37話 殺戮の遊び
そして学術戦の競技は次々に進んでいき、ついには最終競技となった。
長かった。
本当に長かった。
なぜか班対抗で長距離走をやらされ、自分の特技を大勢の審査員の前で披露し……
とりあえず地獄だった。
そうして迎えた最終日。
今日は最後の競技説明のため、各班が振り分けられた訓練場に皆で来ていた。
「それで、ミンディさんは特技で何を披露したんですか?」
会場の準備が終わるまでの間、俺は隣に座るミンディさんと話していた。
「自分は即席ですが、紅茶を淹れさせていただきました。持ち込み自由でしたので。マシュー様は何をなさったんですか?」
「俺は果物を持ち込みました。実は皮むきが結構得意で。」
そう、何を隠そう。
この俺は実家が梨農家なのもあって、果物の皮むきは大得意なのだ。
皮むきだけなら世界を狙えるほどだと思っている。
「手先が不器用なので、皮むきができる方は尊敬します。どうしても果実の部分まで切ってしまうんです。」
「それはですね、」
手首の動かし方や刃の向きのコツを教えていると、いつの間にか準備が終わっており、訓練場の中央にはキャロル先生が立っていた。
学術戦の最中、一度だけキャロル先生に、なぜ進行役をしているのか聞いたことがある。
どうやら進行役は先生方の間でくじ引きで選ばれるらしく、キャロル先生は見事当たりの棒を引いたらしい。
そんなノリノリのキャロル先生が、観覧席に座る生徒の方を見て口を開く。
「では早速競技の説明をする!最後の競技は鬼ごっこだ!」
鬼ごっこ?
鬼ごっこってあの鬼ごっこだよな?
「班対抗で鬼ごっこかー。結構楽しそう。」
「ネモはそこまで体力がないだろ。」
「うるさいなー」
ネモさんとアルヴィン先輩が軽口を叩きあっている間も、キャロル先生の説明は止まらない。
「制限時間は15分。祝福での直接攻撃は禁止だ、と言っても傷をつけなければいい。逃げる側は、一人でも残れば勝ちだ!」
それだと逃げる側が結構有利じゃないか?
「ずいぶんと簡単なんだね、最後の競技は。逃げる側になれば勝ちが決まったようなものじゃないか。」
「逆に鬼になったらきついですよね…。」
「そして、今回鬼になるのは、こいつらだー!」
俺とカルロさんの話を遮るように、キャロル先生が大声を出す。
キャロル先生が指をさした方向は、観覧席に座っている先生方だった。
一瞬の沈黙を訓練場が包み、それからすぐに騒ぎ出す。
「教師と戦うの?!」
「無理だろ。棄権します。」
「判断が早いな。」
「あの中で戦うなら保健室の先生かなー。」
「お前、保健室の先生を舐めるなよ。」
キャロル先生は口に人差し指をあて、生徒が静かになるのを待ってから喋りだした。
「どの班がどの教師とやるのかはくじ引きで決める!ということで、代表者はくじを引きに来てくれ!」
俺たちの班の代表者はネモさんなので、ネモさんは立ち上がるとキャロル先生のところに向かっていった。
「まさか先生と戦うとは。予想外ですね。」
「そうかな。なんとなくは分かっていたと思うけど。」
「え、なんでですか?」
俺が聞くと、カルロさんは肩をすくめた。
「三年に一度だけ、学術戦は教師と戦う機会があるんだ。それは生徒に、教師の強さを叩き込ませて、変に反抗心を植え付けないためって言われててね。」
「なんですかそれ、」
「私も聞いたことがあるわ。」
グレッタさんも話に入ってくる。
「だから、教師は生徒を倒そうと全力で飛びかかってくるって。力を見せつける絶好の機会だものね。」
え、俺たちって今から先生にボコボコにされるの?
全然心の準備してないんだけど。
鬼ごっこってもっと楽しくやるもんじゃないのか?
殺戮の遊びって名前に変えたほうがいいんじゃないか?
なんて考えている間に、ネモさんがキャロル先生の持っている箱から一枚の紙を引いていた。
紙に書かれた字を見て目を見開き、ネモさんは俺たちに向かって大声で叫んだ。
「イリオス先生だってー!!!!!」
驚いている暇もなく次々に他の班の先生が発表されていき、訓練場はどんよりとしていく。
それとは反対に、キャロル先生の元気な声が訓練場に響く。
「今度は鬼ごっこをやる場所を伝える!まずネモ・コックス班、アンタたちの場所は第二校庭でいいか。次は――」
各班の場所発表が終わり、さらに重い空気が訓練場を包む。
「開始は午後の鐘が鳴ってからだ!それまでは各自好きに過ごせ!解散!」
とりあえず俺たちは、下にいるネモさんと合流した。
「第二校庭ってハズレだよね。」
「そうなんですか?」
ネモさんは頷き、アルヴィン先輩が答える。
「第二校庭は広いんだが、障害物が何もない。隠れられないんだ。」
「可もなく不可もなくってことですか?」
「いや、結構不可だな。」
「まあでも、イリオスと戦えるなんて機会一生無いだろうし、いいじゃないか。」
カルロさんは嬉しそうに歩き出す。
「私、結構一緒にいたけど、イリオス先生の祝福がなんだか知らないんだよね。」
「案外聞いたら答えてくれたりして。俺か?闇だが。みたいな?」
ネモさんとカルロさんの話を聞いて、確かにイリオス先生なら聞いたら答えてくれそうだなと俺も思った。
「じゃあ早速聞きに行ってみますか?」
俺が言うと、グレッタさんは肩をすくめた。
「今から対戦相手のところに行くなんて、虫が火に入るようなものだわ。ここは適当な場所で作戦会議でもするべきよ。」
「適当な場所が、いつもならイリオス先生のコテージだったんだけどねー。」
全員が頭をひねり、何かいい場所は無いか必死に考える。
「ちょっと早めのお昼ご飯にして、食堂で話す?」
「お前が腹が減っているだけだろ。」
「アルヴィンくん、そういうことは言わぬが花だよ。」
そのとき、ネモさんとアルヴィン先輩の軽口にかぶって聞こえないほどの小さな音が流れた。
「……ネモ。」
「私じゃないよ?!そこまでお腹空いてないし?!」
「ネモさん……」
「マシューまで?!」
やれやれ、と俺とアルヴィン先輩が呆れていると、ミンディさんが小さく手をあげていた。
「あの、さっきのお腹の音、自分のです……」
顔を真っ赤にして、震える声でそう言った。
一瞬の沈黙が場を支配したあと、それぞれが次々に口を開く。
「そういえば、俺もお腹が空いていた気がします。」
「奇遇だな、マシュー。俺もだ。」
「私もよ。」
「なんか私のときと対応が違いすぎない?」
「気のせいですよ。」
ということで俺たちはご飯を食べに食堂に向かった。
断じて話し合いをするべく食堂に行くわけではない。




