75話 はったり
全てを包み込んでしまうような光だった。
暖かく、太陽の光を一身に浴びているようだった。
「……マシュー君、大丈夫かい?」
まだ目をつぶっている俺に、ヴァンス先生ではない人が声をかけてきた。
この声は、ラベンちゃんでもない。
もっと、大人の……
光が落ち着いてきて、ようやく目を開ける。
まだ目がチカチカしていてよく見えないが、目の前に人が立っているのはわかった。
ヴァンス先生かと思い勢いよく後ろに下がろうとしたが、その前に腕を掴まれた。
「大丈夫だよ、助けに来たんだ。マシュー君が助けを求めてるかはわからないけどね」
俺の腕を掴んでそう言った人は、心なしか笑っているように感じた。
ようやく目が慣れてきて、初めてちゃんと目の前に立っている人を確認できた。
「……エリアルさん……?」
「やあ、久しぶりだね。マシュー君」
エリアルさんは俺の腕から手を離し、にこっと微笑む。
「な、なんでここに、」
「昔マシュー君におまじないをかけたのは覚えているかい?」
「おまじない?」
考えるより先に、エリアルさんのさらに向こう側でヴァンス先生が目元をこすっているのが見えた。
そうだ、今はエリアルさんと話している場合じゃないんだ。
「あの、エリアルさん、」
「わかってる。彼から君を守ればいいんだろう?」
エリアルさんはヴァンス先生に向き合う。
するとヴァンス先生も、急に現れたエリアルさんを見て目を丸くしていた。
「……エリアル王弟殿下ですか。まあ、国に持ち帰れたら喜ばれるでしょうね」
ヴァンス先生は懐に手を入れると、その瞬間にエリアルさんが手を前に突き出す。
すると俺たちの目の前をきれいな花が障壁のように現れた。
「……妖精の祝福ですか」
「ご名答。ポーロアンの犬にしては頭が切れるんだね」
何かが花の中心に吸い込まれていき、そのままエリアルさんの手の中にすっぽりと収まる。
「……毒?それとも睡眠剤かな?」
「さあ、どちらでしょうね」
先に針の付いた小瓶をまじまじと見つめるエリアルさんを、ヴァンス先生は苦い顔で見つめていた。
ヴァンス先生が小瓶を投げたのも気づかなかった。
エリアルさんは守ってくれたんだ。
ヴァンス先生の攻撃から、俺たちを。
エリアルさんは次々と祝福を使い、ヴァンス先生の攻撃を防いでいた。
ヴァンス先生の投げる物全てが中心に吸い込まれていき、そのまま地面に落ちる。
短剣から足元に落ちている小石まで。
その全てが当たったら致命傷となる速度なのに、エリアルさんは全て防ぐ。
するとヴァンス先生は攻撃をやめ、膝を軽く曲げると両拳を作って顔の前で構えた。
遠距離の攻撃から近距離の攻撃に変えるつもりだ。
その様子を見て、エリアルさんは小さく息を吐いた。
「私がここにいることは、すでに国の者に伝わっている。もう少し経つと、ここに騎士団がやってくるが、それでも君はまだ抗うのかい?」
エリアルさんの言葉に、ヴァンス先生が顔を歪ませる。
それから手を下ろし、こちら側に背を向けた。
「任務に命までかけるつもりはありません。僕はここで去ります、ラベンは好きにしてください……ああ、それと、」
ヴァンス先生はただラベンちゃんを見つめていた。
「ポーロアンは決して妖精の祝福を諦めない。国王にそう伝えておいてください」
そのままラベンちゃんから視線を外しヴァンス先生はゆっくりと去っていき、ついに暗闇の中に消えていってしまった。
エリアルさんはしばらくしてから安心したように額の汗を拭った。
「終わったね。マシュー君はどこか怪我していないかい?」
「俺は大丈夫です、でもラベンちゃんが、」
エリアルさんは地面で丸まっているラベンちゃんの口元に手をあて、それから体を丁寧に触った。
「……息はある。特に目立った外傷もない。無理矢理寝かされているだけだね」
その言葉を聞いて安心し、体の力が一気に抜ける。
勢いのまま倒れそうになった俺の肩を、エリアルさんが支えてくれた。
「まさかマシュー君がポーロアンの関係に巻き込まれていたとは思わなかったよ」
エリアルさんは俺を地面に座らせると、面白そうに微笑んだ。
「それにしても彼、ポーロアンの関係者だったんだね。新任の教師ということで、一応目を光らせておいて正解だったよ」
