57話 男軍団出陣!
俺たちが王宮を訪れてから数日が経ち、今はネモさんと優雅に午後のティータイムをイリオス先生のコテージで楽しんでいた。
「マシュー、あの噂聞いた?」
「嫌でも耳に入りますよ。」
デブンソー侯爵家に、王宮から調査が入った。
「まさかこんな早く事が進むとはね。」
「本当ですよ。」
「お前たちがそう仕向けたんだろ。」
本を読みながら、イリオス先生が口を挟んでくる。
ネモさんはわざとらしく頭をかいていた。
俺もすっとぼけた顔をする。
「というか!」
ネモさんはカップを乱暴に皿に置いて、深いため息をついた。
「この前ヒーナさんがうちの店に来たんだけどさ!機嫌が最悪で!」
「……調査の噂、関係ありますかね?」
「絶対あるよ。あの人、感情を隠すの下手だもん。大量の生活必需品買ってくれたから、それは感謝だけど。」
俺が返事をするより早く、コテージの扉が勢いよく開いた。
視線を向けると、そこには珍しく取り乱した様子のグレッタさんが立っていた。
「やっぱり、ここにいたのね!」
息を切らしながら近づいてくる。
「どうしたんですか、そんなに慌てて、」
「大変なの。エリアル王弟殿下が、閉じ込められたらしいわ。」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……閉じ込められた?」
まだ現状を理解できていないネモさんの言葉に、グレッタさんは下を向いた。
「正確には、静養という名目よ。」
グレッタさんは唇を噛みしめる。
「ヒーナが『夫の容態が急変した』って大騒ぎして、医師も看護人も彼女の息がかかった人間だけ。外部との接触は一切禁止。」
「そんな……」
「それに、療養場所はブライアント侯爵家が所持する別荘の一つ。こんなの監禁だわ。」
ネモさんが眉をひそめる。
「もしかして口封じってこと?」
「ええ。私は王弟殿下に、デブンソーたちの悪行を直接証言してもらうつもりだった。王族の立場からの証言は、国王陛下を動かす決定打になるはずだったのに……」
グレッタさんの声には、はっきりと焦りが滲んでいた。
そのときだった。
「その件だが、」
低い声とともに、俺たちの後ろから声がかかる。
振り返ると、アルヴィン先輩が立っていた。
手には一通の手紙を持って。
「ルーカスからだ。」
そう言って、先輩は手紙を差し出す。
「ブライアント家の財務を担っていた者たちが、そろって総辞職したらしい。」
「総辞職……?」
「理由は病気や家庭の事情で統一されてる。裏金の件を、内部からもみ消すつもりだろうな。」
嫌な沈黙が落ちた。
調査が入った。
証言人は封じられた。
証拠は消されつつある。
「……時間がないわね。」
グレッタさんが、静かにそう言った。
俺は何も言えず、カップの中に浮かぶ茶葉を見つめていた。
「ここで止まっていても意味がないだろ。お前たちが今一番しなくてはならないことはなんだ。」
静かな部屋に、イリオス先生の言葉が響く。
今一番しなきゃいけないこと……。
王弟さんを救い出すこと?
それとも、裏金の件?
全然分からない……!
何も言わない俺たちにしびれを切らしたのか、イリオス先生がため息をついた。
「考えて分からないのなら、とりあえず足を動かせ。すぐに行動しろ。選択が間違っていても、行動することに意味があるんだ。」
そして、グレッタさんがゆっくりと口を開く。
「エリアル王弟殿下を助けに行きましょう。」
その言葉には、固い意志が感じられた。
「裏金の件は、裏金を受け取った貴族に聞けば分かるわ。どうせごまんといるもの。でも、エリアル王弟殿下は一人しかいないわ。」
その言葉には、説得感があった。
俺が言ってもこうはならない。
さすが、未来の国母といったところだ。
「なら早速行動しよう!王弟さんが閉じ込められている別荘に行けばいいんでしょ?」
ネモさんの発言に、アルヴィン先輩が頭を抱える。
「そう簡単に行けるものではないんだぞ……。」
「うわ、なにその目!馬鹿にしてるでしょ!」
「そうだと言ったら?」
「殴る。」
二人のいつも通りの会話を聞いて、思わず緊張の糸がほぐれる。
「でも、別荘の場所もどこだかわかりませんよね?」
「そんなの聞けばいいじゃないか。」
「誰にですか?」
アルヴィン先輩は持っている手紙をわざとらしくちらつかせた。
「……それで、僕が呼ばれたんですか?」
不機嫌そうに椅子に座るルーカス君は、机に置いてある手紙を一瞥した。
「早馬が来たから何事かと思って来てみれば……。まあ、それだけ信用されてると思えばありがたいことですが。」
いつも助かっています、ルーカス様。
「それで知りたいのはエリアル王弟殿下の居場所ですよね?」
グレッタさんが頷く。
だが予想とは裏腹に、ルーカス君は浮かない顔だった。
「残念ながら、僕にもエリアル王弟殿下の居場所はわからないんです。そもそも、デブンソーが王弟殿下を閉じ込めたという話も今知りましたし……」
ごめんなさい、とルーカス君が続けて謝る。
「いやいやいや、むしろいつも情報を教えてくれてありがとうって感じだよ!」
ネモさんが必死にルーカス君を慰める。
ルーカス君でも王弟さんの居場所がわからないとなると、もうどうしようも……。
「……ごめん、普通に知ってるかも。」
ネモさんがルーカス君の頭を撫でる手を止める。
「さっきマシューには話したんだけど、この前ヒーナさんがうちのお店に来て、大量の生活必需品だけ買って帰ったの。それもなぜか男性物で、」
そういえばさっき言ってたな。
「あまりにも大量だったから、お店から指定された場所に送ることになったんだけど、」
「どこだ?」
アルヴィン先輩の問いに、ネモさんが首をかしげる。
「どんどん町……?いや、るんるん町……?」
「ドルン町ですか?」
「それそれ!」
ルーカス君が見事正解した。
「ドルン町の別荘は、デブンソーが持っている中で一番小さい別荘です。僕も行ったことがありますが、人一人が住むのにちょうどいい広さです。」
「ドルン町って、人口が少なくて他の街と合併しそうになっているところですか?」
「よく知っているな。」
イリオス先生の感心した声に、思わず鼻が高くなる。
いやいや勉強していた社会学がこんなところで役に立つとは。
「人が少ないのも、今回デブンソー侯爵が選んだ理由なんでしょう。エリアル王弟殿下を見つけてほしくないから。」
グレッタさんの言葉に、素直に納得する。
「じゃあ、さっそくそのドルドル町に突撃しよう!」
「ドルン町。」
「イリオス先生も、行動は早いほうが良いって言ってた!」
ネモさんにいいように理由にされ、イリオス先生の眉間にシワが寄る。
「急に何の作戦も無しに突撃は危ないわ。」
グレッタさんの言葉に、激しく首を縦に振る。
「じゃあルーカスくんに案内してもらうから、ルーカスくんは確定ね。あとは、」
「俺が行く。この中なら一番動けるからな。」
アルヴィン先輩の言葉に、全員の視線がなぜか俺に集まる。
「じゃあマシューも行こう!男軍団出陣!」
「俺だけ男って理由で追加されてませんか?!」
不本意すぎるが、ネモさんやグレッタさんを危険な目にあわせるよりかはいいかもしれない。
「じゃあ今度は作戦をたてよう!」
ネモさんの言葉を皮切りに、話し合いが始まった。




