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学園の些事  作者: 道兵衛
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67話 ピクニック

 トーキアが失踪してからというもの、学園の空気はどこか重かった。

 廊下を歩けば、ひそひそ声が耳に入る。

 食堂でも、誰もが落ち着かない様子で周囲を気にしている。

 あの広い学園で、ひとりの生徒が忽然と姿を消した。

 それだけで、こんなにも空気は変わるのかと、俺は内心驚いていた。


 授業中も、サッチはきょろきょろと辺りを見回しているので、俺もつられて視線を泳がせてしまう。

 そんなとき、ぱん、と手を叩く音が空気を破った。


「よし!こんな顔していても仕方ないな!」


 キャロル先生はチョークを置き、背伸びをした。


「今日の授業はすべて自習扱いにする……というか、裏の森でピクニックでもしてこい。気分転換だ!」


 そしてキャロル先生は鼻歌を歌いながら教室から出ていった。


 一瞬、教室が静まり返る。

 そして次の瞬間。


「やったー!」

「まじで?!」


 サッチとアルアさんが同時に立ち上がった。


「俺、食堂から余ってるご飯もらってくる!」

「サンドイッチとかあるかな!」


 二人はそのまま教室を飛び出していく。

 行動が早すぎて、思わず笑いがこぼれる。


「じゃあ、私はパラソルと下にひくものを取ってくるわ。」

「わ、わたしも手伝います!」


 ヤーリュカさんとミューンさんも続いて出ていき、あっという間に教室には俺とラベンちゃんだけが残された。


 ……気まずい。


 俺はなんとなくラベンちゃんのほうを見た。

 ラベンちゃんは窓の外を見ていて、やわらかい光が横顔を照らしている。


 話す内容を必死に探していると、頭の中に一つだけ浮かんだものがあった。


「……この前転んだときの膝の傷、もう治った?」


 俺が聞くと、ラベンちゃんはぱっとこちらを振り向いた。


「うん!もう全然平気だよ!」


 そう言って、ためらうことなくスカートを少しだけ持ち上げ、膝を見せてくる。


「ほら!」


 慌てて視線を逸らす。

 思春期男子には少し刺激が強すぎた。


「えー?ちゃんと治ったか確認してくれないの?」

「いや、その、確認はいらないと思う!」


 ラベンちゃんは俺の様子を見てけらけら笑っていた。

 まったく気にしていない様子なのが、逆に困る。


 そうしているうちに、他のみんなも戻ってきた。


「見ろ見ろ!戦利品!」


 サッチが掲げたのは、大量のサンドイッチとパン。

 アルアさんは得意げだ。


「交渉力の勝利だね!」


 ヤーリュカさんはきちんと畳んである布を持って、ミューンさんはパラソルを持っていた。

 何もしていなかった手前、ミューンさんからパラソルを受け取り、代わりに持つことにした。


 森へ向かう道すがら、久しぶりにみんなの笑い声を聞いた気がした。


 裏の森は、学園の喧騒が嘘のように静かだった。

 木漏れ日が柔らかく地面を照らし、風が葉を揺らす音が心地いい。


 パラソルを立てようとしたが、いい感じの木漏れ日だったので、立てないことになった。


「はい、どうぞ!」


 アルアさんが配ったサンドイッチを受け取り、俺はひと口かじった。

 やっぱりピクニックのときに食べるサンドイッチは格別にうまい。


「やっぱ外で食べると違うな!」


 サッチの言葉に、アルアさんが深く頷いていた。

 ヤーリュカさんは呆れながらもどこか楽しそうだった。

 ミューンさんは控えめに笑い、ラベンちゃんも嬉しそうに周囲を見回している。


 ほんの少しだけ、失踪事件のことを忘れられた気がした。


 そのときだった。

 強い風が、突然吹き抜けた。


 ざわり、と木々が大きく揺れる。

 さっきまで穏やかだった空気が、一瞬で変わる。


「わっ……!」


 サンドイッチが入っていたバケットが飛びそうになり、ミューンさんが慌てて押さえる。

 その頭上で、ミシ、と嫌な音がした。


 嫌な予感が背筋を走る。


「ミューンさん、上!」


 ラベンちゃんが叫んだのと同時だった。


 バキッ、と乾いた音。

 頭上の枝が折れ、まっすぐ落ちてくる。


 間に合わない。


 そう思った瞬間、横からラベンちゃんが飛び出した。

 ラベンちゃんはミューンさんを突き飛ばすように庇い、次の瞬間、鈍い音が響く。


「っ……!」


 枝が地面に転がる。


 ミューンさんは尻もちをついたまま無事だった。

 だが、ラベンちゃんは左腕を押さえている。


「ラベンちゃん!」


 サッチが駆け寄ると、彼女の袖が裂け、そこから赤い血が滲んでいた。

 深い切り傷がぱっくりと開いている。


 俺はラベンちゃんに駆け寄れずにいた。

 足が、思うように動かなかった。


「だ、大丈夫だよ、利き手じゃないし!」


 その笑顔が、やけに明るすぎて、逆に怖かった。


「ご、ごめんなさい……!私のせいで……!私を庇ったから……!」


 ミューンさんが涙目で謝る。


「ほんとに大丈夫だから!」


 ラベンちゃんはそう言うが、血は止まらない。


「急いで保健室!」


 俺たちは応急処置をして、急いで森を出た。


 保健室でヴァンス先生が傷を確認し、丁寧に処置してくれる。


「少し深いですね。傷跡は……もしかすると残るかもしれません」


 その言葉に、ミューンさんがまた顔を歪める。


「本当にごめんなさい、私が、」

「気にしないでってば!」


 ラベンちゃんは笑った。

 本当に、いつも通りの笑顔で。


 話を聞きつけたキャロル先生も保健室に来て、ラベンちゃんの傷を確認する。


「……すまない、アタシの監督不行届だ」

「大丈夫ですよ!怪我には慣れているので!」


 慣れているはずがない。

 転んだのは初めてだって言っていたから。

 なのに、どうしてそんな顔ができるんだ。


「あー、もう!私は大丈夫だって言ってるじゃないですか!ほら、みんなも暗い顔しないで!」


 それでも俺たちの顔が暗いのを見て、ラベンちゃんは口をとがらせた。


「じゃあ私の傷見なければ気にしなくなるから!ほら、保健室から出てく!」


 ラベンちゃんに背中を押され、俺たちはされるがままで保健室の外に出された。

 一瞬だけ顔が見えたヴァンス先生は、困ったように微笑んでいた。


 そしてその夜。

 静まり返った寮に、放送の音が響いた。

 もう一人失踪者が出たと。

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