42話 お、おじさん…?!
大四教室についたはいいものの、教室には俺たち以外には誰もいなかった。
いや、誰もいないは嘘だ。
進行役の先生が退屈そうに椅子に座って本を読んでいた。
「……もう少しで先生が来るから、好きなところに座って待っていなさい。」
こちらを一度も見ずに、先生は定型文を読み上げるように言った。
「じゃあ、適当なところにでも座ろっか。」
「あたし窓側!」
カロリーナちゃんは窓側の席に突撃するように座り、それに続くようにテディー君、俺の順番で椅子に座った。
「それで、ジュード?さんはどんな絵を描くの?」
俺が聞くと、テディー君はまってました!と言わんばかりに目を輝かせた。
「ジュードさんは人物画を専門としていてね、繊細な筆使いなのに描かれた絵には暖かみを感じられて!もうなんか絵が自己発電して発光してるみたいな?!」
いや、どんな絵だよ。
「なんか話をしろって言うと、この話しかしてこないんだ。面白くない!」
カロリーナちゃんは唇を突き出し、テディー君がごめんごめんと謝る。
これが通常運転なようでなによりだ。
俺たちが仲良く話していると、一人の男性がドアから入ってきて教壇に立った。
進行役の先生も本を閉じて立ち上がる。
「えー、この方が今回出張講義をしてくださったジュード先生だ。礼儀正しくするように。」
そう言って進行役の先生は教室から出ていった。
いや、あの人必要だったか?
ジュード先生と呼ばれた彼は、俺たちを見ると頭をぼりぼりとかいた。
正直言って髪の毛はボサボサで、服もちゃんと着ておらず、無精ひげすら生えてしまっている彼のことを、第一印象はあまり良いとは言えなかった。
逆に芸術家らしいといえばらしいが。
「あー、自己紹介だ。ジュード・ペリー。男。趣味はなし。好きな食べ物は……梨か?」
ダジャレかよ…。
「え、ジュード・ペリー?!」
先ほどのとんでもなく面白くないダジャレを忘れてしまうほどの衝撃を感じた。
「マシュー君どうかした?」
テディー君に聞かれても返事が出来ないほど俺は衝撃を受けていた。
いやだって、ジュード・ペリーって…!
「俺の叔父さん?!」
ジュードさんは何いってんだこいつ、という顔をして俺を見た。
「お前、名前は?」
「あ、マシュー・ペリーです!」
俺が生まれた日に家を飛び出し、そのまま音信不通となったあの叔父さん。
父さんから名前は聞いたことはあったけど、会ったことはもちろんなかった。
なぜか俺の学費を出してくれているのは知ってたけど。
「……マシュー……?……マシュー!マシューか!俺が名付け親なんだぞ!」
教壇から飛び降りると、ジュードさんは俺に勢いよく飛びついた。
「大きくなったなあ!俺が見たときはまだ手から肘くらいの大きさでなー!」
ジュードさんは嬉しそうに俺の頭を撫でると、横に座っているテディー君たちを見た。
「お前らはマシューの友達か?仲良くしてくれてありがとうな!」
テディー君とカロリーナちゃんの頭をガシガシと撫で、太陽のような笑顔でにかっと笑った。
その反面、テディー君は顔を真っ赤にしてうつむいた。
そして決意をしたかのように小さく息を吐いてから口を開いた。
「あ、あの、小さいときからジュード先生の大ファンで!ずっと応援してます!!!」
必死に口から絞り出した言葉に今さら恥ずかしくなったのか、「きゃー!言っちゃった!」なんて思春期の女子のような反応をしていた。
「俺のファンか!それはありがたい!」
ジュードさんはさらに激しくテディー君の頭を撫でた。
テディー君の髪の毛が全て抜けてしまうんじゃないかってぐらい強く。
テディー君は嬉しそうだったけど。
「それで、おじさんは何を教えにここに来たんだ?出張講義だろ?」
「お、おじさん…?!」
カロリーナちゃんからのおじさん呼びに衝撃を受け、ジュードさんはしばらく固まっていた。
というか俺もジュードさんじゃ他人行儀すぎるし、ジュード叔父さんって呼んだほうがいいのかな。
「でも、ジュード先生が出張講義をしに来てくださるなんて意外でした。あまり世間に顔を出さないので、」
「そこは、まあ、うん。色々あるんだ。」
ジュード叔父さんは髭をじょりじょりと触り、明後日の方向を向いた。
「ところで、この学園は妖精がいると聞いたんだが、本当か?」
急にジュード叔父さんの質問が始まり、首を縦に振る。
「じゃ、じゃあ、その妖精って今出せるのか?あー、別に見たいとかじゃなくて、気になっただけで。」
いや、その反応は絶対に見たいだろ。
「妖精の祝福は見せられますが、妖精は出せませんよ。そもそも僕はこの学園に入ってから、妖精には一度も会ったことがないですし、」
「え?!?!」
テディー君の言葉に、ジュード叔父さんは目を丸くした。
「妖精と日々切磋琢磨しながら学園生活を楽しんでいるという話は…?」
「友人となら切磋琢磨していますね。」
「妖精は小さな人のような見た目をしていて、背中に羽をはやして、学園内を飛び回っているというのは…?」
「いやなんですか、その話。初めて聞きましたよ。」
ジュード叔父さんの口から出てくる話をテディー君が片っ端から否定していき、数分が経とうとしていた。
「おじさん、結局ここに何しに来たんだ?妖精を見るためじゃないだろ?」
カロリーナちゃんの言葉に、ジュード叔父さんが肩を跳ね上げる。
図星だな……。
「じゃあ出張講義は建前で、本当は妖精を見にきたんですか?」
俺が聞くと、叔父さんは小さく頷いた。
「妖精を一度だけでも見てみたかったんだ。そして絵に収めたくて…」
いやでも本当に妖精なんて見たことないんだよなー。
たまに、本当にいるのか?って疑うときもあるぐらいだし………。
「…………いたわ。」
一度だけ、一度だけある。
イリオス先生が妖精から絡まれて寝不足になったとき。
あのときに見せてもらった妖精。
黒猫の姿なのに、なぜか羽がはえていた。
「妖精、いますよ。もしかしたら会えるかもしれないです。」
俺がそう言うと、叔父さんは目をこれでもかというほど輝かせた。
「本当か?!どこにいるんだ?!」
「どこかはちょっとわからないんですけど…」
あのときイリオス先生は、妖精と少しの縁が必要と言っていた。
あと捕まえる力もいるって言ってたし…。
「妖精を見せてくれるかもしれない人ならいますよ。」
ならここはイリオス先生に見せてもらうのが一番手っ取り早い!
「なら、早速その人のところに行こう!案内してくれ!」
こうして俺は、ジュード叔父さんとテディー君、カロリーナちゃんを連れて、イリオス先生のコテージへ向かった。
もしかしたらとんでもなく嫌な顔をされて、追い返されるかもしれないけど、そのときはそのときだ。
俺が必死にイリオス先生にしがみついて、なんとかやってもらうしかない。
さらに嫌がられそうだけど……。




