76話 妖精のいたずら
「驚いた、保健室の地下をいつの間に改造していたんだね」
少しも驚いていなさそうなエリアルさんは、近くのベッドに三人の生徒を横たわらせた。
俺もラベンちゃんを隣のベッドに横たわらせ、固まった肩をほぐす。
「じゃあ私は教師を探してくるから、マシュー君はここで休んでいてね」
「あ、俺も行きますよ」
「君は一応囚われていた身なんだから、少しは休憩しておかないと」
エリアルさんに上手いように言いくるめられた俺は、保健室から出ていくエリアルさんの背中をただ見つめた。
四人分の寝息が保健室に響く。
三人の生徒は気の抜けた顔でぐっすりと寝ていたので、きっといい夢を見ているのだろう。
ラベンちゃんは、
「…………か……」
「え?」
何か寝言を言っていたので、寝ているラベンちゃんの口元に耳を近づける。
何かモゴモゴ言っているのはわかったが、はっきりとは聞こえなかった。
顔を離し、ラベンちゃんの顔にかかっている髪の毛をどける。
どけた先で、きれいな白い頬にはあまり似合わない水滴が流れているのが見えた。
思わず頬に手を伸ばそうとしたが、その手は途中で止まった。
「……おかあさん……」
ラベンちゃんは泣きつかれた子供のように寝ていた。
俺は、ラベンちゃんのことを何も知らない。
好きな色とか、好きな食べ物とか、好きなこととか。
兄妹はいるのかな。
子供の頃はどんな性格だった?
どんな場所に住んでた?
今、どんな夢を見ている?
「……ラベンちゃん」
返事はない。
「ラベンちゃんはどうして、俺を助けてくれたの……?」
俺はラベンちゃんに助けてもらえるくらい立派な人間じゃないよ。
まだラベンちゃんになにもしてあげれていないし、これからもきっと何もできない。
俺は弱いから。
ずっと、誰かに助けてもらわなきゃ生きていけないような、弱い人間だから。
「マシュー!」
保健室のドアが勢いよく開く。
俺は何かを隠すように慌てて袖で目元を拭った。
「マシュー!どこにいるんだ!」
「あ、ここです!」
部屋の奥から顔を覗かせると、そこには息を切らして、髪もボサボサのキャロル先生が立っていた。
「夢じゃ、ないよな?妖精のいたずらでもないよな?」
「正真正銘の俺ですよ」
キャロル先生は俺の頬を掴んでひっぱり、次に腕を触り、肩やら背中やらも触る。
それからようやく俺という存在を認識したのか、今度は勢いよく抱きしめてきた。
「おかえり!探したんだぞ!」
保健室の外が騒がしくなり、次々と人が入ってくる。
「マシュー!」
次にやってきたのは、ネモさんだった。
キャロル先生が俺から離れると、今度はネモさんが抱きついてくる。
「よかった……もう、会えないかと、思って、」
嗚咽混じりに話すネモさんを見ていると、俺も声を出して泣いてしまいそうだった。
「四日も、消えてたんだよ……ずっと、探してて、」
「……俺、四日もいなかったんですか?」
体感一日。
だが、四日もあそこに閉じ込められていたと考えると、なんだか出てきた涙も引っ込んでしまった。
それから失踪していた他の生徒の友人も保健室に次々とやってきて、あっという間に満員になってしまった。
キャロル先生は今までやってきた生徒全員を外に出し、代わりにやってきたのはエリアルさんと学園長だった。
「まだ起きているのはマシュー・ペリー君だけですか」
学園長はベッドに寝ている生徒と俺を見て深々と頭を下げてきた。
「大変申し訳ございませんでした。君たち生徒を守らなければいけないのは、私たち教員のはずなのに」
「いや、そんな、顔を上げてください!」
結局助かったからよかったし、そもそも先生たちが失踪した生徒を必死に探していたのは誰でも知ってる。
一人目の失踪者が出てきたときから夜まで捜索をしていたのを、寮にいた俺は見ていた。
「エリアル王弟殿下にも……お詫びの言葉もございません」
エリアルさんはやめてくれと言うように首を横に振った。
「今回は国絡みのことで、対応にも苦労しただろう。学園の関係者は、よくやってくれた」
「身に余るお言葉です」
深々とお辞儀をした学園長は、そのあとにばつが悪そうに寝ているラベンちゃんを見た。
「……それで、彼女のことですが、」
知ってるんだ。
学園長は、ラベンちゃんがポーロアンの手先だってことを。
「ラベンちゃんは!」
だめだ。
言わせるわけにはいかない。
「ラベンちゃんは、何も知りません!ポーロアンからの留学生です!彼女も……彼女も閉じ込められてたんです……!」
無理がありすぎる嘘。
必死に言う嘘でもない。
どうせすぐに見破られてしまう。
でも、どうか、この嘘には気づかないでくれ。
彼女が国に帰る日まで、気づかないふりをしてくれ。
「……わかりました」
言いたいこと全てを飲み込んだ顔をして、学園長は口を開いた。
「彼女も、今はオリエンス学園の生徒ですからね」
学園長はラベンちゃんをしばらく見つめたあと、小さくため息をついた。
「これから職員会議があるので、我々はここで失礼します。キャロル先生、行きますよ」
「言われなくてもわかってますよ!」
保健室から出ていった学園長をキャロル先生は子供のように追いかけていった。
また、部屋に静寂がやってくる。
エリアルさんも、ラベンちゃんを見ていた。
「……彼女は……いや、なんでもない。それより、マシュー君におまじないが効いてよかったよ」
「そのおまじないって、結局なんなんですか?」
エリアルさんは「それはね、」と言い、急にどや顔になった。
「マシュー君たちの手を握ったのは覚えているかい?」
「手?」
そういえば握ってもらったことがあったかも……
「その時に君たちの体に祝福をかけたんだ。私の祝福は少し特殊でね」
「瞬間移動ってことですか?!」
「まあ、そんなところかな?」
すごくないか?!
あれ、でもヴァンス先生からの攻撃を防ぐときに使った祝福は全く違くないか?
俺の考えていることがわかったのか、エリアルさんは口を開いた。
「王族が複数の祝福を持っているのは知っているだろう?私は光と風と……まあ、そんなところかな」
羨ましい……
本当に羨ましい……
今からでも王族になれる保険とかありますか。
ないですよね、知ってます。
俺が一人で百面相をしているのを見て、エリアルさんはくすりと微笑んだ。
「マシュー君も寝たらどうだい?疲れているだろう?」
エリアルさんの一言で、瞼が魔法がかかったように重くなる。
頭の中にモヤがかかり、俺にだけ夜が訪れたみたいな……
「おやすみ。君が次に目を覚ましたときは、幸せな日々がまた戻っていると約束しよう」
エリアルさんの声がだんだんと遠くなっていく。
俺は倒れ込むように近くのベッドに横たわった。
保健室のベッドということで固くはあったが、なぜかとても暖かかった。
「今だけは、太陽が昇らないことを願っておくよ」
誰かが布団をかけてくれた。
それが誰なのかも、俺はわからなかった。




