩りだと知った。
お母さんは連れ去られた。
村の人たちは全員死んだ。
お父さんも、もうその時には殺されていたらしい。
なんて、非道な出来事だろう。
目の前で暴れるお母さんを無理矢理連れ去られた私は、何が起きたかわからなくて立ちすくんでいた。
残った数人は、何も言わない私を見ていた。
「この少女も、我が国に反逆心を抱くかもしれない。心苦しいが、」
「待ってください」
やってきた人たちの中で、一番年若い男の子が口を開く。
私と大して歳が変わらないように見えた男の子は、私をまっすぐと見ていた。
「こんなに小さな子です。大人になる頃には今起きたことも忘れています。だから、殺すのはやめませんか……?」
幼い頃の私には、その男の子が私を庇ってくれているのにも気づかなかった。
ただ何も言わずに、時がすぎるのを待っていた。
誰かに悪い夢だと言ってもらうのを待っていた。
「まあ、若い女は将来役に立つだろう。色々と仕込んでおけば、籠絡にも使えるかもしれんしな」
誰かがそう言った。
その誰かの言葉に、他の誰かも同意する。
そうして男の子に全てを任せるように、次々と家から出ていく。
男の子と小さな私は、何も喋らずに少しの時間が経った。
そこでようやくしびれを切らしたように男の子が口を開いた。
「君、名前は?」
私は何も言わなかった。
ただただ、お母さんが連れられていって出ていったドアを見つめていた。
男の子はそんな私を見て、困ったように微笑んでいたのを覚えている。
「僕はヴァンス。君は?」
それでも私は何も言わなかった。
そこでヴァンスと名乗った少年は、いいことを思いついたように口を開いた。
「今日から僕たち、家族になろう。僕がお兄ちゃんで、君が妹」
「……お兄ちゃん?」
ようやく口を開いた私を嬉しそうに見つめ、今度は私の手を優しく握った。
「君は今から、新しい人生を歩むんだ。そうだな、新しく名前をつけよう!名前は……」
男の子は辺りを見回し、窓の外、庭に咲いている一輪の花が目に入ったようだった。
そして自慢げに口を開く。
「今日から君は、ラベンだ」
「ラベン……?」
「そう、ラベン。僕の妹。大丈夫、僕がお兄ちゃんとして、君を守るから」
そう言って、まるで腫れ物に触れるみたいに私を抱きしめてくれた。
あの温かさを、私は一生忘れない。
そこから私は、国のために働くことになった。
私のお兄ちゃんになった人は、いつも私を言葉通り守ってくれた。
私が辛い訓練で泣いているときも、任務で失敗したときも、いつもお兄ちゃんは私をなぐさめて、庇ってくれた。
私はそんなお兄ちゃんに、恩返しがしたい。
どれだけかかってでもいいから。
どんな方法でもいいから。
私の人生全てを失ってもいいから。




