63話 運命的な出会い
王宮に行ってから数日後、ルーカス君が俺たちに会いたがっていると聞き、俺はネモさんの提案で、アルヴィン先輩の屋敷に招かれていた。
アルヴィン先輩は嫌そうだったけど、ネモさんが押し通して今に至る。
「話したいことでもあるのかな?」
「なんとなくだが思うところはある。」
二人の会話を横目に、角砂糖を紅茶に入れて飲む。
多分俺が飲んでいるこの紅茶、とんでもなく高いんだろうけど、気にしない気にしない。
部屋のドアがノックされ、アルヴィン先輩が返事をすると、ルーカス君が入ってきた。
少し疲れているのか、目元にはくまができていた。
「お久しぶりです。アルヴィンお義兄さま、ネモさん、マシューさん。」
「本当に久しぶり!元気だった?あ、紅茶どうぞ!」
ネモさんにされるがままでルーカス君は椅子に座らされ、カップを手に持たされていた。
うん、いつ見ても美形。
「デブンソーの件で、ルーカスも苦労しているだろう。」
「もちろん!男爵ですよ?!男爵!元々は侯爵だったのに!」
いつもおとなしいルーカス君からは考えられないほど怒っていた。
こっちのほうが子供らしくていいと思う。
「それで、どうせヒルディッド伯爵家から言われることがあると思うので、逆にこっちから来てやりましたよ。」
「言われることって?」
俺の問いに、アルヴィン先輩は気まずそうに咳をした。
ルーカス君はアルヴィン先輩を横目に紅茶を飲んでいた。
「……ルーカスと妹、エレンの婚約は破棄された。」
「え?!?!」
「どどどどうして?!」
持っていたカップを置いて、ルーカス君がため息をつく。
「男爵と伯爵ですよ。位が違いすぎるんです。」
……貴族って大変。
「まあすぐに僕の代で侯爵に戻しますけどね。」
余裕たっぷりの表情に、俺とネモさんは感動していた。
子の成長を実感する親的な感じで。
「でもさ?」
ネモさんが首をかしげる。
「なんでルーカスくんって、エレンちゃんとの婚約にそんなにこだわってるの?」
考えてみると、たしかに。
ルーカス君からはあまりエレンちゃんの話を聞いたことがない。
「それは、その、」
耳を赤くし、年相応の反応をするルーカス君を、ニヤついた目で見つめるネモさん。
状況を知らない人が見たら、ネモさんが捕まりそう。
「というか、エレンちゃんって気になる人がいるって言ってましたよね?」
「あー、探したね!懐かしい!」
頭をひねって、エレンちゃんが言っていた特徴を思い出す。
「確か特徴は、エレンちゃんと同じくらいの身長で、」
「ルーカスくんじゃん!」
「ネモさん、まだ早いです。」
荒ぶるネモさんをなだめる。
「金髪で、」
「ルーカスくんだよ!」
「金髪なんて大量にいる。」
立ち上がるネモさんを座らせる。
「庭で出会ったって、」
「……」
「あ、そこは何も言わないんですね?」
ルーカス君は立ち上がり、おもむろに身長をはかり、少し長い髪の色を確認し、着席した。
「僕ですね……」
「でしょ?!」
「ちなみに庭で会った記憶はありません。」
「なんでやねん!」
もうネモさんとルーカス君で漫才できるんじゃないかな。
「あ、庭で会った記憶はないですけど、その、」
「その?」
ルーカス君は気まずそうにアルヴィン先輩を横目で見てから、小さく呟いた。
「温室で、運命的な出会いを、」
「は?」
殴りかかりそうな勢いのアルヴィン先輩を俺が必死に止めている間に、ネモさんに続きを聞いてもらう。
「運命的って?!」
「いや、一度ヒルディッド伯爵夫人が僕の屋敷にエレンを連れて来たことがありまして、」
「うんうん!」
「おい、」
「アルヴィン先輩はお静かに!」
ルーカス君、早く喋って!
