52話 嫁入りの服
馬車にしばらく揺られて、到着したのは高級商店街だった。
どれくらい高級かというと、何かを一つ買うだけでも年収が一瞬で吹き飛ぶと言われている。
「ここ、私の家が経営してるから!」
ネモさんに案内されて向かった洋服店は、明らかに高級商店街の中でも立地の良さそうなところに立っていた。
オリエンス学園に通ってる人たちって、貴族かお金持ちってこと忘れてた…。
ネモさんが入口に立っている黒服の人に声をかける。
黒服の人もとんでもなく背が高く、むきむきだった。
しばらくして、黒服の人が入口のドアを開けてくれた。
「黒服の人になんて言ったんですか?」
「普通に、ネモだよーって言っただけだよ。」
ネモさんの顔が名刺なのか。
末恐ろしや…。
中に入ると、きらびやかな内装にきらびやかな服が俺たちを出迎えてくれた。
そして大量の従業員さんもお辞儀をして出迎えてくれた。
「この前頼んだ服ってもう来てる?それを準備してほしいんだけど。」
「では、しばらくお待ち下さい。すぐに準備しますので。」
「うん、いつもありがと!」
ネモさんがソファに座ると、どこからともなく飲み物を持った従業員さんが現れた。
そしてソファの横にある机に四つの水が入ったグラスを置いて消えていった。
「妖精さんみたい…」
エレンちゃんはその様子を楽しそうに見ていた。
「じゃあ早速エレンちゃんの洋服を探そう!エレンちゃんは可愛いから、絶対フリフリのドレスが似合う!」
「あ、あたし?」
「もちろん!今日はそのために来たんだから!」
あれ、ネモさんの服を買うために来たんじゃ…?
「だよね、マシュー!」
「そうですね!」
意見をコロコロ変えている気がするが、気のせいだろう。
「おい、エレンは着せ替え人形じゃ、」
「じゃあアルヴィンと私で対決ね!まさかエレンちゃんに似合う服がわからないとかは言わないよね?」
「望むところだ。」
「マシューとエレンちゃんは審判で!よーい、始め!」
ネモさんとアルヴィン先輩が一目散に子供洋服売り場に走っていく。
エレンちゃんと二人っきりになったが、積もる話もないのでかなり気まずい。
「え、エレンちゃんは、アルヴィン先輩、お兄さんのこと好き?」
急に話を振ったので、エレンちゃんを困惑させてしまった。
「いや別に変な意味はなくてね?!ただ興味があったっていうか!興味ってそういう意味じゃなくて!!」
俺は自分より年が下の子になんという失態を見せているのだろうか。
恥ずかしい、穴があったら入りたい。
「ごめん、忘れてください……。」
おもわず手で顔を覆う。
だけど、エレンちゃんは笑ってくれた。
「あたし、アルヴィンお兄様のこと、大好きです。私のことを考えてくれるのは嬉しいのですが、ちょっとやりすぎなところもありますけど……。」
エレンちゃんの視線は、必死に服を選ぶアルヴィン先輩の方に向いていた。
両手に抱えきれないほどのドレスを持ち、アルヴィン先輩がドレスを着ているように見えた。
「アルヴィン先輩はいい人だよ、俺もよく助けてもらってる。」
エレンちゃんは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んでいた。
ほのぼのとした空間に、一着のドレスを持ったネモさんが入ってくる。
「エレンちゃん、これどう?真っ白なドレスなんだけど、フリフリもついてて可愛くない?」
「白はだめだ。」
アルヴィン先輩もドレスを選んだのか、俺たちの方にやってきた。
「エレン、これはどうだ。お前は赤が好きと言っていただろ。」
アルヴィン先輩が持っているのは、エレンちゃんには少し大人っぽい赤のドレスだった。
「絶対私の方がいいって!フリルもついてるし!」
「白はだめだ。」
「なんで?!」
「……嫁入りの服みたいだろ。」
沈黙。
それから口角が天井に突き刺さったものが二名。
「アルヴィンくん……」
「うるさい。」
「アルヴィン先輩……」
「黙れ。」
アルヴィン先輩は今までにないくらい耳を真っ赤にしていた。
エレンちゃんは嬉しそうに、アルヴィン先輩の持っているドレスに手を伸ばした。