「ヴァンス先生が怪しいって知ってたんですか?!」
俺の驚いた表情を見て、エリアルさんは目を細めた。
「まあ、消去法だね。それにしても、どうやってここから出ようか」
「騎士団の方が来てくれるんじゃないんですか?」
気まずそうにエリアルさんは微笑み、わざとらしく頬をかいた。
「はったりだよ。ああ言えば退いてくれるかなと思ってね。上手くいってよかったよ」
「はったりだったんですか?!」
なんという神経の太さ。
あの状況で嘘を言うなんて、さすが王弟。
「彼女のことも起こして話を聞かなければならないし、早くここから出ないとね」
エリアルさんはヴァンス先生が投げていた短剣一つを手に取り、急に辺りを歩き始めた。
姿が見えなくなるまで奥に行ってしまい、戻ってきたときには三人の生徒を両脇と背中に担いで戻ってきた。
「……力持ちですね」
「自由の身になってから、運動に目覚めてね。最近の趣味は腕立て伏せだよ」
三人を地面にゆっくりと下ろし、エリアルさんは一息ついた。
「全員、薬で寝かされているだけだね。彼が私に投げてきたのも睡眠薬だろうし、傷つけるつもりはなかったんだろう」
他の人の気配がしないとは思ってたけど、寝かされていたんだ。
多分俺が寝かされていないのは、ラベンちゃんが俺を気絶させたから。
「……それで、どうやってここから出ましょう」
「マシュー君はこの天井を祝福で突き破れたりはするのかい?」
「そんなことが出来たら俺はここに閉じ込められていませんよ」
俺の言葉にエリアルさんは苦笑いをして、それから困ったように首をひねった。
脱出の方法でも考えているのだろう。
とりあえず俺も首をひねって考える。
「……しょうがない、希少だから使いたくなかったんだけどね」
自身の右手の人差し指にある指輪を外し、その指輪を俺に渡してきた。
「え?」
「せっかくの機会だし、それ、壊していいよ」
指輪を?!
しかも王族の人が着けてる指輪なんだから、とんでもなく高いんじゃ……?!
さっき希少って言ってたし……?!
「ほら、ぱきっと、ぽきっと」
そんな簡単に壊すものではなくないか?!
渡された指輪には、きれいな黒い宝石が付いていた。
リングの装飾もしてあり、俺ごときが壊してもいいものとは思えない。
でも、腹をくくるしかない。
壊せと言われているのであれば壊す。
覚悟を決め、よくわからずに宝石に手をかける。
するとゼリー状のように宝石がボロボロと崩れていき、リングも続けて崩れていった。
「え、え?!」
「大丈夫大丈夫」
信じられないが?!
黒い宝石は完全に崩れ、地面に塵となって重なっていく。
だがそれは次第に動き始め、形を成していった。
粘土のように固まり、次々に形を変え、最終的には、
「……犬?」
この祝福はまるで、ロルフ先輩のような……まさか!
「ロンラット・コーネリアスさん?!」
「ご名答」
ロルフ先輩のお父さんで、大臣でもあるロンラットさん。
会ったことがあるのは一回だけだけど、ロルフ先輩と似た祝福だからすぐにわかった。
「この犬は何かと便利でね。ほらワンちゃん、私たちを出口まで案内してくれ」
犬はエリアルさんの言葉に反応するように歩き始めた。
地面の匂いを嗅いでいるのは、出口を探しているからなのだろう。
俺がラベンちゃんを背負い、その他の三人は先ほどと同様にエリアルさんが持ってくれた。
着々と歩みを進める犬の後をついていくと、あっという間に一つの扉の前に着いた。
「……扉を開けたらヴァンス先生が出てくるとかないですよね……?」
「マシュー君は心配性だね」
エリアルさんは俺のために花のような祝福を出して、その勢いのまま扉を開けた。
扉の向こうにはヴァンス先生ではなく上へと上る階段があったので、ラベンちゃんを背負いながらなんとか上る。
階段を上りきると頭に蓋のようなものがぶつかったので、それをなんとかしてどかしてみると、そこには想像もしていなかった世界が広がっていた。
「……保健室……?!」
いつものように消毒液の匂いに包まれた保健室。
そんな部屋の奥、ベッドが並ぶ床から、俺たちは顔を出していた。




