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学園の些事  作者: 道兵衛
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72話 教科書

第三者視点

 夜に雨が降ったせいか、朝は清々しいほど涼しかった。

 サッチは寝ぼけ眼で起き上がり、茶色のカーテンを開け、日光を部屋に取り入れた。

 簡単な体操をしてから制服を着て、部屋を出る。

 横を通り過ぎる生徒に軽い挨拶をして、着いたのは103と書かれた部屋の前だった。

 軽くノックをして、サッチは口を開く。


「マシュー!朝飯、食いに行こうぜ!」


 だが、返答はない。

 いつもなら眠そうな声で返事をするマシューが、扉の向こうから出てくるのに。


「おーい、もう朝だぞー。小鳥たちだって元気に飛んでるぞー!」


 今度は強めにノックをするが、それでも返事はない。

 そこに、サッチに声をかけた生徒がいた。


「まさかマシュー、まだ起きてないの?」


 面白そうに笑うネモは、サッチを見て「こんにちは」と声を出した。


「マシューの同級生くんでしょ!ずばり、サッチくん!」


 ネモは自慢げに語り、サッチの正解発表を待っていた。

 だが、サッチも負けじと発言する。


「そんなあなたはネモさんですね?マシューがよく話してます!」

「えーなにー?きれいな先輩って話してるのー?照れるー!」


 ネモはわざとらしく頬に手を置き、その姿にサッチは思わず吹き出してしまう。


「それで、サッチくんはマシューを朝ご飯に誘いに来たの?」

「はい!」

「なら、私のライバルだね!」


 ネモはドアの前に立つと、リズムよくノックをした。


「マシュー!ご飯食べに行こー!」


 だが、返事はない。


「ありゃ、まだ寝てるのかな」

「だと思います。でもマシュー、寝坊なんてしたことないのに……あとでからかってやろ」


 意地悪そうに笑うサッチを見てネモも笑うが、すぐにその笑顔は凍る。


「……サッチくん、昨日寮から脱走でもした?」

「え?しませんよ、そんなこと。これでも優秀な生徒なんでね!」


 ネモは震える手で後ろを指差し、サッチはそれに従い後ろを振り向く。

 そこには、なぜか寮母さんが立っていた。


「俺脱走してません!!!」

「急に?!?!」


 寮母さんは慌てるネモとサッチを見て、鼻で笑った。


「今日は生徒を捕まえに来たわけじゃない。生徒の名簿確認をしてるんだ。失踪者が出たからな、その影響だよ」


 寮母さんは右手に持った長い紙に、ペンで何かを書いていた。


「サッチ・ペレス、ネモ・ヒルディッド……と、」


 それから寮母さんはポケットから鍵が大量についた紐を取り出した。

 そこから一つの鍵を取り外し、マシューの部屋の鍵口にさした。


「んな強引な?!」

「自分の目で確かめなきゃならないからね」


 寮母さんはドアノブに手をかけ、そのまま引く。

 中はまだ暗く、カーテンを開けていないのが丸わかりだった。


「おい、起きな」


 ズカズカと中に入っていく寮母さんのあとを、面白半分でネモとサッチもついていく。


「人の部屋入ったの、初めてかも!」

「俺、毎日のように遊びに行ってますよ」


 ひそひそ話をする二人は立ち止まった寮母さんに気付かず、そのまま背中に激突した。


「どうかしましたか?」


 鼻を擦りながらネモが話しかけるが、寮母さんからの返答はない。

 サッチが背中の後ろから部屋を覗いても、特におかしいところはなかった。

 強いて言うとすれば、もうベッドにマシューの姿はないというところだけ。


「なんだよ、もう食堂行ってたのかよ!」

「じゃあ私たち二人で行くしかないねー」


 呑気に話す二人とは違い、寮母さんはベッドのシーツに触れ、ゆっくりと口を開いた。


「……冷たい……」


 それから寮母さんは辺りを見回したあとに部屋を飛び出していき、残った二人は顔を見合わせた。


「……よくわかんないけど、食堂行こっか!」

「そうですね!」


 積もる話がありすぎる二人は、似た性格というのもあり、見事に話に花が咲き誇っていた。

 笑い声が廊下に響き、話が止まらず食堂を通り過ぎそうになる。


「そこでアルヴィンがね、こう言ったの!……あ、寮母さんだ!」

「今めっちゃいいところだったのに?!」


 ネモは寮母さんに駆け寄り、声をかけた。


