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学園の些事  作者: 道兵衛
33/68

32話 ちゅっ

「ネモさん、息してます?」


俺は心配になってアルヴィン先輩の腕を指さした。

アルヴィン先輩はようやく「すまん」と小声で呟き、ネモさんの口を解放した。


「ぷはっ……殺す気?」

「殺すわけないだろ。」


とはいえ全員笑っていたので、ここで空気は完全に緩んだ。

だがその緩みも、すぐ戻る。


「ほら、一人がこっち向いたよ。」


カルロさんが低く呟いた。


見ると、ケインさんが地面に落ちていた枝を拾いながら、明らかに周囲を警戒している様子だった。

リリーさんとジョインさんは相変わらず旗の前で楽しそうに話している。


「じゃあ、どうやって旗を奪う?」


ネモさんが小声で聞く。


「とりあえずマシューでもぶつけてみる?」

「なんで俺なんですか?!」


カルロさんがにやにやしながら俺を見て、ミンディさんに小突かれていた。


「まあ、やってみるだけいいんじゃない?やるだけタダ!」


ネモさんもなぜか乗り気で、結局俺が先陣を切ることになった。

腹をくくり、静かに片膝をついて、地面に手を触れる。


……少しだけ、動いてくれればいい。


そう思った直後、ケインさんがこちらへ一歩踏み出した瞬間だった。


ぼこっ。


ほんの拳ひとつ分ほど、ケインさんの足元が盛り上がった。


「おっと……うおあっ!?」


見事にひっかかり、ケインさんは派手に前へつんのめる。

ジョインさんが「おい、大丈……」と言いかけたまま、完全に巻き込まれた。


「わっ……ちょ、うわあ!?」


ちゅっ


軽快な音とともに、二人の頭がぶつかり合い、その勢いで顔同士が擦れるように密着した。


数秒の沈黙。


「………………」

「………………」


二人は像のように固まった。

リリーさんの目が豆粒みたいに小さくなっていく。


「……い、今の……」


ネモさんがかすれた声で呟く。

テディー君はカロリーナちゃんの目を塞ぎ、耳はグレッタさんが塞いでいた。


ケインさんは、震える声で言った。


「……お、俺の……ファースト……」


ジョインさんも顔色を失い、


「リ、リリーに……あげようと……」


二人は倒れ込み、頭を地面に打ち付けた。

派手にではなく、静かに、スローモーションで気絶するように。


「ちょ、ちょっと?!二人とも?!」


リリーさんが駆け寄る。

だが完全に伸びている。ピクリとも動かない。

俺たちは、ただ見ているしかなかった。


「……これ、もう勝ちじゃない?」


ネモさんの率直な一言に、誰も反論できなかった。


「あの……、」


俺が低木の後ろから出て声をかけると、リリーさんは小さな悲鳴をあげた。

続々と出てくるネモさんたちを、しばらくリリーさんは動揺しながら見ていたが、やがてこちらを向き、深々と頭を下げた。


「……降参します。」


そう言うしかないのだろう。

さっきは三対八だったが、いまや一対八だ。

アルヴィン先輩がこくりと頷き、ネモさんが旗に向かう。


「触るよ。」


ネモさんの指先が旗の布に触れた瞬間、学園中に太鼓の音が響き渡った。

競技終了の合図だ。


「勝った……?」


グレッタさんが呆然と呟く。


「勝ったんだよ!」


ネモさんがグレッタさんに抱きつき、その勢いでグレッタさんがネモさんを抱きとめた。


ケインさんとジョインさんは、まだリリーさんに揺さぶられていた。


「起きてよ二人とも!もう競技終わったから!」

「これはこれで可哀想だな……」


カルロさんがぼそっと言う。

陽が差し込む森に吹く風は、さっきまでの緊張を忘れさせるほど穏やかだった。


「じゃあ早速最初いた場所に戻ろう。結果はもう伝わってるはずだから。」


ネモさんの言葉を聞き、俺たちはスタート地点に戻る。


「午後は休みらしいね。僕、きっと爆睡しちゃうよ。」


テディー君が肩を回しながら呟く。

それから何か思い出したかのように手を叩いた。


「マシュー君、僕を思いっきり叩いてくれないか?蹴るとかでもいいんだけど、」

「いやいやいや、急に何?!」


テディー君は上空を覆っている闇を指差し、苦笑いした。


「これ、僕の意思で解除できないんだよね。なんか痛めつけられたら解除できるんだけど…。だからお願い!」

「いやでも俺あんま力強くないし…。」

「叩いてほしいのか?ならいくぞー!!」


いつの間にか後ろにいたカロリーナちゃんが、「せいやっ!」という掛け声とともにテディー君の背中を思いっきり叩いた。

その容赦ない暴力は見事テディー君の祝福の解除に成功した。

上空を覆っていた闇が消えていき、テディー君の影に戻っていく。


「これだけ範囲の広い祝福、珍しいわよね。それにまだ一年生なのに、よくここまで仕上げたわね。」

「えへへ、ありがとうございます。」


グレッタさんの感心した声に、テディー君は嬉しそうに眼鏡をかちゃかちゃと動かした。

もう片方の手はカロリーナちゃんが叩いた背中に添えられていた。


「次の競技……どうなるんだろうね。」


俺が言うと、テディー君は肩をすくめた。

緊張は解けたはずなのに、どこか胸の奥がざわざわしていた。


「まあ、午後はゆっくり考えればいい。お前たち、よくやった。」


アルヴィン先輩が穏やかに言い、班の雰囲気がふっと和らいだ。


こうして俺の班は、予想外すぎる勝利を手にして、第一競技を終えたのだった。

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