55話 とりあえず面倒
ルーカス君は嬉しそうに去って行き、疲れた顔のアルヴィン先輩がいっそう目立って見えた。
「それにしても、デブンソーさんはどうやって王弟さんを支配する気なんでしょうね。だって相手は人間ですよ?」
「それが困ったことに可能なのよ、」
グレッタさんがため息をつく。
アルヴィン先輩が何かを察したように、グレッタさんに飲み物を差し出した。
「王弟であるエリアル様、実は心を病んでいらっしゃるの。もっと厄介なのは、そのエリアル様の奥様が彼の妹であるヒーナ様なの。」
なるほど、妹を使って王弟さんを操ろうとしているのか。
「そこも色々と面倒なんだ。」
アルヴィン先輩がなんとか言語化しようとして口を開いては閉じていた。
「……とりあえず面倒なんだ。」
あ、説明諦めたな。
ネモさんも口の中をご飯でいっぱいにしながら話し始める。
「ヒーナさんだったら、うちのお得意様だよ。まあ、接客が大変って従業員が嘆いてたけど。」
「大変ってどんなふうなんですか?」
俺の言葉にネモさんが首をひねる。
「とりあえず気に入ったものは全部買うんだけど、その後ほとんど返品してくるらしくて。もちろん返金対応もしなきゃいけないし。従業員のことを叱ってきたりもするらしいし。」
おお、結構やばい人だ。
グレッタさんも同じ事を考えたのか、ため息をついていた。
「そのお金も、王家のものなのに……。正直言って、彼女のことを好いている人が珍しいくらいよ。」
兄妹そろって嫌われてるって、何事だよブライアント家。
あ、もちろんルーカス君は例外で。
「とりあえず、貴方の義弟さんからの吉報を待ちましょう。」
「グレッタ様も俺をからかわないでください……」
こうしてパーティーは幕を閉じ、アルヴィン先輩のお泊まり会も終わった。
エレンちゃんにお別れを言うネモさんは、なぜか今生の別れのように泣いていた。
「ということがあったんですよ!」
そして今は暇だったのでネモさんと一緒にイリオス先生のコテージにいた。
「そうか。出ていけ。」
「興味ないですよね?!」
「もちろん。」
イリオス先生は無表情で机の上に置いてあるよくわからない器具を触っていた。
「イリオス先生っていつも何してるんですか?担当授業とかないんですか?」
「先ほどの話、急に興味がわいてきた。話せ。」
ネモさんの話をさえぎり、イリオス先生が俺を見る。
と言われても、さっき話したのが全部なんだけどなー。
「やっぱりここにいたか。」
コテージのドアが開き、アルヴィン先輩が中に入ってくる。
「ルーカスから手紙が来た。おそらくブライアント侯爵の件だろう。」
アルヴィン先輩はイリオス先生からペーパーナイフを借りると、丁寧な手つきで手紙の封を解いた。
便箋からは少しだけ香水の匂いがした。
「アルヴィン、要約しといて!」
ネモさんに言われて、アルヴィン先輩が便箋を食い入るように見つめる。
少ししてから、ようやくアルヴィン先輩の口が開いた。
「……ブライアント家の調査をしたところ、不正な金の動きがあったらしい。裏金だ。これで自身の派閥の仲間を増やしていたとのことだ。」
すごい、ルーカス君。
まだパーティーから数日しか経ってないのに、ここまで調べたんだ。
「だがそれを調べてどうする気なんだ?国王様にでも進言するつもりか?」
確かに、デブンソーさんのことを調べても、その後を考えていなかった。
国王に進言したら、多分デブンソーさんは裏金を流していたことで罰せられるだろうけど、
「ただの厳重注意で終わるだろう。アーロン様への誹謗中傷等は消えない。」
アルヴィン先輩がため息をつく。
デブンソーさんを罰したところで、アーロン君が傷つけられるのは変わらないだろう。
何かもっと、決定的な何かが、
「でもさ、アーロン君は国王様の息子でしょ?自分の息子がいじめられてて、厳重注意で済ませるのかな。」
ネモさんの言葉に、なぜかイリオス先生が鼻で笑う。
「国王様だからな。そこは冷たいんじゃないか?」
「おい、イリオス。国王陛下を侮辱するのはやめろ。」
アルヴィン先輩の一言で、コテージ内の温度が一気に下がる。
イリオス先生はつまらなさそうに窓の外を見た。
そして眉をひそめる。
「……お前たちはどれだけ客人を呼んだんだ……」
ドアが開き、現れたのはグレッタさんだった。
「アルヴィンから手紙の話は聞いていたのだけれど。遅くなってしまってごめんなさい。」
グレッタさんはアルヴィン先輩が持っている便箋をちらりと見た。
「……裏金ね。やっぱり、という感じかしら。」
「やっぱり?」
「ええ。少し前にブライアント侯爵が私の家に来たことがあったのだけれど。裏金を渡すためだったのなら納得だわ。」
アルヴィン先輩も思い当たる節があるのか、深刻そうな顔をしていた。
「領民が作ったお金を、自分の私利私欲に使うのは貴族としてあってはいけないことだわ。国王陛下は固く禁じているもの。」
「なら、謹慎処分とかですか?」
俺の言葉にグレッタさんが首をひねる。
「謹慎処分は十分ありえるわ。最悪の場合、降爵も考えられるわね。」
降爵って、爵位が落ちることだよな……。
それって結構大変なことなのでは?