「エレンが夫人から離れ、僕がいた温室に迷い込んでしまい、そのときに、」
「きっすを?!きっすを?!」
「違いますから!」
ルーカス君は耳を真っ赤にし、必死にネモさんの言葉を否定した。
そして軽くうつむく。
「……僕が一目惚れして……」
「マシュー!結婚式場持ってきて!」
「任せてください!」
純愛。
こういう話を聞くのが一番楽しい。
まじで世界は恋と愛で溢れてほしい。
「……面会拒絶だ。お引き取り願おう。」
「アルヴィン!ひどいこと言わないの!」
「本当ですよ!これだから男は!」
「マシューもだよ。」
ネモさんにばしばし叩かれ、すでに堪忍袋の緒が切れそうなアルヴィン先輩。
ルーカス君は恥ずかしさのあまり、両手で顔を隠していた。
「今日エレンは屋敷にいない。友人とお泊まり会だそうだ。」
「じゃあ私たちもお泊まり会しよう!」
「明日は授業があるだろ。」
ネモさんの頭を軽く叩き、アルヴィン先輩はため息をついた。
「元々婚約はなかったことになっている。また侯爵にでもなることだな。」
「侯爵になったら、エレンとの婚約を認めてくれるってことですか……?」
ルーカス君が覆っている手から目をのぞかせた。
世が世なら、国を滅ぼせている可愛さ。
アルヴィン先輩は眉間にシワを寄せ、目をつぶった。
否定でも肯定でもない。
つまり肯定!
「ぼ、僕!頑張ります!」
ルーカス君は椅子から立ち上がり、俺たちにお辞儀をした。
「僕、もう行きます!会えて嬉しかったです!」
そのまま風のように去っていき、部屋には静寂が訪れた。
「……俺たちももう学園に戻るぞ。明日は早いからな。」
「お泊まり会は?!」
「あるわけないだろ。」
アルヴィン先輩は窓の外を見て、泊まっていた馬車が動き出すのを眺めた。
「俺たちは子供だが、ルーカスはさらに子供だ。たまに会ってやれ。」
「言われなくても!ね、マシュー!」
「もちろんですよ!」
それからすぐに学園に馬車で戻り、降りたところでネモさんが「あ!」と声を出した。
「提出物出すの忘れてた!」
「早く出してこい。」
「アルヴィンもついてきて!あの人アルヴィンの担任の先生じゃん!」
「嫌だ。」
いじけるネモさんに俺が声をかける。
「俺がついて行きましょうか?」
「本当?!やはり持つべきものは優秀な後輩!」
背中をばしばし叩かれ、くすぐったくて思わず笑ってしまう。
「あの先生怖いからさー、一人で行くの嫌だったんだよね。」
「どれくらい怖いんですか?」
「えーっとね……寮母さんくらい?」
「俺行きません。アルヴィン先輩、お願いします。」
「なんで?!」
嫌にきまってる。
あの寮母さんぐらい怖いって、もうそれは人間の怖さじゃない。
まだ怒ったイリオス先生のほうがいい。
アルヴィン先輩はため息をつき、ネモさんの腕を掴んだ。
「行くなら早く済ませろ。」
「マシュー、さっきの優秀な後輩って言葉、撤回ね?!」
色々と言われているようだが、聞こえないふりをして寮に向かう。
ルーカス君の話を聞いて上機嫌になった俺は、周りに人がいないのを確認してから鼻歌を歌いながら歩き始めた。
そして次の瞬間、どしゃああという嫌な音が後ろから聞こえる。
勢いよく振り返ると、地面には膝から血を流している少女がいた。
「え、大丈夫ですか?!怪我?!え?!」
人がいないのは確認したはずだけど、
じゃなくて、とりあえず保健室!
少女に手を差し出して、目に入るのは地面の小さな盛り上がりだった。
気付いたときには、少女に土下座をした。
「え、え?」
「ごめんなさい!俺が転ばしてしまって!」
鼻歌なんか歌ってたから、無意識のうちに祝福を使っていたことに気がつかなかったのだろう。
そして俺の祝福で転んでしまって……
絶対に鼻歌なんか歌わないと、心に誓おう。
じゃなくて!
「ととととりあえず!保健室行こう!消毒しないと!」
少女は混乱しながらも遠慮がちに俺の手を握った。
人生最大の丁寧さで少女を立ち上がらせ、ゆっくりと歩いて保健室に向かった。




