74話 まばゆい光
この道をまっすぐ行って、突き当りを右。
変に緊張して、息が上がる。
早足で歩いているはずなのに、妙に景色が変わらない。
廊下がやけに長く感じる。
行き止まりがないのだ。
『振り返らないで。約束だよ』
ラベンちゃんの言葉が、頭の中を駆け巡る。
どこかで道を間違えた?
でも、道はこれしかない。
「……ごめん、ラベンちゃん」
振り返り、来た道を戻る。
ラベンちゃんが言ったことを信じていないわけではないのだが、心の中のざわめきがそれを否定させてくれなかった。
俺が戻ってきたのを知ったら、ラベンちゃんはどんな反応をするんだろう。
呆れて、何も言えないのかな。
ため息をついて、いつもみたいに微笑んでくるかな。
少し歩くと、焦げた匂いがしてきた。
ろうそくをまた灯したのだろうか。
そのわりには、光が見えない。
暗闇に目を凝らすと、人影が見えた。
人影も俺に気づくと、一歩、また一歩と俺に近づいてきた。
「ラベンちゃん」
返事はない。
「……ラベンちゃん……?」
代わりに、マッチのこする音が反応する。
火が照らしたのは、ラベンちゃんではなかった。
「なんだ、戻ってきてしまったんですね。残念」
火に照らされたヴァンス先生は、床に落ちていたろうそくを手に取り、火を灯した。
「なんで、ヴァンス先生が、」
「なんで?変なことを聞くんですね。そういう君こそ、なんで外に出ているんですか?」
微笑んでいるのに、まったく安心できなかった。
足がすくむ。
ラベンちゃんの言う通り、振り返らないで外に出ればよかった。
後悔だけが今の俺を支配する。
「今日だと思ったんです、君が逃げるのは」
ヴァンス先生は俺から目を離さずに話しだす。
まるで獲物を狙う狼みたいに。
「ラベンに、ポーロアンに運ぶ計画を話したのは今日。なら、ラベンは仲のいい君を逃がそうとする。まずは牢屋の鍵を手に入れようとするでしょうから、鍵はわざとわかりやすいところに置き忘れたことにする。それをラベンに探しておくように頼み、あとは放置」
何言って、
「どうせラベンは鍵を盗んで、君のところに行きます。ならラベンがいつも使っている経路で君を逃すはずですから、そこにちょっとした仕掛けを設置しておいたんですが……戻ってきてしまうとは。本当に残念です」
悲しそうに微笑んでいたが、全然悲しそうには見えなかった。
怖かった。
血が通っていない、無機質な機械のように見えた。
「……ラベンちゃんは、どこですか」
ヴァンス先生は首をかしげ、そのあとに理解したように微笑んだ。
「いるじゃないですか、下に」
「下?」
言われた通りに下を見る。
だが、そこには地面が広がるだけで、何もなかった。
「ああ、そっちじゃなくて、こっちですよ」
ヴァンス先生は面倒くさそうに足を動かして何かを蹴り、俺の方まで転がしてくる。
「……は?」
そこには、小さく丸くなり、お腹を抱える一人の少女がいた。
髪で顔が隠れてよく見えなかったが、俺はすぐに誰だか理解できた。
だが、脳が理解を拒んでいた。
「……ラベンちゃん……?」
「命令違反、規律違反、反逆罪、庇い立て、虚偽報告。どこをとっても駄目。こうなるのは当たり前ですよね」
ヴァンス先生は見下すようにラベンちゃんを見た。
ようやく、俺から視線が外れた。
「……ヴァンス先生は、ラベンちゃんのお兄さんじゃ、ないんですか、」
「妹?……ああ、血は繋がってませんよ。ラベンはまだ、そんな絵空事を信じていたんですね」
馬鹿にするようにヴァンス先生は吐き捨てる。
それからまたラベンちゃんを蹴り飛ばし、俺のさらに向こう側まで転がっていった。
「ラベンちゃん!」
まだ小さく丸まっているラベンちゃんに駆け寄って、声をかけようとする。
だが、後ろから針のように突き刺さる視線に恐怖し、ヴァンス先生を見るしかなかった。
背中を見せたら、だめな気がしたから。
「流石に背中を狙うようなことはしませんよ」
警戒する俺のことを馬鹿にするように微笑み、ヴァンス先生はまた口を開く。
「でも、君のことは殺しますよ。面倒ですからね。代わりにもう一人生徒を攫いましょうか。あと二日ありますからね。誰か紹介してくれませんか?」
ネモさん、アルヴィン先輩、サッチ、アルアさん、ミューンさん、ヤーリュカさん……
「……誰も教えるつもりはない」
「そうですか、残念です」
ヴァンス先生がゆっくりと近づいてくる。
かなり距離はあるが、俺はここからラベンちゃんを連れて逃げられない。
殺すという言葉も、本気なのだろう。
でも、今の俺にはヴァンス先生を倒せるほどの力がない。
……最後に一回ぐらい、祝福使うか。
今までの俺を最終的に助けてくれていたのは妖精の祝福だ。
なら、最後も抗うことに使っても、妖精は許してくれるだろう。
お腹に力を入れ、ヴァンス先生の足元を狙う。
…………今!
俺が出した土の柱は高く伸び、そのままヴァンス先生の顎に下から突き上げるように当たった。
一瞬、ヴァンス先生の動きが止まる。
そのあとすぐに足取りがおぼつかなくなり、数歩下がっていった。
その様子を少しだけ見て、俺は思い出したかのように倒れているラベンちゃんを抱えて歩き出した。
逃げなきゃ。
ヴァンス先生が足止めをくらっているうちに、早く。
ラベンちゃんの体にほぼ力は入っておらず、半ば引きずる形で運んでいた。
「ラベンちゃん……起きて……!」
後ろから大きな足音が聞こえる。
今まで聞いたことがないほどの重い足音だった。
足音はどんどん近づいてくる。
これ以上逃げ切るのは無理だ。
俺はここがどこかもわからないし、地の利はあちらにある。
ラベンちゃんを地面に寝かせ、顔にかかった髪の毛をどかす。
顔に傷はついていないようで、安心した。
立ち上がり、足音がする方に体を向ける。
これからどうするかなんて、なにも考えていない。
やるだけやるしかない。
大きく息を吐いて、両手で頬を叩く。
そして、強く拳を握りしめる。
「……見つけた」
ヴァンス先生の声が、静寂に包まれた辺りを引き裂く。
それと同時に、まばゆい光が辺りを包んだ。
咄嗟のことに目を覆う。
でも、この光を俺は知っていた。
まるで入学式の日、国王が祝福を授けてくれたときのように、暖かい光だった。




