79話 恩返し
そして、ついにこの日はやって来た。
ラベンちゃんが、ポーロアンに帰る日が。
俺たちは校門でラベンちゃんを待つ約束をして、昨日はお別れをした。
なぜか早く起きてしまった俺は、集合時間のかなり前に校門に立っていた。
「あれ、一番乗りだと思ったのに」
アルアさんは手をふり、俺の横に立った。
「ラベンちゃん、お別れだね。思い出とかある?」
急に聞かれて、海のことしか思いつかなかった俺がいる。
もう少し考えたが、やはり思い出としては海が一番だった。
「海かな。水かけ合戦やったじゃん。あれ、めっちゃ楽しかったんだよね」
「一週間ぐらい前だよね、なつかしー!」
楽しそうに笑うアルアさんの片手に持った紙袋が目に入る。
「ラベンちゃんへのプレゼント?」
「まあ、そんな感じかな。お手紙とか、色々入ってるよ。それよりもさ、」
俺が首をかしげると、アルアさんはいたずら好きの子供のようににやりと笑った。
思わず冷や汗が出る。
「マシューくんって、私たちにはさん付けなのに、ラベンちゃんだけちゃん付けだよね。なんで?」
……なんででしょうね。
いや、俺も聞きたい。
「……ちょっと前に、呼び捨てでいいって言われて。だからさん付けはやめて、ちゃん付けに、」
「つまり、呼び捨てで呼ぶ勇気はなかったってわけだ!」
「……そういうことです」
なんで俺、こんなに詰められてるんだ。
アルアさんは面白そうに笑ってるし。
「あ、みんなが来たよ」
アルアさんが指を指した方向を見ると、サッチとミューンさん、ヤーリュカさんが俺たちに手をふりながらこちらに歩いてきていた。
正直、これ以上何か言われたら俺も変なことを言ってしまいそうだったから、サッチたちが来てくれて安心した。
「二週間、あっという間だったなー」
サッチが小さくため息をつく。
アルアさんも頷き、ラベンちゃんがやってくるであろう道の方を見つめていた。
「でも、ヤーリュカさんが登校許可されてよかったよね。学園長、めっちゃ渋い顔してたけど」
ヤーリュカさんの家に行った日の夜。
俺たちは貴族の登校許可が出ていないことを知り、学園長室に走った。
そしてなんとか許可をもらい、ヤーリュカさんは特例で今日だけ登校を許されたのだ。
「失踪事件も解決したと学園長が言っていたので、安心ですね」
目をぱんぱんに泣き腫らしたミューンさんが口を開いた。
「ミューンちゃんまた泣いたの?」
「だって……おわがれでずよ?!」
また泣き出したミューンさんの頭を、ヤーリュカさんが撫でていた。
「またすぐ会えるわよ。ポーロアンとはそこまで遠くはないのだから」
「隣の国だもんな!」
ミューンさんを励ますように、サッチも声をかける。
そんなとき、向こう側からこちらに歩いてくる人影が見えた。
「……ラベンちゃん?」
俺が呟くと、人影はその声に反応したように歩みを早めた。
そして案の定ラベンちゃんだった。
「みんな、おはよう!」
背中に大きな荷物を背負ったラベンちゃんは、なんだかいつもより小さく見えた。
「ラベンさん、船便で帰るんだよな?みんなで港まで送ろうって話しててさ、どうかな」
サッチの話を聞いて、ラベンちゃんは目を輝かせた。
「本当にいいの?!ありがとう!めっちゃ嬉しい!」
「あ、荷物持つよ」
「えへへ、ありがとう」
俺はラベンちゃんのリュックを受け取り、サッチは手提袋を受け取った。
身軽になったラベンちゃんは嬉しそうに歩きだし、その横にアルアさんたちが立つ。
女子組は見事に話に花を咲かせており、楽しそうに笑いあっていた。
「……俺らも話に花でも咲かすか」
「話すことないって」
「あるだろ、積もる話しかないだろ」
荷物を抱えた俺たちも見事に話に花を咲かせ、港まであっという間についた。
磯の香りが鼻をくすぐり、漁師たちの声が港を騒がせた。
ラベンちゃんが乗る船が来るまでまだ時間があったので、俺たちは港を観光することになった。
「港初めて来た!めっちゃ魚いる!」
山育ちのサッチは興奮して走り出した。
ミューンさんもそわそわしており、それに気づいたアルアさんがヤーリュカさんも連れて歩き出した。
アルアさんが俺に向かってウインクをしたのは、気のせいだろう。
ラベンちゃんはそんなみんなを見て微笑んでいた。
「……学園長にね、ポーロアンに戻らないで、うちの特待生になるのはどうかって誘われたの」
潮風が強く吹き、俺の頬を撫でる。
「すごい嬉しかった。でも、断ったんだ」
「……なんで?」
潮風でなびいた髪が、ラベンちゃんの顔を守るように隠していた。
「私は国に戻らなきゃ。あそこが、私の居場所だから」
「ここを居場所にすればいい!」
自分が思ったよりも大きな声を出したことに、自分でも驚いた。
ラベンちゃんも、表情は見えなかったけど、驚いていたように思えた。
「ラベンちゃんは俺の、友達だし、それに、」
ラベンちゃんは、ポーロアンの命令で危険なことをしている。
俺と同い年で、まだ大人に守られるはずの子供だ。
ポーロアンに戻ったら、また危険な目にあうかもしれない。
それなら、オリエンスにいたほうが、
「私ね、本当は戻りたくないよ」
「じゃあ、」
「でも私、一度だけ命を救ってもらったことがあるの。もちろん、殺されかけたこともあるけどね」
鳥の声が、ラベンちゃんの声を遮る。
あまりの快晴で、思わず目を細めてしまう。
風はやむ気配がなかった。
「だから、一度くらい恩返ししたいの。どれくらい時間がかかってもいいから」
サッチの楽しそうな声が、遠くで聞こえる。
その声が、俺たちの静かな空間を少しだけ明るくしてくれた。
「……なんか暗い話になっちゃったね、やめよやめよ!なんか私に聞きたいこととかある?もう最後だしさ、何でも聞いて!」
ラベンちゃんは髪を耳にかけ、ようやく顔が見えた。
「じゃあ、ラベンちゃんの子供の頃の話が聞きたい、かも」
自分で言って、なんだか恥ずかしくなる。
ラベンちゃんも恥ずかしそうに首をかしげた。
「えー、あんまり面白くないよ?」
そう言いながらも、「コホン」なんてわざとらしい咳をして、ラベンちゃんは口を開いた。
「じゃあ私が国に拾われた話ね。これが私の人生の、一番の出来事だから」
そう言って、ラベンちゃんは照れながら微笑んだ。
風がいっそう強く吹いた。