「降爵なら、ブライアント侯爵はかなり痛手だな。将来王宮を支配しようとしているのであれば、爵位は重要なものだ。伯爵以下となると、支配もかなり厳しくなる。」
「じゃあ確実に降爵できるように、他の悪いことも言えばいいんじゃない?ブライアント侯爵は他に何かやってたりしないの?」
「それがわかれば苦労しないだろ。」
ネモさんはアルヴィン先輩に軽く小突かれていた。
ルーカス君が集めてくれた情報を無下にしたくない。
けど、あの情報だけでは影響が小さい。
……というか、
「デブンソーさんの後ろに王弟さんに嫁いだヒーナさんがいる限り、野望を諦めるつもりはないんじゃないんですか?」
デブンソーさんは妹であるヒーナさんが王弟さんに嫁いだから、それを使おうとしている。
そして王弟さんを国王にするためにアーロン君を排除しようとする。
「……これは聞き逃してもいいんだけど、」
ネモさんがわざとらしく外を見る。
見事な快晴で、窓から差し込む光に思わず目を細めた。
「ヒーナさんがうちのお得意様って話はしたじゃん?それでよくうちのお店で話をするんだけど、」
それで?と言うように、グレッタさんが首をかしげる。
「その……いや、お得意様を売るような真似は……」
どうやらネモさんは、現在進行で商売人の魂と戦っているらしい。
するとアルヴィン先輩がしびれを切らしたように口を開いた。
「ネモ。」
「なに?」
「お前はアーロン様と、アーロン様へ誹謗中傷を言う方、どちらの味方だ。」
「アーロン君です!」
「よし、言え。」
さすがアルヴィン先輩。
ネモさんの扱い方を熟知している。
「あくまで人から聞いた話だからね?その、なんか一回だけ、どうしてそんなに返品するんですか?って聞いたことがあって、」
あ、これネモさんが聞いたな。
「そしたら、まずうちで返金対応をしてもらって、でもそれを財務には報告しないの。その返金してもらったお金は誰のものでもなくなったから、全部ヒーナさんが手に入れるっていう。」
なるほど。
つまりヒーナさんは王家のお金を使ったって嘘をついて、私物化してるのか。
とんでもないな。
「王家のものを私物化するなんて大罪だぞ。」
「でももうヒーナさんは王族なんですから、そこまでは、」
「マシュー。ヒーナ様はどんな方?」
グレッタさんの問いに首をかしげる。
「えっと、王弟さんのお嫁さんで、デブンソーさんの妹で、」
俺の言葉に、グレッタさんは見たことないくらいきれいな笑みを浮かべたが、なぜか少しだけ怖かった。
「ヒーナは根っからの王族ではないの。あくまでブライアント侯爵家から嫁いだ、ただの娘。」
ネモさんは意味がわかったのか、身震いしていた。
アルヴィン先輩とイリオス先生は苦笑い。
グレッタさんはドアに手をかけ、コテージから出ていこうとしていた。
「少し王宮に行ってくるわ。アーロンの婚約者である私を無下にするわけにもいかないでしょうし。しばらくしたら面白い話が聞けるかもしれないわね。」
そう言って去っていったグレッタさんが閉じたドアを、俺はただ見つめることしかできなかった。
「……恐ろしい女が国母になる予定なんだな。」
「誇らしいと言え、イリオス。」
呆れているイリオス先生とアルヴィン先輩を横目で見て、ネモさんは小さくため息をついた。
「お得意様が一人減っちゃった……」




