5話 ガクヒ?ブカツ?
植物園を去った後は、特にすることもなかったので寮に向かった。
広すぎる学園内の構造にも少しだけ慣れてきて、無事に寮に着くことができた。
寮は四階建てで、立派な建物だった。
建物内に入ると煙草を吸って椅子に座っている女性と目があった。
「新入生だね。名前は?」
「マシュー・ペリーです!」
「私はベサニー。寮母だ。」
女性は俺に近づくと、一つの鍵を渡してきた。
「部屋の鍵だ。荷物はさっき受け取った。」
それだけ言うと、寮母さんはまた椅子に座って煙草を吸い始めた。
「あ、ありがとうございます!」
寮母さんはこちらも見ずに追い払うように手を振った。
寡黙なだけで、多分いい人だ。
うん、そう思うことにしよう。
渡された鍵には043と刻んであった。
多分一階だろうということで、そのまま通路を真っ直ぐ歩く。
001…013…035…
…043!見つけた!
鍵を開け、扉の取っ手を掴んで開ける。
「おおお…!」
想像してたほど広くはなかったが、寮とはこういうものなのだろう。
俺の部屋より一回りほど広かった。
中に入り、新鮮な空気を思いっきり吸い込む。
うん、全然新鮮じゃない。
そりゃそうだよな、窓も締まりきってるし。
部屋散策のついでに窓も開けるとしよう。
部屋に入ってすぐ水回りがあり、通路を歩くとすぐに部屋についた。
ベッドに小さな机、それから棚。
床にはキャロル先生が学園長に押し付けた荷物が置いてあった。
流石学園長、たすかるぅ!
窓を開けると、すぐに風が部屋の中を巡っていくのを感じた。
やっぱり換気は大事だなと思わされましたね、うんうん。
とりあえずすることもないので荷解きでもしよう。
床に座り、荷物に手をかける。
まず最初に出てきたのは、学園に入ってすぐに貰った部活勧誘のチラシだった。
部活とかも入らなきゃなのかな。
だとしたら色んな所を早めに見ておいた方がいいのかもしれない。
それから衣服やら生活必需品やらを出していき、最後は荷物の下に埋めてあった手紙を見つけた。
どうせ母さん辺りからだろうと思い手紙をあけると、そこに書いてあったのは一文だけ。
『学費は心配しなくていいから!』
…ガクヒ?
…学費!!!
いやそうだよな、普通に考えたらあるものだ。
めっちゃ普通に忘れていた。
家はしがない梨農家だ。
なのにオリエンス学園に通えるお金がどこから出てきているんだ?!
闇金…?
まさか両親は闇金に手を出したのか?!
外を見ると、すっかり夕暮れ時になっていた。
今から家に行くのは無理か。
それにそろそろ晩ご飯の時間だ。
とりあえず両親宛てに手紙を書いてから晩ご飯を食べに行こう。
オリエンス学園は、寮に入っているものなら朝昼晩と食堂で寮食が提供されることになっている。
寮に入っていない人は昼だけ食べれる仕組みだ。
急いで手紙を書き、部屋から出る。
食堂に向かう途中に寮母さんがいたので、手紙を渡した。
思うことは色々あるも、迷わず食堂につくことが出来たのでそこは安心した。
「あ、マシュー!ここ空いてるよ!」
混んだ食堂で、俺を呼ぶ声がした。
案の定その声の主はネモさんだった。
もちろん向かいの席にはアルヴィン先輩がいた。
「先にご飯取ってきちゃいな!」
お言葉に甘え、料理を取る列に並ぶ。
流石王国が管理してる学園というのもあり、料理は見たことないものばかりだった。
子牛肉の燻製とりんごの…おっそぶーこ?
旬のトマトのぶるすけった?サーモンをのせて?
