6話 でかくね?
ぐっすりと寝て、いつの間にか朝になっていた。
制服を着て食堂でネモさんたちと朝食を食べ、それぞれの行動に移った。
三階にある教室に向かうと、もう俺以外は全員集まっていた。
女子組はすでに固まって座っており、少し離れたところに気まずそうな顔をしたサッチ君がいた。
「お、おはよう…!」
声をかけられて驚いたように俺を見て、サッチ君は頬を掻いた。
「おはよう。マシューだよな?これからよろしくな。」
手を差し出され、そのまま握手を交わす。
自然と隣の席に座ることができて安心した。
「マシューはなんでこの学園に入ったんだ?」
屈託のない笑顔を向けられ、思わず顔がひきつる。
魔法、じゃなくて、妖精の祝福を使ってみたくて入学したんだ!なんて、色々と恥ずかしい気がする。
うん、誤魔化そう。
「そういうサッチはなんで入学したんだよ。」
「俺?俺は普通にその場の勢いで。」
その場の勢いってなんだよ!
「ほら、マシューは?」
「俺も、うん、その場の勢いかな。」
「だろー?やっぱ勢いで入学しちゃうよな。」
いやしないだろ。
どんな環境に身を置いてたら勢いで入学することになるんだよ。
俺でさえ両親に通いたいって言った時は内心ばくばくだったぞ。
「それにしてもさー、」
サッチが声を潜めながら、俺のそばに顔を寄せた。
「キャロル先生って、胸でかくね?」
まだ一回しか顔を合わせたことのないキャロル先生の首から下を思い出す。
「あー、確かにでかかった…かも?」
「だろ?!俺初めて見たときびっくりしたわ。母ちゃん以外の胸見たことなかったから。」
こいつがスケベなのか単に驚いてるだけのかが分からない。
「身のまわりは男ばっかりなのか?」
「俺の住んでたところって鉱山地帯でさ、力仕事が必要だから出稼ぎに来てる男しかいなくて。あと普通に弟三人いる。」
体つきは良いのに肌が焼けていないことに納得した。
そりゃ山の中?で働いてたら焼けないか。
「鉱山採掘仕切ってるの俺の親父でさ。今度見に来いよ!色んな石あるぜ!」
そう言ってサッチは制服のポケットから何個かの石を取り出した。
「この前の国王の冠見ただろ?埋まってる宝石、全部うちから掘り出したやつなんだぜ!ほら、これとか、」
サッチの家もお金持ちなのか…。
いやまあこの学園に通ってるならそうか。
母さんは学費を払うときに闇金に手を出してるか出してないかだけ早く教えてくれ…!
「マシューの家は何やってるんだ?」
「俺んちは梨育ててるかな。」
「梨?!いーなー!俺梨めっちゃ好きなんだよ!年中食い放題って事だろ?うらやましー!」
一応収穫できる時期も決まってるから年中では無いという事実は伝えないでおこう。
「授業始めるぞ。きりーつ。」
教室の窓からキャロル先生が入ってきて、何事もなかったかのように教壇に立つ。
え、今窓から入ってきた?
となったが、何故か誰も触れずに授業が始まり、そして終わった。
何もわからない歴史の授業だったが、キャロル先生の話が面白く、退屈せずにすんだ。
去るときはちゃんと教室のドアから出ていった。
「今日の授業は午前中だけだし、俺は気になってる部活見てくるわ。マシューも来るか?」
「いや、大丈夫。」
「そうか?じゃ、また明日なー!」
サッチは勢いよく教室から飛び出していった。
俺はというと、昨日アルヴィン先輩から教わった通りにイリオス先生の所へ向かった。
好奇心と暇だったのが主な理由だ。
イリオス先生の植物園に向かったが、案の定先生はいなかった。
そりゃそうだ。
植物園で研究はしないもんな。
「…おい。ここで何をしている。」
入学式の時のように、俺に問いかけてきた人がいた。
「…マシュー・ペリーか。何か用か?」
片手にコップを持ちながらイリオス先生は気だるげに立っていた。
「えっと、」
どうする、馬鹿正直に言うか?
助手を探していると聞きまして!
いや駄目だ。
まだ数回しか話したことないやつに言われたら流石に引く。
俺が答えを出す前に、イリオス先生はふらつきコップから手を離した。
落ちる!と思ったが、そこら辺に生えている葉が見事下敷きになり事なきを得た。
今葉っぱが自ら下敷きになりにいった気がするけど、これも妖精の祝福のお陰なのだろうか。
「大丈夫ですか?」
「…ああ。」
イリオス先生は落ちたコップを拾い、俺に背を向けた。
「どうせ暇なら、話し相手にでもなってくれ。」
そう言って、イリオス先生は植物園から出ていった。
あ、ついてこいって事?
気づいた頃にはイリオス先生の背中は見えなくなっており、急いで植物園を出て追いかけた。
イリオス先生について行き、植物園から少し歩くとコテージのような場所に着いた。
中に入ると、ザ研究室のような見たこと無い器具ばかり置いてあった。
部屋の奥には椅子があり、俺はそこに座らせてもらった。
「俺は少し、妖精に絡まれやすくてな。」
イリオス先生も椅子に座り、話し始める。
妖精って本の中の妖精みたいに本当に人間に絡んでくるんだ。
なんか感動。
「最近は睡眠を妨害されるんだ。本当に厄介なんだ。追い払おうにも妖精が気に障ることをしたら何をしてくるか分からないしな。」
要するに睡眠不足か。
だから植物園でふらついたのか。
「普段はどこで寝てるんですか?」
「ここだ。」
コテージね、はいはい。
「それで、ここのどこで、」
「だから、ここだ。」
イリオス先生は何言っているんだこいつはみたいな顔で俺を見る。
「…椅子で寝てるんですか…?」
「ああ。しかも、椅子で寝てるときに絡んでくる。ソファーで寝るときは絡んでこない。」
なんじゃそりゃ。
イリオス先生に絶対に椅子で寝てほしくない理由でもあるんじゃないか?
「椅子以外で寝てる時に絡まれる場所はあるんですか?」
「床で寝た時、壁に寄りかかって寝た時、立って寝た時、机の上で寝た時、だろうか。」
器用だなこの人。
「因みにソファーやベッドでは寝ないんですか?」
「研究する場所から少し遠いからな。時間が惜しい。」
知的な雰囲気出してるのに、やってることがちょっと抜けてるな、この人。
頭いい人ってそんなものなのか?
「仕方ない。張本人を捕まえて聞き出すとしよう。」
「え、妖精って捕まえられるんですか?!」
「やり方を知っていれば誰でも出来る。」
イリオス先生は椅子から立ち上がると、俺を見て言った。
「気になるなら、今日の夜ここに来い。寮母には見つからないようにな。」