71話 人質
寒い。
回らない頭で一番最初に感じたのは、それだった。
ということで布団を自分の体にかけようと手探りで布団を探したが、感じるのは布団とは思えないほど冷たい床だった。
俺、床で寝たんだっけ?
というか、
ゆっくりと目を開ける。
辺りは真っ暗で、遠くでろうそくが灯っているのがかろうじて見えた。
体を起こし、状況を把握する。
とりあえずここは俺の寮の部屋じゃない。
どちらかといえば、牢獄……?
「あー!」
うん、声は出る。
体も特に怪我はしていない。
「……気でも狂っちゃったのかと思ったよ」
格子戸の向こう側から声がして、勢いよく声がした方を向く。
「怪我とかしてない?大丈夫?」
暗くて顔はよく見えなかった。
でも、この声で誰かはすぐに理解できた。
「……ラベンちゃん」
ラベンちゃんは乾いた笑い声を出すと、キャンドルにマッチで火を灯した。
明かりはラベンちゃんの顔を照らし、辺りも照らす。
俺がいる牢獄が他にいくつもあり、人が寝転んでいるのも見えた。
「おはよう、マシューくん。時間帯はもうこんばんはだけどね」
ラベンちゃんはキャンドルを床に置き、地面に座って俺と同じ目線になった。
「ごめんね、巻き込むつもりはなかったんだ」
……巻き込む。
……巻き込むって?
「俺さ、もしかしなくても、幽閉的なのされてる?」
ラベンちゃんは気まずそうに微笑み、それから頷いた。
「マシューくんがあの時学園に戻らないで、みんなと一緒に寮に戻っていれば、連れ去られることもなかったんだよ?」
ラベンちゃんの言葉をゆっくり噛み砕き、咀嚼するように理解する。
「……つまり今起きてる失踪事件に俺は巻き込まれて、ラベンちゃんは首謀者ってこと?」
「うーん、首謀者ではないはずなんだけど……?一応命令でやってるだけだよ」
ラベンちゃんは苦笑いして、後ろを振り向いた。
そこには、ヴァンス先生が立っていた。
足音が、全くしない。
顔色も、生きていないみたいな、
「おはようございます、よく眠れましたか?朝になれば、新しく失踪者が二人も出たことがわかって、学園は大騒ぎでしょうね」
ヴァンス先生はゆっくり微笑み、格子戸に触れた。
その動きに、ラベンちゃんが少し警戒しているのがわかった。
「ヴァンス先生……?!」
俺には興味がないのか、こちらを一瞥もせずにヴァンス先生は話し始める。
「ねずみに情が湧くことに対しては何も言いませんが、辛くなるのは未来の自分ですよ、ラベン」
それからキャンドルに息を吹きかけ火を消し、それから音もなく去っていった。
ラベンちゃんは何も言わずに、下を向いているだけだった。
「……マシューくんはさ、なんで私たちが生徒をさらってるか、わかる?」
また辺りが暗闇に包まれたせいで、ラベンちゃんの表情は見えなかった。
「わ、わからない。ポーロアンが関係してたりするの?」
「大正解だよ。もしかしてお友達の誰かから聞いたのかな?」
「え?」
ラベンちゃんはわざとらしく首をひねった。
「大臣をお父さんに持つ二年生のロルフ・コーネリアス?それとも宰相の娘さんのグレッタ・レイガリオ?王子様のアーロン・オリエンスから聞いたっていうのもありえるね」
「何言って、」
なんでみんなのことを、
「マシューくん。」
急に真剣な声になるから、思わず体が固まる。
「ポーロアンはね、力が欲しいの。唯一神の信仰なんて、いつまで保つかわからない。だからポーロアンは、神様のような力を欲しがったの」
「それが、妖精の祝福……?」
ラベンちゃんは肯定も否定もしなかった。
「妖精の祝福は、まるで神様が起こす奇跡のように見えた。だからポーロアンは、オリエンスだけが唯一持つ妖精の祝福を欲しがった」
外から小さく雨音が聞こえる。
まるで、誰かの心を表しているみたいな。
「妖精の祝福は、オリエンスだけの特別なものなんだよ。だからどの国も祝福を欲しがる。でもどんなに頑張っても妖精の祝福は授かれない。オリエンスの国王様しか授けられないの」
妖精の祝福は、オリエンスだけの特別なもの。
今までは当たり前に、他の国も持っているものだと思っていた。
「なら、オリエンスの国王様が私たち、ポーロアンの人に授けたくなるように仕向ければいい」
「だから、生徒をさらった……?」
雨音が更に強くなる。
俺が今いるここは、一体どこなんだろう。
もうポーロアンにいるのかな。
「生徒を人質にして、国の有力者数名に祝福を授けてもらえればそれでいい。そして人質は返さずに、数年に一度、人質を使ってオリエンスを脅して、また祝福を授けてもらう」
「そんなことって……」
やっていいはずがない。
起きていいはずがない。
「本当にマシューくんを巻き込む気はなかったの。クラスのみんな、全員巻き込まないようにするつもりだった。でも……本当にごめんなさい」
ラベンちゃんはうつむいているばかりで、俺の方を一度も見てくれはしなかった。
とりあえず、このままだと俺はポーロアンで監禁生活を送ることになる。
もうなってるかもしれないけど。
でも、それはなんとかして避けたい。
俺はまだまだやり残したことや、やりたいことがいっぱいあるのに。
「……ラベンちゃん、俺がここから脱出する方法はあるの……?」
静かに首を横に振ったラベンちゃんを、俺は内心わかってはいたが少し残念な気持ちになった。
「……まだここはポーロアンじゃない。それだけ伝えておくね。」
ラベンちゃんはゆっくりと立ち上がり、それから思い出したかのようにキャンドルに火を灯した。
一瞬だけ目があった気がしたが、ラベンちゃんは何も言わずにそのまま立ち去っていった。
俺はこのまま眠ることもできずに、冷たくて硬い地面に寝っ転がり、石造りの天井を眺めていた。
ここはまだ、ポーロアンじゃない。
その言葉しか、今の俺を支えることができなかった。




