65話 自己紹介
「みんな、仲良くするように!」
サッチやアルアさんが「はーい!」と返事をしている間も、俺はラベンちゃんから目を離せずにいた。
アルアさんに手招きされて隣の椅子に座ろうとしている間もずっと。
「……マシュー、お前さっきから変だぞ。」
「変?!どこが?!別にいつもと同じだけど?!」
挙動不審な俺に何か思うことがあったのか、サッチが首をひねる。
「腹でも痛いのか?」
「全く痛くないわ!」
騒いでいたせいで、近づいてきたアルアさんたちには気づけなかった。
「ねえ、二人とも。今ラベンちゃんに自己紹介をしようと思ってるんだけど、どうかな?」
「もちろん、いいよ。」
俺の言葉にサッチも頷く。
「じゃあまずは私からね!アルア・ヴェルネストです!好きなことはおしゃれ!よろしくね!」
アルアさんの自己紹介に、思わず拍手がこぼれる。
うちのクラスでもサッチと同じくらい明るい人だから、すぐにラベンちゃんとも仲良くなるんだろうな……
「ヤーリュカ・ゲーナインよ。好きなことは……茶葉を集めることかしら。よろしく。」
「あ、えっと、ミューン・ランガムです!好きなことは、えっと、読書です!よろしくお願いします!」
自己紹介ってかなり個性が出るんだな……
「俺はサッチ・ペレス!好きなことは運動全般!よろしくな!」
サッチの自己紹介にも拍手をして、最後に俺の番が回ってきた。
もう一度自己紹介はしているので、なんだが気恥ずかしかった。
「マシュー・ペリーです!好きなことは、えっと、」
特になし。
やめよう、好きなものにしよう。
「……好きなものは梨です!よろしく!」
「なんで好きなものに変えたんだ?」
「触れないでくれ。」
自己紹介がひと通り終わったところで、まるで狙っていたかのようにキャロル先生が教卓の前に立った。
「よし、みんな注目ー!」
その声に、まだざわついていた教室が一斉に静かになる。
「一時間目は体育だ。今日は特別授業、親睦を深めるための軽い運動にする!」
体育という言葉を聞いた瞬間、教室の空気が一段明るくなった。
サッチなんて、もう肩を回し始めている。
「なお、今日は祝福の使用は禁止だ。あくまで普通の運動としてやるからな。」
祝福を使わない体育。
そういえば、久しぶりかもしれない。
「着替えたら第二校庭に集合だ。だらだらするなよー」
先生の合図で、俺たちは一斉に席を立った。
更衣室で体操着に着替え、第二校庭に出ると、空はよく晴れていた。
少し冷たい風が吹いているけれど、体を動かすにはちょうどいい。
「うわー、やっぱ体育は外だよね!」
アルアさんが伸びをしながら笑う。
その隣で、ラベンちゃんは周囲をきょろきょろと見回していた。
この校庭も、体育の授業も、全部が新鮮なんだろう。
「さて、今日はな……」
キャロル先生は腕を組み、少し考える素振りをしてから言った。
「鬼ごっこだ!」
一瞬の沈黙のあと、歓声が上がる。
「まじで?!」
「やるのはかなり久しぶりかも!」
俺も思わず笑ってしまった。
鬼ごっこなんて、いつぶりだろう。
学術戦のときとは違って、緊張感を持たずに走れるのはいいことだ。
「鬼に触られたらそこで終わり。アタシが立っているところにまで歩いてきな。以上!」
簡潔すぎる説明に、みんな納得したように頷く。
「で、最初の鬼だが……」
キャロル先生の視線が、ラベンちゃんに向いた。
「ラベン、頼めるか?」
「え、私ですか?」
少し驚いたように目を見開くラベンちゃん。
アルアさんがすぐに言葉をかける。
「大丈夫だよ!逃げてる人に触ればいいだけだから!」
「そ、そうかな……」
さすがに鬼ごっこのことは知っているだろうし、なんかもっと他にかける言葉はあったと思うけど……
なんて考えても、別にかける言葉は思いつかない。
これはやっぱりアルアさんが大正解だった。
まあ、鬼ごっこだし。そんなに激しくはならないよな。
この考えが、甘かった。
「じゃあ、始め!」
キャロル先生の声と同時に、俺たちは一斉に走り出した。
最初は、みんな様子見だった。
笑いながら距離を取り、鬼役のラベンちゃんをちらちらと確認する。
十まで数えたラベンちゃんは辺りを見回し、そして俺と目があった。
やばいと思い走りだすが、気づいたときには背後の気配が一気に近づいていた。
「え?」
振り返った瞬間、視界いっぱいにラベンちゃんの姿が飛び込んできた。
「ちょ、ちょっと待っ、」
反射的に足が止まった。
その一瞬で距離はなくなり、肩に軽い衝撃。
「タッチ……!」
いきいきとした笑顔でラベンちゃんがそう言った。
……早い。
本当に、恐ろしいほどに。
内心、イリオス先生かよとつっこんでしまいたくなるくらい。
俺は呆然と立ち尽くしながら、思わず聞いた。
「ラベンちゃん、何か運動とか、やってた?」
「……特にはやってないと思うけど……?」
首を傾げるラベンちゃん。
その表情は本気で不思議そうだった。
その後も展開は早かった。
アルアさん、ミューンさん、ヤーリュカさんが次々に捕まる。
「え、待って待って?!」
「は……走りすぎて吐きそうです……」
「速すぎでしょ……!」
最後まで残ったのは、案の定サッチだった。
「よっしゃ、これはいける!」
自信満々に走るサッチ。
しかし、どれだけ距離を取っても、少しずつ詰められていく。
「なんでだよ?!俺、足には自信あるのに!」
数秒後、軽く背中に触れられて終了。
「……完敗だ……」
膝に手をつき、サッチは本気で落ち込んでいた。
「いやー、すごかったな」
鬼ごっこが終わり、息を整えながら俺は言った。
サッチも汗を袖で拭きながらため息をつく。
「ラベンさん、足速すぎじゃないか?」
「そ、そうかな……?」
ラベンちゃんは頬を赤くして、指先をもじもじさせている。
「私、褒められるの慣れてなくて……」
その様子を見て、キャロル先生が大声で笑った。
こんなに運動神経がいいなら、子供の頃はモテたんだろうな……
子供の人気は足が速いで決まるから。
ちなみに俺は真ん中。
「えっと……皆さん、楽しかったですか?」
ミューンさんはまだ肩で息をしていた。
走り慣れてないんだろうな……わかるよ……。
「楽しかったどころじゃないよ。」
サッチが苦笑しながら答えた。
「俺、明日から外周決定。」
その言葉に、また笑いが起こる。
校庭に広がる笑い声の中で、俺はなんとなくラベンちゃんを見た。
サッチの言葉に困ったように笑う彼女から、俺はなぜか目が離せなかった。




