68話 不正入国者
二人も失踪者が出て、学園内の空気は完全に変わった。
失踪者がまだ一人だったときは、生徒たちは家出やらなんやらと考えていたが、この数日でもう一人消えるとなると、明らかに何らかの理由があるとしか思えなかった。
先生たちもいつもより表情が険しい。
失踪者の二人がどっちも貴族ということもあって、さらに解決を急かされていた。
「でも、消えた二人は全然関係性のない二人なんでしょ?」
食堂で、ネモさんが退屈そうにフォークで食べ物をつんつんしていた。
アルヴィン先輩はネモさんを行儀悪いと叱り、それから食器をまとめ始めた。
「ああ。トーキアは二年生で子爵家の三男。そして風の祝福の持ち主でもある。もう片方は、」
「アンリエット。伯爵家の長女だね」
横を見ると、そこにはカルロさんとミンディさんが立っていた。
「カルロさんにミンディさん!久しぶりですね!」
俺が声をかけると、カルロさんは持っていたお盆を俺の横に置き、ミンディさんは俺の正面、ネモさんの隣に座った。
「彼女は僕と同学年の子で、ミンディと同じ火の祝福の持ち主だよ」
カルロさんと同い年なら、三年生ってことか。
「アンリエットなら俺も知っている。同じ伯爵家だから、少しは関わりもあった」
「問題児とかだったの?逃避行に走っちゃう的な」
ネモさんの言葉に、アルヴィン先輩は首を横に振った。
「いや、模範的な生徒だ。悪い噂も聞いたことがない。卒業後は婚約者との結婚も控えていたから、なおさら失踪はありえない」
トーキアが失踪したときも同じことを言われていたし……。
「まあ、誘拐だろうね」
カルロさんは涼しげな顔で告げる。
その言葉に、この場にいた誰もが黙った。
心のなかではなんとなく思っていたが、誰も口には出さないようにしていたのに。
「……オリエンス学園は、この国の貴族の子供が全員通う教育機関です。なので、防犯対策はこの国の城ほど頑丈。学園長が許可した者しか学園には足を踏み入れることはできません」
「じゃあそれって、」
俺が言おうとしていることがわかったのか、ミンディさんは顔をうつむかせた。
「まあ、学園の人間が誘拐したんだろうね」
カルロさんが俺の皿から呑気にパンを奪い、美味しそうに食べていた。
なんでそっちにもパンがあるのに俺のを取るんだよ。
というか最後の一つだったんだが?!
「いや、まあそうだよね。なんとなくはわかってたけどさー?」
ネモさんも困り顔をして、ミンディさんに頭を撫でられていた。
「先生方もそのことは薄々気づいているだろう。俺たちができることは失踪者の帰りを待つことだ」
アルヴィン先輩はお盆を持って立ち上がった。
「俺は部活があるからもう行く。お前たちも放課後は有意義に使え」
そう言って去っていくアルヴィン先輩の背中を、ネモさんは恨めしそうに見ていた。
「部活に入っていない私への当てつけですかー?!」
ネモさん、俺も入ってませんよ。
「じゃあ、僕ももう行くよ。」
カルロさんは、全く手をつけていないご飯の乗ったお盆を持った。
「じゃあね。アンタたちは誘拐されないと思うけど、気をつけるんだよ」
ミンディさんもカルロさんを追いかけるために急いで立ち上がり走っていった。
あの二人、いつも一緒にいるな。
幼なじみとかなのかな。
「じゃあ私もそろそろイリオス先生のとこに行くけど、マシューも来る?」
「ダル絡みですか?」
「いや、書類整理手伝えって。」
まだ終わってなかったのか……。
「今回は遠慮しておきます」
「なんじゃそりゃ」
ネモさんともお別れして、俺は食堂を出て、一人で歩いていた。
すると、視界に入ったのは他の生徒と話すロルフ先輩だった。
ロルフ先輩も俺に気づき、手を振ってきた。
「久しぶりだな、マシュー」
ロルフ先輩はさっきまで話していた人に何か言うと、俺に駆け寄ってきた。
「お話中でしたけど、よかったんですか?」
「ああ。ちょうど話疲れていたし、マシューを息抜きに使おうと思ってな」
そう言ってため息をついたロルフ先輩は、こころなしか疲れているように見えた。
そんな俺の視線に気づいたのか、ロルフ先輩は困ったように微笑んだ。
「失踪者が出ただろ?それで生徒会も色々と業務に追われていてな。俺は父上の業務も手伝っているから、なおさらなんだ」
そっか、ロルフ先輩は副会長だった。
「俺でよければ、いつでも相談に乗りますよ!」
頼りにならない自信はあるが、それでも話は聞くことができる。
ロルフ先輩は少しだけ目を見開き、また困ったように微笑んだ。
「本来は人に話すべきことではないのだが……今回は君の言葉に甘えよう。一度背中を預けあった仲でもあるからな」
そうしてロルフ先輩は辺りを見回して他に人がいないことを確認し、ゆっくりと口を開いた。
「他言無用で頼む。……今回の失踪の件、ポーロアンが関係しているかもしれないんだ」
「ポーロアンって、あの隣国の島国ですか?」
「ああ」
ポーロアンって、今オリエンス王国と交換留学をやってる国だよな。
そして、ラベンちゃんの出身地でもある。
ロルフ先輩は視線を落とした。
「以前から、ポーロアンは動きが怪しくてな。元々交換留学も中止にしようとはしていたんだが。そして失踪者が出た前日、ポーロアンからの不正入国者が多数いることが調査でわかったんだ」
ということは、
「ポーロアンは、大陸に領土を拡大しようと企んでいる。今回の貴族の誘拐も、脅しとして使うつもりなんだろう」
「で、でも、まだ犯人がポーロアンと決まったわけじゃ、」
「決まっているんだ」
ロルフ先輩は小さくため息をついた。
「不正入国者の一人がつい先日、口を割ったんだ。誘拐した貴族を、ポーロアンまで運ぼうとしていたと。学園の内通者は誰かわからなかったがな」
沈黙が場を支配する。
そして、遠くからやってくる生徒の足音が、妙に大きく聞こえた。
「……話は終わりだ。このことは、誰にも言わないでくれ」
ロルフ先輩は微笑んで去っていったが、目の下のくまがひどく際立って見えた。
立ち尽くす俺の前に、足音の正体が現れた。
「マシュー!ちょうどよかった、今みんなで海に行こうって話しててさ!」
サッチは俺の背中を叩き、その後ろにはクラスのみんなが立っていた。
「海?なんで?」
「ラベンちゃんの国って島国だから、海に行ったら見えるかもね!ってなったの」
アルアさんは楽しそうに喋りながら、ラベンちゃんを見た。
そんなラベンちゃんは俺を見て微笑んだ。
「ほら。行こう、マシューくん!」
俺の手を引いて歩き出したラベンちゃんを、俺はまっすぐに見ることができなかった。
ロルフ先輩の話を聞いたあとでも、俺は海を楽しめるのかがどうしようもなく不安だった。