「さっきぶりです!マシューは見つかりましたか?」

「いや、いない。どこか坊主がいる場所に思い当たる節はあるか?」


 なぜか険しい顔をした寮母さんに聞かれ、ネモは首をひねる。

 あとから追いついたサッチも首をひねる。


「イリオス先生のとこ……?でもこんな朝早くからイリオス先生のとこは行かないか。」

「トイレとかじゃないんですかね?お腹痛いとか」


 二人の回答は寮母さんが求めていたものではなかった様子で、寮母さんは何も言わずにそのまま去っていった。


「……なんか気になるし、私もマシュー探そっかな」

「なら朝ご飯はあとですね」

「サッチくん一緒に来てくれるの?!いい後輩!マシューもいい友達を持った!」


 急に褒められ、サッチは思わず耳まで赤くなる。

 が、ネモは全く気にしておらず、そのまま歩き始めてしまった。


「ちょ、待ってくださいよ!」


 まず最初に行ったのはトイレ。

 男子トイレなのでサッチだけが入ったが、どの部屋も空いており、誰かがいる雰囲気はしなかった。


 次に行ったのは、イリオス先生のコテージ。

 ネモがドアを激しくノックし、中から出てきたのは寝起きで不機嫌そうに立つイリオス先生だった。


「マシューいませんか!」

「いない。帰れ」


 素早くドアを閉められ、その行動にサッチは思わず目を点にしてしまう。


「うーん、イリオス先生は今日もいつも通りだね!」


 ネモは慣れているのか、なぜか誇らしげに頷いていた。


「でも、もう行く場所なんて思いつきませんよ?」

「こういうときは、マシューの動きを逆算すればいいんだよ!マシューが昨日最後に行ってた場所はわかる?」


 ネモの問いに、サッチを首をひねる。


(昨日……昨日はみんなで海に行って、そのあと学園に帰ってきて、みんなで寮に戻って……)


 いや、違う。


 サッチの中で、違和感が働く。


(寮に戻ったのは、俺とアルアさんとミューンさん。ヤーリュカさんは家に帰って、ラベンさんはマシューを追いかけて行った。なら、そのマシューは?)


「あ……」


 どうかしたのとでも言うように、ネモが首を傾げる。


「マシュー、勉強をするって言って、教科書を取りに教室に戻ったんです」

「じゃあ教室に行こう!証拠は早いうちに集めたほうがいい!」


 どこかの探偵小説のような言葉を口に出し、ネモは歩き始めた。

 だが、サッチの胸の奥には、言葉にはできない違和感があった。


 そして一年生の教室がある階まではすぐに着き、サッチが先頭で教室まで案内していた。


「一年生の階、なつかしー!この階にいたのが、遥か彼方に感じるよ」

「ネモさん、二年生なんですよね。」

「そう!」


 軽い話を続け、あっという間に教室の前についた。

 サッチはなぜか緊張をしながら、ドアを開けた。


「……特に誰もいないね」


 教室は、サッチがいつも使っている風景と少しも変わりなかった。

 ネモは一年生の教室を見て興奮したのか、勢いよく中に入っていった。

 そしてネモの足を拒むように置いてあった何かが、ネモによって見事に蹴られた。


「あ、なんか蹴っちゃった」


 ネモは遠くにいってしまったものを拾いに行き、まじまじと見る。


「もう、教科書を床に落とすなんて!名前を見てやる!なになに……」


 そこからネモの笑顔がだんだんと消えていった。

 サッチもそのことに気づき、鳴り止まない心臓を押さえながら急いで教科書を見る。


「ここ……マシュー・ペリーって、」


 二人の頭の中には、同じことが浮かんだ。


 朝、探してもどこにもいない。

 教科書を取りに行ったはずなのに、その教科書が床に落ちていた。

 これではまるで、


「……失踪……」


 教科書を持つネモの手が震えだす。

 サッチは真っ白な頭の中で唯一浮かんだ、先生への報告をするために職員室へ走り出した。


 そして昼の鐘が鳴り、校内放送が入る。

 ざわめきが広がる。

 その名が読み上げられた瞬間、サッチは目を閉じた。

 聞き間違いであってほしいと、ほんの一瞬だけ願う。


 どうしても読み上げてほしくなかった名前。

 できることなら、誰か夢だと言って、背中を叩いてほしかった。


『一年生、マシュー・ペリーの所在が確認できていません。心当たりのある生徒は職員室まで報告してください』

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