34話 来賓
俺が案内した先を見た瞬間、ロルフさんの足がぴたりと止まった。
その視線の先にあるのは、木造の小さなコテージ。
屋根には落ち葉が積もり、壁際には薪がきれいに並べられている。
見覚えがありすぎる建物だった。
「……マシュー」
低く、明らかに嫌そうな声でロルフさんが名前を呼ぶ。
「はい?」
「ここは……」
「イリオス先生のコテージです!」
正直に答えた瞬間、ロルフさんのこめかみがぴくりと動いた。
それと同時に、扉が内側から静かに開く。
「……何の用だ。」
現れたのは、予想通りの人物。
腕を組み、心底面倒そうな顔をしたイリオス先生だった。
視線が俺からロルフさんへ移り、さらに露骨に嫌な顔になる。
「……今日は厄日か?」
「す、すいません!でもちょっとだけ場所を借りたくて……」
「遠慮する。」
即答だった。
「そういえば……」
俺はふと、以前の出来事を思い出す。
グレッタさんを連れ戻そうとして、ロルフさんがこのコテージへ突撃した日のこと。
あの時も、イリオス先生は今と同じ、いや今以上に嫌そうな顔をしていた。
結局よくわからないままロルフさんはコテージから姿を消して、一段落したけど。
……そりゃそうだよな。
「学術戦の第二競技で、少し話し合いをする場所が必要なんだ。」
ロルフさんが一歩前に出て、胸に手を当てた。
さすが副会長といった、紳士的な振る舞いだった。
思わず動きを見ていたが、はっとして俺も口を開く。
「静かにします、物も壊しません、短時間です!」
その姿に、イリオス先生は一瞬だけ目を細めた。
まだかなり嫌そうな顔をしているが、先ほどまでのものは感じられなかった。
小さく息を吐き、イリオス先生は扉を大きく開いた。
「ありがとうございます!」
俺が勢いよく礼を言うと、ロルフさんが俺の横を通り過ぎて中に入っていった。
「君、もうすでにうるさいが、大丈夫か?」
急に辛辣すぎないか。
ロルフさんにそう言われ、恥ずかしくなって急いで中に入り扉を閉める。
中はいつもと同じく質素だった。
生活感はあるが、余計な装飾は一切ない。
イリオス先生らしいといえばらしいが。
イリオス先生は暖炉のそばに腰を下ろし、こちらを一瞥した。
「俺は仕事をする、勝手に話せ。ただし声は抑えろ。」
「はい!」
俺とロルフさんは小さく頷き、机を挟んで向かい合う。
「……さて」
ロルフさんが腕を組み、横目でイリオス先生を見る。
「あの男、本当に教師なのか?誰かに何かを教えている姿は見たことがないんだが。」
言われてみれば確かに。
キャロル先生みたいに、どこかの教室で担当を持っている話を聞いたこともないし…。
俺も横目でイリオス先生を見ると、見られているのに気付いたのか、イリオス先生は睨み返してきた。
よし、話を変えよう。
これ以上イリオス先生の話をしたら刺されそうだし。
「と、とりあえず、芸術について考えましょう!」
とは言ったものの、改めて考えてもやはり難しい。
「案があっても踊る以外でお願いします……」
「同意だ。」
即座に肯定された。
「君の祝福は土を盛り上げる。俺は闇を形にする」
「はい」
「それをどう芸術に昇華させるか、だな」
そして沈黙。
頭の中で必死に考えるが、浮かぶのはどうしても実技寄りの使い方ばかりだ。
「……地面に俺が模様を描いて、それを印にして犬が走るとか、」
「どんな模様だ?」
「じゃあ、立体的な彫刻みたいに……」
「審査員が求めているのは技巧だけではないだろう。」
確かに。
俺たちは揃って天井を見上げた。
このままじゃ本当に踊ることになる。
それだけは絶対に避けたい。
ロルフさんなんて祝福を使って犬を出していた。
「……あの」
思い切って、暖炉のそばにいるイリオス先生へ声をかけた。
「何か、良い案ってありませんか?」
ペンを動かしていたイリオス先生の手が止まる。
それからゆっくりとこちらを見て、
「ない。」
即答。
「こういう場で教師が生徒に助言するのは好ましくない。」
それはまあ、正論だ。
「……ですよね。」
肩を落とす俺を見て、イリオス先生は一度だけ視線を外した。
そして、独り言のように呟く。
「そういえば……」
「?」
「来賓で来ているやつがいたな。」
その言葉に、ロルフさんの目がわずかに見開かれた。
「……来賓、」
数秒の沈黙の後、ロルフさんははっとしたようにイリオス先生を見る。
「まさか国王か?」
ロルフさんがそう言うと、イリオス先生は何も答えず、ただ視線を逸らした。
否定しないってことは、そういうことだ。
「なるほど。」
ロルフさんが、ゆっくりと口角を上げた。
「それなら、話は早い」
「え?」
「国旗だ」
「……国旗?」
「この国を象徴するものを、祝福で作る。」
ロルフさんの声には、確かな確信があった。
「君の土で大地を形作り、俺の闇で輪郭と陰影を与える。」
「国旗をですか?!」
「派手さより、意味を重視する。来賓が国王であるなら、それ以上に相応しい題材はない。」
確かに、来賓で国王が来るなら……
「え、国王来てるんですか?!」
「極秘情報だ。今回の学術戦は全ての競技を国王が見れるように時間を調整している。なら俺たちの競技も確実に見るはずだ。」
流石副会長。
一般生徒が知らない情報を持っている。
国王が来るのなら、国旗を作る理由もあるし、国旗なんて誰もが知っているものだから、変に浮きもしない。
「それ、いいと思います。」
ロルフさんは頷いた。
「芸術は、見る者の立場で完成する。王が見るなら、王に届くものを作るべきだ。」
その言葉に、イリオス先生がふっと鼻で笑った。
「……ずいぶんと丸くなったな、副会長。」
「成長です。」
静かな空気の中で、確かに答えが見えた気がした。
俺は机の上で拳を握る。
「よし、今から練習しましょう!」
「ああ。」
こうして俺たちは、第二競技に向けて、ようやく一つの道筋を見つけたのだった。




