4話 魔法じゃない
「第一回!ネモ先輩特別授業!ぱちぱちぱち~」
ネモさんは楽しそうに拍手をしていたが、後ろで眉間に皺を寄せているアルヴィン先輩は全然楽しそうじゃなかった。
イリオス先生はどこかに行ったみたいだし。
「そもそもここってどこなんですか…?」
「イリオス先生の研究室!大丈夫、許可は貰ったから!」
「ほとんど無理矢理だっただろ。」
「アルヴィンは無視していいからね!」
アルヴィン先輩は更に深く皺を寄せた。
「研究室ってなんか、特別な器具とか大量に置いてあるものだと思ってました。」
イリオス先生の研究室は小さな植物園のようだった。
俺でも見たことがある雑草から、なんだこれって言いたくなるような色の花まであった。
「大量に置いてある部屋もあるけど、今からやることを考えたらこっちの方がいいかなーって思って。大丈夫大丈夫!危なくないから!」
アルヴィン先輩は諦めたのか、近くの柵に腰掛けていた。
「私がこの前見せた祝福、覚えてる?」
「はい!水の塊が動物になって動き始めて、」
「うんうん、覚えてて偉い!マシューはそれを土でやるんだよー!」
なるほど、ネモさんが俺に言った『水を操るのは無理』ってこういうことだったのか。
祝福にも種類があるって言ってたし。
「向き不向きもあるだろう。ネモのように細かく動かせるものもいれば、物量で押してくるものもいる。」
「アルヴィンは後者ね!」
うん、全く分からない。
自分の理解力の無さに惚れ惚れするほどだ。
「…つまり、小さな飴を大量生産するか、巨大な飴を一個だけ作るかのどちらかということだ。」
なるほど理解完全に分かった。
アルヴィン先輩は教えるのが上手い。
「ということで、今からそれを調べていきます!まず祝福をその体で感じるところからかな?」
そう言うとネモさんは俺に近づき、手で俺のお腹を押さえつけてきた。
「お腹に力入れてみて、ぐっと。ぐぐっと。」
ネモさんの手が触れている部分に力を込めると、体の奥からじんわり温かくなるのを感じた。
「息は止めなくていい。目を閉じて、呼吸に意識を向けろ。」
アルヴィン先輩の言葉に、無意識のうちに止めてしまっていた呼吸を再開する。
吸って、吐いて。吸って、
「おおお!マシュー!足元見て!」
ネモさんの言葉で目を開け、足元を見る。
俺が立っていた地面が、少しだけ盛り上がっていた。
「地形変化だな。」
「私の友達にツタとか操る子がいたから、もしかして!って思ったけど、全然違ったや。」
二人の話し声も耳に入らないほど、俺は感動していた。
思ってたよりもしょぼかったけど、それでも自分に魔法が使えたという事実が嬉しかった。
「この魔法って、」
「魔法じゃないよ。妖精の祝福。」
ネモさんが俺の言葉を遮る。
「これは妖精がマシューに力を貸してくれたから出来たことなんだよ。魔法は誰の力も借らないで起こす、自分だけの奇跡。そこは間違えちゃ駄目だよ?」
「あ…はい。」
ネモさんは微笑み、喉乾いたー!と言って植物園を出ていってしまった。
「…あいつはお前に勘違いしてほしくなくて言っただけだ。」
アルヴィン先輩の慰めのような言葉が、俺の体の熱を冷ます。
なんて返せばいいか分からなくて、ただ口をつぐむしかなかった。
「…祝福を日頃から使っていると体が慣れていき、極稀に妖精が見えることがある。」
アルヴィン先輩は柵から腰を離し、植物園の出口に向かって歩きだした。
「また教わりたくなったらネモに言え。あいつなら飛んで喜ぶ。」
そう言ってアルヴィン先輩は出ていった。
残された俺は地面を見つめていた。
「この盛り上がりの直し方、教わってないや。」
後日、ネモさんは地面の盛り上がりを見つけたイリオス先生に叱られたという。
「あんまりだよー!」