51話 帰ってくれ
「……どうなると思います?」
「アルヴィンがエレンちゃんの婚約者の顔を殴って終わり。」
ネモさんの発言を否定できないのが怖い…
「でも急ですよね、今日来るなんて。」
「アルヴィンのことだから、計画性が無い。減点。とか考えてそう。」
「激しく同意です。」
この会話をアルヴィン先輩に聞かれていたら、どっちも叱られるんだろうなーと頭の片隅で考える。
「……身だしなみ整えてきます!」
「なに、急に婚約者に会う気になったの?」
「一応最低限の礼儀として…」
「じゃあ私も行こ!」
婚約者は侯爵家の人らしいし、もしかしたら喋る機会もあるかもだし!
一応!念のため!
ネモさんと一緒になぜか異様に広い洗面所に向かう。
手を水で少しだけ濡らし、跳ねている毛先を整える。
ネモさんの方はまだ時間がかかりそうだったので、先に洗面所の外で待っておくことにした。
適当に窓の外でも眺めていると、門の前に一台の馬車が止まっているのに気付いた。
馬車の前には誰かが立っていたが、横にいる人が差している日傘のせいで顔が見えなかった。
いやあれエレンちゃんの婚約者なのでは?!
思い立ったらすぐ行動、急いで洗面所にいるネモさんを連れてきた。
「エレンちゃんの婚約者?!」
ネモさんも日傘の下に隠された顔を見ようとしていたが、神があちらに味方をしているのか、なぜか見えなかった。
「アルヴィンの先に、私たちが審査する?!アルヴィンは最終審査ということで!」
面白そうだったので、ネモさんと二人で審査員になることにした。
「性格が終わってたりとかしたら、私の祝福で泥水を作って、そこに転ぶようにマシューの祝福を使って帰らせよう!」
結構やばいこと考えるな、この人。
もちろん面白そうだったので同意して、隠れながら婚約者であろう人に近づく。
どうやらアルヴィン先輩の方の使用人さんと話をしているようだった。
「せっかく……人が……来たのに……最悪……」
遠くから聞いてるので少ししかわからないが、話している内容はかなり怪しい。
そもそも婚約者が何歳かも知らないんだよなー。
これでおじさんとかだったらやばくないか?!
色々と、倫理観的に。
婚約者であろう人が動き出したので、急いで部屋に戻る。
聞き耳を立てていると、明らかに隣の部屋に誰かが入った音がした。
「この度は急な来訪となってしまい、申し訳ありません。ブライアント侯爵家長男、ルーカス・ブライアントと言います。以後お見知りおきを。」
声的には若そうで安心。
「今日は僕の婚約者であるエレンに会いに来たのですが、」
「あいにくエレンは今は家にいません。機会を改めて来てはいかがでしょうか。」
「ならエレンが帰ってくるまで待っていますよ。アルヴィンお義兄様とは積もる話もあるでしょうし。」
「まだあなたの義兄と決まったわけではありませんよ。」
一触即発とはこういう状況をいうんだな…。
というか、アルヴィン先輩の敬語とか新鮮かもしれない。
流石に地位が上の人には敬語なんだな。
ネモさんは面白すぎて死にかけてるけど。
「エレンは婚約者と会うのをかなり嫌がっていたので、貴方には会いたくないかもしれませんね。」
「……それは初耳ですね。」
「初めて聞くのも無理はありません、たかが婚約者なのだから。泣いている妹を見るのは、俺としても辛いものがありました…。」
おお、アルヴィン先輩が優勢だ。
もしかしてアルヴィン先輩、泣き真似してないか?
というか、いつもと性格違いすぎだろ。
「これからはエレンの隣を歩く僕としても、彼女が泣いていると聞くと心苦しくなりますね。」
お、反撃だ。
「……ずいぶんとエレンに執着しているようですが、何か理由でも?」
「理由なんてないですよ。ただ彼女の隣に立ちたいだけ。」
ネモさんは感動して泣いていた。
いや、感動する場面なんてあったか?
そもそもこのルーカス・ブライアントとかいうやつ、なんか鼻につくな。
アルヴィン兄貴、やっちゃってくださいよ!
