70話 帰宅命令
びしょびしょの服で学園に戻ってきた俺たちを校門で待っていたのは、キャロル先生だった。
「ずいぶんと遊んだんだな!」
勢いよく笑うキャロル先生に体をまじまじと見られ、なんだか恥ずかしくなって頬をかいてしまった。
「学生は遊ぶことが本分だが、残念ながら今ではない」
キャロル先生が急に真剣な顔になり、俺たちにも緊張感が走る。
「学園長から、貴族の生徒の帰宅命令が出た。ヤーリュカ、残念ながらアンタは帰宅だ」
急に話をされ、ヤーリュカさんは「え……」と声をこぼした。
俺たちもわけがわからなくて、言葉が出なかった。
貴族が帰るってことは、もうアルヴィン先輩やロルフ先輩も帰らなきゃいけないってこと?
「……どうして貴族の子だけなんですか?」
ラベンちゃんの言葉に、キャロル先生は困ったように頭をかいた。
「今失踪者が二人も出ているのは知っているな?それが二人とも貴族なんだ。どうせ人質として使うつもりなんだろう」
「そんな……誰が一体そんなことを?!」
アルアさんの言葉に、キャロル先生は気まずそうにラベンちゃんを一瞬だけ見た。
その仕草に、なぜか俺がどきりとした。
ロルフ先輩に言われた、ポーロアンの話。
キャロル先生もきっと知っているのだろう。
でも、この場にはポーロアンからの交換留学生であるラベンちゃんがいる。
だから、キャロル先生は言えないんだ。
「……詳しいことは言えない。ヤーリュカは早く帰りな。迎えの馬車がそろそろ来るだろうからな」
キャロル先生は俺たちに背を向けて歩き出した。
「……まあ、かなりやばいことが起きてるらしいし、ヤーリュカさんも早く帰ったほうがいいんじゃね?」
サッチの言葉に、ヤーリュカさんは小さく頷く。
「そうね、じゃあ私は帰ることにするわ。あなたたちも気をつけて」
ヤーリュカさんは、もう遠くにいるキャロル先生を追いかけるように歩き出した。
その姿を見て、ミューンさんは小さくため息をついた。
「……貴族の方々が一斉帰宅なんて、一体何が起きているんでしょうか」
「貴族を人質にとるなんて、国絡みのことでしょ。でもオリエンスが他の国と仲が悪いなんて話、聞いたことないけどなー」
アルアさんが首をひねり、サッチもつられて首をひねっていた。
「まあ、考えてもわかんないし、とりあえず俺らも自主的帰宅する?」
「家?」
俺の言葉に、ちっちっちっとサッチはわざとらしく人差し指を左右に振った。
「寮だよ」
まあ、寮か。
「ということで寮に帰ろう!どうせ明日は授業ないし!」
「だねー。ちょっと早めに寝ちゃうかー」
サッチとアルアさんが歩き出し、ミューンさんとラベンちゃんも続く。
「じゃあ俺、ちょっと教室にいって教科書取ってくるわ」
「え?!なんで?!」
俺はサッチの真似をするように、人差し指を左右に振った。
「勉強だよ、サッチくん」
「マシューは俺と同類だと思ってたのに……」
四人に別れを告げ、俺は教室へと向かう。
まあ、勉強する気はないが、教科書を持っていたら頭がよくなる気がするので、とりあえず回収するだけ回収することにした。
もしかしたら気が向いたら勉強するかもしれないし。
階段をあがっていき、教室がある階につく。
いつもなら人がいるのに、今日は俺以外誰もいなかった。
本当に帰ってしまったんだと、改めて実感する。
もともと平民より貴族のほうが多い学校だから、貴族がいなくなるだけで生徒全員消えた感じがする。
教室のドアを開け、自分の机に向かう。
教科書を二冊ほど回収したとき、教室の外から何か物が落ちたような音がした。
誰か人でもいるのかと思い、ドアから顔を覗かせる。
「あ……」
そこには、生徒を支えているヴァンス先生がいた。
介抱でもしているのかと思い、手伝おうと俺は声をかけることにした。
「あの、」
「マシューくん」
急に後ろから声がしたので驚いて、持っていた教科書を落としてしまった。
「ラベンちゃん!なんでここに?」
走ってきたのか息が上がっているラベンちゃんは、なんでもないと言うように首を横に振った。
「マシューくんが帰ってくるのが遅かったから、迎えに来たんだよ。ほら、戻ろう」
ラベンちゃんはなぜか焦った様子で俺の腕を強く掴み、歩き出そうとした。
俺としては落とした教科書を拾いたかったので、ラベンちゃんに一旦声をかけて止まってもらおうと思い口を開いた。
だが、俺の声よりも先に口を開いた人がいた。
「二人とも、ちょうどよかった。生徒を運ぶのを手伝ってくれませんか?」
教室の外から俺たちを見ていたヴァンス先生は、後ろに生徒を背負っていた。
足は子鹿のように震えており、重さと大変さが伝わってきた。
「他の先生方に頼みたかったのですが、今は職員会議で皆さんいなくて……」
「あ、全然手伝いますよ!」
俺はヴァンス先生を手伝おうとしたが、ラベンちゃんがなぜか掴んでいる腕を離してはくれなかった。
「ラベンちゃん……?」
「わ、私がヴァンス先生を手伝うから、マシューくんは帰っていいよ!」
「いやいやいや、女の子に運ばせるわけにはいかないよ!」
「でも!」
「いいからいいから!」
俺はラベンちゃんの手を半ば強引に外し、生徒を真ん中においてヴァンス先生と俺と生徒で肩を組んだ。
「貧血とかですかね?」
「さあ、風邪かもしれませんね。」
俺たちのあとを、ラベンちゃんは黙ってついてきた。
そのまま誰にも会わずに保健室に着き、俺とヴァンス先生は生徒を手前のベッドに寝かせた。
「……マシューさんは、この生徒さんと知り合いなんですか?」
ヴァンス先生が、寝ている生徒を見つめながら言う。
「あー、廊下で見かけたことはありますけど、話したことはないですね」
多分同じ学年だし、なんならこの前サッチと喋っていたのを見かけた気がする。
「……そうですか、」
ヴァンス先生は小さく呟き、何か考える仕草をしていた。
というか俺、教室に教科書落としたままだ。
早く回収しに行かねば。
「じゃあ、俺ここで失礼しますね!」
ヴァンス先生にお辞儀をして、保健室の出入り口に向かう。
ラベンちゃんも俺の後ろをついてきた。
「ラベンさん」
ヴァンス先生がラベンちゃんを呼び止め、なぜか俺が立ち止まってしまう。
振り向くと、ヴァンス先生はこちらを見つめ、ただ微笑んでいるだけだった。
いや、正しくはラベンちゃんだけをまっすぐと見つめていた。
二人で話すこととかがあるのかな?
ならなおさら俺は邪魔だし、早く退散したほうがいい。
「じゃあ、失礼しました!」
ドアの取手に手をかけると、後ろから誰かの影がさした。
「…………ごめんなさい」
振り向くよりも先に、体に強い衝撃が走った。
視界がだんだんと暗くなる。
何が起きたかもわからないまま、俺はそこで意識を失った。