「あたし、これにします。」
「いいのか?」
「だってアルヴィンお兄様が選んでくれたから。」
空気を読んで俺とネモさんは少し離れた場所で二人を眺めていた。
「私の勝ち目は最初からなかったんだね……。」
「ネモさんもわかっててやりましたよね?」
「あ、バレた?」
ネモさんは指を弾いて従業員さんを召喚した。
何をするんだろうと思って見ていると、俺の両腕が従業員さんに掴まれて身動きがとれなくなっていた。
「え、ちょ、ネモさん?!」
「次はマシューの番だよ!いってらっしゃい!」
されるがままで更衣室に連れていかれ、手際よく服を脱がされ、あちこち触られ……。
もう心が追いつかない……。
更衣室からようやく出させてもらえると、きれいな服に身を包んだ三人が楽しそうに話していた。
「似合ってるじゃん!やはり私の目に狂いはなかった!」
エレンちゃんもネモさんの言葉に頷く。
「でもこの服って、」
「私からマシューへのプレゼントだよ!」
俺の服はさっきまで着ていた服ではなく、きれいなスーツになっていた。
うん、絶対に高い。
「じゃあパーティー会場に向かおう!ほらアルヴィン、馬車呼んできて!」
「ネモが行け。」
なんて言いながらもアルヴィン先輩は馬車の方へ向かっていった。
その後ろを俺たちもついていく。
そして馬車に乗ってパーティー会場に向かう。
「この服って値段は、」
「エレンちゃんドレス似合ってるねー!さすがアルヴィンお兄様が選んだだけある!」
「からかっているだろ。」
「あの、値段って、」
「マシューもそう思うよね?」
「もちろんです。」
とりあえず値段の話はネモさんに切り捨てられるので、話さないでおこう。
俺の正面に座るエレンちゃんは、きれいに巻かれた髪の先をいじっていた。
「エレンちゃん、可愛いね。ドレスもよく似合ってる。」
「え、あ、あたしですか?ありがとうございます、」
エレンちゃんはアルヴィン先輩の体に顔をうずめてしまった。
ネモさんは俺の肩に手を置き、苦笑いしていた。
「罪な男よ……。」
「何がですか?!」
「年上の男って変にかっこよく見えちゃうよね。大丈夫、エレンちゃん。私もなったことある。」
「だから何がですか?!」
なんて話をしていたら、あっという間にパーティー会場についた。
グレッタさんのお母さんの誕生日パーティーということで、俺たちが乗ってきた馬車以外にも大量に停まっていた。
そして大量のおしゃれをした人々。
目がチカチカする…。
アルヴィン先輩はどんどん進んでいき、貴族の貫禄がうかがえる。
「では招待状を出してください。」
入り口にまたもやいる黒服さんに、アルヴィン先輩は二通の手紙を渡した。
「ヒルディッド伯爵家の方々に……マシュー・ペリー様ですね。どうぞ中へ。」
黒服さんが中への扉を開ける。
中から果物と香水の混ざった匂いと、楽器の音が聞こえた。
「え、私は?!」
「ネモは招待状を持ってきてないのか。」
「早く言ってよ!実家にあるよ!」
ネモさんが嘆いていると、中からきれいな人が出てきた。
「その方は私の友人なの。通してくれる?」
「グレッタ様のご友人でしたか!ではどうぞ中へ。」
俺たちの前に立つグレッタさんは、さすが主役の娘といった姿だった。
「学術戦ぶりね。元気にしてた?」
グレッタさんに導かれ、屋敷の中を進んでいく。
周りにいる人たちも、グレッタさんを見ていた。
「お泊まり会、私を誘ってくれてもよかったのに。日帰りになるけどね。」
「誘おうっていう話はしたんだけど、グレッタさん、誕生日パーティーの準備で忙しいかなって。」
ネモさんが必死に言い訳をして、その姿にグレッタさんは笑っていた。
「別に怒ってるわけじゃないわ。ちょっと意地悪してあげようと思っただけよ。」
そうして到着したパーティー会場は、人で溢れかえっていた。
その中には見知った顔もあった。
カルロさんにミンディさん、遠くにロルフ先輩がいて、その隣には、
「今日はアーロンも来てるの。暇なときに話でもしてあげて。」
このオリエンス王国の第一王子、そしてグレッタさんの婚約者でもあるアーロン君がいた。