「なら単刀直入に言おう、婚約を解消してくれ。」
本当にやった。
「……それはどうして?」
「妹を無理に婚約させるほど、我が家は困窮していない。人一人くらいなら、余裕で養える。そして、」
「なんですか?」
「エレンが嫌がっている。これが最大の理由だ。」
兄貴…!
「それに我が家は婚約を受け入れてはいない。お前はまだ仮だ。それを理解していなければ、こちらから話すことは何もない。帰ってくれ。」
「……どうせあとですぐに会うことになりますよ。」
アルヴィン先輩の言葉からしばらくして、ルーカス・ブライアントが出ていく音が聞こえた。
次に聞こえたのはアルヴィン先輩のため息。
俺たちは拍手をしながらアルヴィン先輩のいる部屋に入っていった。
「アルヴィン…!私は君を見誤っていたのかもしれない…!」
「兄貴!まじで尊敬っす!」
俺もネモさんも人格が破綻していたが、感動しすぎてそれどころではなかった。
アルヴィン先輩は面倒くさそうに俺たちを見ていたけど。
「それにしても、エレンちゃんと婚約者を会わせないように外出させておくなんて!さすがアルヴィン先輩!」
アルヴィン先輩は俺の言葉に首をひねったあと、思い出したかのように口を開いた。
「あれは嘘だ。エレンなら今は家庭教師に勉強を教わっている。ああ言えば帰ってくれると思ったんだが、思いの外根性だけはあったらしい。」
嘘だったの?!
「さすがアルヴィン、やる~!」
「あまり嘘はつきなれていないから、かなり焦ったな。」
なんて言ってるが、アルヴィン先輩は心なしか楽しそうだった。
「それにしても、あとですぐに会うってどういう意味なんでしょうね。報復してやる!的なことですか?」
「それは違うな。今夜、俺が出席するパーティーに、」
「アルヴィン、パーティーに行くの?!」
ああ、もう俺への答えは返ってこないな…。
こうなったらアルヴィン先輩はネモさんの対応機械になる…。
「……それがどうした。」
「言ってよ!行ったのに!」
「パーティーに出る用のドレスを持ってきてないだろう。」
「そんなの今から用意すればいいし!」
急にネモさんの視線が俺に向く。
「マシューも行きたいよね?!」
行きたくないと言え…とアルヴィン先輩から祈りが聞こえてくる気がする。
だけど、ごめんなさい。
「めっちゃ行きたいですね!」
「でしょ?!アルヴィン!!行かせて!!」
俺たちの捨てられた子犬のような目攻撃!
食らえ!
アルヴィン先輩が眉間にかなり深くシワを寄せる。
「……マシューは元々誘う気だった。」
「私は?!」
「グレッタ様からマシュー宛に俺の家に招待状が来ていてな。どうせカルロ辺りから俺の家に泊まっていると聞いたんだろう。」
「私は?!」
「ネモには元々届いていただろ。」
ネモさんが首をかしげる。
俺もかしげる。
グレッタさんから?
なんで?
「この前話しただろ、グレッタ様の母上であるレイガリオ夫人の誕生日パーティーが近々あると。」
「あ!実家に招待状が来てたって言ってたかも!」
「マシューには学術戦で知り合ったから、招待するのが遅れたんだろう。」
ネモさんはアルヴィン先輩に、「人の話を最後まで聞け」と叱られていた。
「え、パーティーに行けるんですか?!」
ようやく現実味を帯びてきた。
脳内処理が完結したようだ。
「でも俺、パーティー用の服とか持ってないですし…!」
「俺のおさがりでよければある。」
「立ち振舞いだってわかんなくて…!」
「私たちと一緒にいればいいじゃん!」
気遣いが胸に染みる…。
優しい先輩がいて、俺は幸せです…。
「じゃあ早速買い物に行こう!私の服買って、そのまま直でパーティー会場に出撃だ!」
意気揚々としてるネモさんは「あ!」と大きな声を出した。
「エレンちゃんも誘おう!絶対楽しいよ!」
アルヴィン先輩は嫌がったが、ネモさんの粘り勝ちとなり、エレンちゃんも一緒に行くことになった。
そして、エレンちゃんが勉強を終える頃合いを見計らって、四人で買い物に向かった。




