59話 守られるべき存在
エリアルさんは何も言わなかった。
その仕草は穏やかで、拒絶というより、すでに決めてしまった人間のものだった。
それだけで話は終わりだと言わんばかりに、エリアルさんは窓の外へ視線を向けた。
手入れの行き届いた庭。
でも、なぜか殺風景な場所に感じた。
「……それでも、良くないと思います。」
気づかないうちに、口から言葉が出ていた。
アルヴィン先輩が小さく息を吸うのが分かったが、もう止まれなかった。
「エリアルさんが、ここに閉じ込められていいはずがないです。」
殺風景な部屋。
枯れた花。
静かすぎる空気。
それらすべてが、あの庭園で見た笑顔と、どうしても結びつかなかった。
「エリアルさんは気を病んでいるんじゃない!生きる気力がないだけです!」
「それを気を病むというのでは?」
「そうかもしれないけど!」
アルヴィン先輩の言葉にかぶせる。
好きな人を、あんなに幸せそうに話す人が、こんなところに閉じ込められていいはずがない。
これは多分俺のわがままだし、ここからエリアルさんを無理矢理連れ出すこともできる。
でも、そんなことをしたって何もいいことなんてない。
けど、けど!
「俺はエリアルさんがヒーナさんに犯した罪は知りません!でも、それだけでここに自分自身を閉じ込めている理由にはならないはずです。何をそんなに恐れているんですか。何がそんなに、」
怖いんですか。
エリアルさんは一瞬、言葉を失ったように目を瞬かせた。
そして次の瞬間、まるで予想もしなかった反応が返ってくる。
「……はは」
低く、短い笑い。
それが次第に大きくなり、ついには声を上げて笑い始めた。
「はははははっ……!」
突然のことに、俺は完全に反応できなかった。
アルヴィン先輩も状況を理解できず、困惑したまま立ち尽くしていた。
「マシュー君は……本当に、変わっているな。」
エリアルさんは目元に浮かんだ涙を指で拭いながら、穏やかに息を整える。
「誰も、そんなことを言ってくれなかったよ。私は守られるべき存在で、ここにいるのが最善だと、誰かがそう言った。」
そう言ってから、エリアルさんは小さく息を吐いた。
「でも……そうだな。君の言う通りかもしれない。」
しばらく沈黙が流れたあと、エリアルさんは決意したように立ち上がる。
「ここを出よう。君の言葉で、少しだけ……外の空気を吸いたくなった。」
ちょうどその時、控えめな足音とともにルーカスが姿を現した。
「どこにいたんですか!探したんですよ!」
「ごめんごめん。」
ルーカス君は俺の後ろに立っているエリアルさんを見ると小さく飛び跳ねた。
「え、エリアル王弟殿下?!あ、えっと、これからの太陽の更なる輝きを祈って、」
「挨拶はしなくてもいいよ。全く、こんな小さい子供にまで王族の挨拶をさせるとは。貴族も大変だね。」
アルヴィン先輩がアーロン君とかにもやってた挨拶って、王族への挨拶だったんだ。
俺もやったほうがいいのかな……。
俺の考えを察知したのか、アルヴィン先輩は「マシューはしなくていい。」と言ってきた。
もうここまで来ると以心伝心どころの騒ぎじゃない。
「では早速脱出しましょう。ではアルヴィンお義兄様、脱いでください。」
アルヴィン先輩が身につけていた服を脱ぎ始める。
「え、ど、どうしたんですか?!」
アルヴィン先輩は肌着姿になると、脱いだ服をエリアルさんに手渡した。
「作戦を覚えていないのか。エリアル王弟殿下が俺の代わりとしてここから出るんだ。」
あ、そういえばそんなのだったかも。
エリアルさんも服を脱いでアルヴィン先輩に渡し、お互いが逆の服を着た。
体格が近いおかげで、遠目には違和感がない。
「門から出るのは三人だ。俺は後から別で出る。」
「塀を越えるとか言いませんよね?」
「言う。」
即答だった。
もう驚きの声も出ない。
エリアルさんは一瞬だけ苦笑し、それから頭を下げた。
「感謝する。……無事で。」
門番は何も疑わなかった。
それどころか、ルーカス君に深々とお辞儀をしていたので、顔は全く見られなかった。
馬車に乗り込み、扉を閉める。
息を詰めて待つ数秒。
「………………あれ?」
いつの間にか、向かいの席にアルヴィン先輩が腕を組んで座っていた。
「いやいやいや、早すぎません?!」
思わず出た俺の言葉に、アルヴィン先輩は悪びれもせず肩をすくめた。
「塀が低かったんだ。」
「そんなことあります?!」
エリアルさんは俺たちの話を楽しそうに聞いており、それからゆっくりと口を開いた。
「これからこの馬車は王宮に向かうのかい?」
「いえ、オリエンス学園に向かいます。」
ルーカス君が答える。
「オリエンス学園か……。」
「通ってたんですか?」
「いや、私は交換留学生で他国の学園に通っていたから、オリエンス学園には通っていないんだ。」
他国の学園?!
いつか行く機会とかないかなー。
「まずは学園で俺たちの計画を聞いていただきます。もう夜も遅いので、そのまま学園に泊まってもらい、」
「寝床を貸してくれる人がいるのかい?」
アルヴィン先輩が頷く。
「ご存知かはわかりませんが、イリオスという教師がおり、その教師のコテージに泊まっていただく予定です。」
「イリオス?……そうか、イリオスか。いい名前だね。」
エリアルさんはなぜか楽しそうに微笑み、馬車の外を眺めた。
俺もつられて窓の外を見る。
さっきまでの殺風景な部屋とは違い、緑が溢れている道だった。
「……たまにはこういうのもいいね。やっぱり息抜きは大事だよ。」
誰かに言うでもなく、エリアルさんは外を眺めたまま呟いた。
まるで自分に言葉にかけているようだった。
評価をつけてくださった方、この場をお借りして感謝申し上げます。




