46話 俺は二回目
コテージにつくと、テディー君は窓に張りつき、中のジュード叔父さんを食い入るように見つめた。
俺も中を覗いたが、いつものおちゃらけた叔父さんからは想像もつかないほど集中していて、なんだか感動してしまった。
「テディー君が尊敬するのも、ちょっと納得かも。」
俺の言葉に、テディー君は嬉しそうに目を細めた。
「それにしても、何を描いてるんだろうな。」
カロリーナちゃんの問いに、テディー君が首をかしげる。
「多分人物画だと思うけど……ジュード先生はそれが専門みたいな感じだから。」
人物画か……
俺も将来、親族特権を使って描いてもらおう。
「じゃあ、テディー君はどの絵が一番好きとかあるの?」
「『眠る母』だね!」
即答。
「ジュード先生の代表作なんだけど、絶対に売ろうとはしないんだ。でも展示会では一番良い場所に飾るんだ。まるで見せつけるみたいに。その絵が本当に素晴らしくて!まず構図が!!」
ここからテディー君の長話が始まろうとしていたので、急いで話し相手をカロリーナちゃんに押しつけた。
すごく嫌そうな顔をしていたけど、見なかったことにしておいた。
「それにしても、日没までこれを見なければいけないのか?」
「いや、そんなわけないでしょ」
イリオス先生は俺のツッコミを無視して、「本でも持ち出しておくべきだった…」と恨めしそうにコテージの中を見つめていた。
外で待っていても肌寒いだけなので、俺たちはまた食堂に戻った。
そこからカロリーナちゃん流首席の取り方と、テディー君流次席の取り方、首席の奪い方を教えてもらった。
一生使うことはないだろうけど。
イリオス先生はもちろん興味がなく、食堂で仮眠をとっていた。
食堂で寝るのはさすがに驚いたが、まあ先生だしでギリギリ納得できた。
そろそろ日も暮れてきたな、なんて呑気に考えていると、イリオス先生が急に起きた。
「行くぞ、そろそろ日没だ。」
コテージに向かって足早に歩いていくイリオス先生の後を急いで追いかける。
「寝てたのに、よく日が暮れたってわかりましたね。」
俺の言葉に、イリオス先生はなぜか歩みを早めた。
「教師とはそういうものだ。」
そういうものなの?!
まあ、そういうものか、と納得してしまう自分もいるので、考えるのをやめた。
すぐにコテージに着き、明らかに機嫌の悪いイリオス先生が激しめにドアを開けた。
そこには、絵を描いているジュード先生ではなく、ソファに座り優雅に紅茶を飲んでいるジュード叔父さんがいた。
「おお、遅かったな!」
ジュード叔父さんはわざとらしくティースプーンで紅茶をかき混ぜ、カチャカチャと音を鳴らした。
「絵は、え?描き終わったんですか?」
テディー君が困惑しながら聞くと、叔父さんはほぼ下描きしか描いていない、まっさらなキャンバスを見せてきた。
「下描きを描いたら、飽きてな!あ、そうそう。少し紅茶を拝借したぞ!」
イリオス先生は少し荒らされたキッチンを見て、過去一の大きさのため息をついた。
「終わったら教えに来い。」
「いやー、お前たちがどこにいるか知らなかったから。探すのも面倒くさかったし…」
後半が本音だろ。
もちろんイリオス先生は優雅に休んでいるジュード叔父さんを見てこめかみをひくつかせていた。
「出ていけ。今すぐに。」
叔父さんは勢いよく紅茶を飲み干すと、カップを台所に置いて、荷物をまとめ始めた。
テディー君はほとんど何も描いていないキャンバスに釘付けだった。
「この絵は学園にいるうちに完成させるから、俺が帰る日にでも見に来い!」
そんなに持ち込んでいたのかと思うほどの大量の荷物を抱え、叔父さんがコテージから出ていく。
ようやくコテージが静かになったと思ったら、またドアが開いた。
「叔父に場所を貸してくれてありがとうな、イリオス!」
イリオス先生に向けて叔父さんはニカっと笑い、今度こそドアを閉めて去っていった。
「嵐のようでしたね……」
「嵐のほうがまだいい。」
イリオス先生が台所に向かい、無造作に置かれたお皿を片付け始める。
カロリーナちゃんは、すっかり太陽が隠れた空を見て口を開いた。
「寮の門限って、何時だったっけ?」
その言葉を聞いたときには、もう体が動いていた。
俺は急いで走って、コテージのドアを開ける。
テディー君はカロリーナちゃんの手を掴んで走り出していた。
「二人も寮だったんだ?!」
「マシュー君こそ!!」
これでもかというほど全力疾走をし、寮に向かう。
学術戦の鬼ごっこのときも、ここまでは走らなかった。
「見えた!」
寮の入り口の明かりが、俺たちの未来を照らしているように見えた。
いや、照らしていたのは俺たちの未来ではなく、その横で仁王立ちをしている寮母さんだった。
その姿を見た瞬間、走ることをやめた。
「だ、大丈夫だよ!だって一回目だし!」
「……俺は二回目だよ。」
「あ、そう、なんだ…」
カロリーナちゃんにすら憐れみの目を向けられる。
そう、二回目なのだ。
一回目も確かネモさんたちとイリオス先生のコテージに遊びに行っていたから門限を破って…。
一回目だから見逃してもらったけど、何回もやっているネモさんとアルヴィン先輩は見逃してもらえるはずもなく、朝の食堂の手伝いをさせられていた。
とりあえず反省している顔だけして、寮母さんの前まで行く。
ああ、これから俺、死ぬんだ。
「まずはテディー、カロリーナ。言い訳を聞こうじゃないか。」
「……みんなでイリオス先生のところに遊びに行ってて、」
「嘘じゃない!本当だ!」
テディー君とカロリーナちゃんの言葉を、寮母さんは疑いながらも聞いていた。
「あんたは二回目だね、マシュー。言い訳を聞く気はないよ。」
寮母さんの声に、反射的に頷く。
「あんたたち二人はもう帰りな。次はないよ。」
テディー君はただこちらに手を合わせた。
カロリーナちゃんは、強く生きろよ!と言わんばかりに親指を突き出してきた。
「マシューは明日の朝五時にここに来な。」
寮母さんは、もう話すことはないというように煙草を吸い始めた。
「大丈夫か?」
カロリーナちゃんの言葉に、首を横に振る。
「穴という穴から汗が出ている気がする……脂汗か冷や汗なのかもわからない……」
テディー君とカロリーナちゃんは俺の背中を優しく叩き、自室へと向かった。
そして次の日の朝五時。
眠い目を擦りながら寮母さんの元へ向かう。
案の定食堂に連れて行かれ、朝ご飯を作るのを手伝うことになった。
おばさま方にもみくちゃにされながら、鍋をかき混ぜ、野菜を切る。
そして同級生や先輩にニヤニヤされながら、ご飯を盛りつけるのであった。




