40話 通り雨
次は、俺の番だった。
そう直感した通り、イリオス先生は迷いなくこちらへ向かって歩いてくる。
歩調は一定で、急ぐ様子はない。
それが余計に不気味だった。
「……来た」
とりあえず、走る。
全身全力で走る。
全力で距離を取ると、背後で空気が変わった。
振り返らなくても分かる。
イリオス先生が走り出したのだ。
そのままあっという間に距離を詰められ、背中に冷たい気配が迫る。
「っ、くそ!」
俺は祝福を発動し、足元の地面を次々と盛り上げた。
小さな土の隆起を、不規則に、連続して作る。
狙いは単純だ。
足を取らせること。
ロルフ先輩のときにかなり祝福を使ったおかげか、今はかなりの量を出せるようになった。
ということで数撃ちゃ当たる戦法で次々に祝福を使う。
すると、後ろでずしゃああと音がした。
「ぶふぉ!」
遠くで、ネモさんが吹き出す声が聞こえた。
これは見なくてもわかるが、どうしても見てしまうのが人の性。
盛大に転んだイリオス先生を見たい!!!
そう思って思わず振り返った瞬間、視界が暗くなる。
目と鼻の先に、イリオス先生が立っていた。
鼻先に、少しだけ土をつけたまま。
その表情は、不機嫌そのものだった。
「……」
何も言わず、イリオス先生は俺の肩を軽く叩く。
「捕獲だ。外で待っていろ。」
「あ、あの、」
また歩きだそうとするイリオス先生を、思わず呼び止めてしまった。
「鼻に、土ついてます。」
一瞬、沈黙。
イリオス先生は無言で鼻をこすり、土を落とした。
「……余計なことを言うな。」
それだけ言うと、今度はネモさんの方へ歩き出す。
ほんの数秒のやり取りだったが、それでも時間は稼げたはずだ。
そう考えながら、俺は校庭の外に立っているアルヴィン先輩の元へ向かった。
「お疲れ。マシューにしては逃げたほうじゃないか?」
「それ、全然嬉しくないです……」
そう返した瞬間。
「ぎゃー?!?!?」
耳を疑うほど汚い悲鳴が、校庭に響いた。
振り返ると、いつの間にかネモさんが捕まっており、肩を落としてこちらへとぼとぼ歩いてきていた。
「早くないですか?」
「早すぎるよ!」
ネモさんが抗議するように叫ぶと、アルヴィン先輩は鼻で笑った。
「イリオスが転んだのを笑ったからだろ。」
「理不尽すぎない?!」
そんなやり取りをしている間にも、校庭の中央では影が動く。
次に狙われたのは、
「……やっぱり、ミンディさんか。」
逃げ続ける彼女に向かって、イリオス先生が再び歩き出していた。
そのときだった。
空が、急に暗くなった。
先ほどまで晴れていたはずの空を、薄い雲が覆い、ぽつり、ぽつりと小雨が降り始める。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
大雨というほどではない。だが、それでも十分に厄介だった。
これでは、ミンディさんが地面に塗ったバターは、あっという間に流れてしまうだろう。
それに、雨の中では火の祝福も思うように扱えないはずだ。
「今じゃないじゃん?!」
隣から、ネモさんの叫び声が飛んでくる。
「あと数分待ってくれてもよくない?!空気読んでよ、雨!!」
誰に向けた文句なのか分からないが、気持ちは痛いほど分かった。
案の定、ミンディさんの足元は濡れ、地面の光沢が増していく。
先ほどまでの勢いはなく、動きにも迷いが見えた。
そんな彼女に、イリオス先生は、迷いなく歩み寄る。
距離は、ほんの一瞬で詰められた。
ミンディさんは何かをしようとして、けれど何もできず、その肩にそっと手が置かれる。
「……」
捕まった、という合図だった。
ミンディさんは一瞬だけ目を伏せ、それから深く一礼する。
「ありがとうございました。」
そう言って、静かにこちらへ向かって歩いてきた。
その背中を見送った直後だった。
まるで何事もなかったかのように、雨は止んだ。
雲が流れ、空が開け、次の瞬間には眩しいほどの太陽が校庭を照らし出す。
「……通り雨かよ」
思わず自然現象に悪態をつく。
濡れた地面がきらきらと光り、さっきまでの混乱が嘘のように思える。
そして、第二校庭に立っているのはただ一人。
カルロさんだけだった。
逃げ切れる者は、残り一人。
学術戦の最終競技は、いよいよ最後の局面を迎えていた。
ようやく目標であった十万文字に到達しました。
ここまで読んでくださっている読者の方には感謝しかありません。
これからも読者の方に面白いと思ってもらう内容を書けるように尽力いたします。
次の目標はランキング入りですかね(゜∀゜)