見た目で美味しさは十分伝わるので、名前で混乱させないでほしい。
なんで魚の頭頂部や尾ひれがパイに突き刺さっているのかが分からないし。
とりあえずやめてほしい。
ネモさんたちの所に戻る頃には、へとへとになっていた。
「なんでそんなに疲れてるの?なんかあった?」
「いや…ははは…なんでもないですよ…。」
ネモさんの隣に座り、食事に手をかける。
「マシューも寮に入ってたんだね!」
ネモさんが芋を頬張りながら俺に喋りかける。
アルヴィン先輩からは汚いと叱られていたが無視していた。
「はい。両親も、その方が楽だろうって。」
「いいご両親だね、マシューが産まれるのも納得だよ。」
「なんですかそれ、」
牛乳を飲んでいた最中に、聞きたかったことを思い出して思いっきりむせた。
「どうした、落ち着け。」
「はーい、どうどう。」
アルヴィン先輩は少しこぼれた牛乳をハンカチで拭き、ネモさんは俺の背中をさすってくれた。
「ありがとう、ございます。その…。」
「うん?」
「…ここの学費って、どれくらいですか…?」
聞いてしまった。
俺が今一番気になっていて夜も眠れない内容を。
まだ寝る夜も訪れていないが。
「うーん。一人暮らしなら質素な生活で一生を過ごせるんじゃない?」
父さん、母さん、俺を産んでくれてありがとう。
このお金は一生かけて払います。
「寮に入ってるんだったら、もう一人暮らせるね。」
父さん、母さん。
不甲斐ない息子でごめん。
お金を払える気がしません。
「おいネモ。マシューが息してないぞ。」
「うそっ?!おーい!マシュー!」
俺は無意識のうちに止めていた呼吸を再開する。
「えっと、学費の話は一旦やめとく?他の話とかしようよ!ほら、えっと…。なんかない?」
「俺に聞くな。人選を間違えている。」
「ですよねー。あ、部活とかは?どこ入るか決めた?」
ブカツ…部カツ…部活…!!
ネモさんたちの話してる内容で、ようやく正気を取り戻すことに成功した。
「それが何も分からなくてご相談をしたくて。」
ネモさんはうーんと唸りながら首をかしげた。
「別に無理して入らなくてもいいと思うけどね。マシューは別に将来用に顔を広くしておきたいとかないでしょ?」
顔を広くする…?
どうやって…?
物理的に…?
「剣はいいぞ。かっこいい。」
「はーい、剣バカは黙りましょうねー。」
ネモさんはアルヴィン先輩の口に芋を入れて黙らせる。
「アルヴィンはお行儀がいいから、ものを食べてるときは絶対に喋らないんだよね。」
そういうネモさんも、食べ方めっちゃ綺麗ですけど。
「あの、失礼かもしれないんですけど、お二人って貴族とかなんですか…?」
思わず考えていたことを口に出してしまう。
ネモさんは目を丸くしていた。
「私は違うけど、アルヴィンはそうだよ?なんだっけ、ぱらぱら家?」
「伯爵家な。」
アルヴィン先輩は芋を食べ終わり、ハンカチで口を拭いていた。
「次男だから家を継ぐ事もない。将来は王の近衛兵を目指している。」
かっこいい…!!
近衛兵って響きからすでにかっこいい…!!
アルヴィン先輩…いや、師匠!
一生ついていきます!
「珍しいよね。自分の家だと朝から鍛練が出来ないって理由で寮に入ったんだよ?結構やばいよね。」
「やばくないだろ。やばいってなんだ。」
「はいはい。食器片付けてくるねー。」
ネモさんはアルヴィン先輩をあしらい、どこかに行った。
「…部活の話だが、俺も無理して入らなくてもいいと思っている。それでも放課後が暇なら、イリオスのところに行ったらいい。」
「イリオス先生のところにですか?」
「ああ、最近助手を探しているらしい。」
ネモさんも帰ってきたので、その話は終わった。
イリオス先生か…。
暇なときに行ってみようかな。
そして俺は二人に別れを告げて、寮の部屋に戻った。
辺りはすっかり暗くなっていた。