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学園の些事  作者: 道兵衛
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30話 奇跡は三度

敵襲を告げたネモさんの声が、まだ夜のように暗い空気を裂いた。

東区域を覆う闇の中、俺たちは自然と背中を合わせるようにして、テディー君とカロリーナちゃんを守るような陣形を作った。


「あまり前に行かないように。足元に気をつけてね。」


カルロさんの助言を有り難く受け取り、周りを見る。


音がするけど、一方向じゃない。

左右からも、後ろからも、砂を蹴り上げる足音が迫ってくる。

影に包まれたこの場所では、どこから来るのか見当もつかない。

ミンディさんの火が揺れて、風に煽られながらも辛うじて周囲を照らしていた。

火の中に浮かび上がる人影が三つ、いや、もっといる。


「三班いる。どうやら賭けは僕の勝ちだね。」


カルロさんが苦笑混じりに言う。

だがその口元には、どこか楽しげな色も見えた。


「一班潰すだけでも、ずいぶん楽になるもんね。」


ネモさんの発言に、アルヴィン先輩が頷いた。


「……動くぞ。」


闇を切り裂いて、火花のような攻撃が飛んできた。

おそらく一班目は火の祝福持ちだ。


それに反応してミンディさんの火が強く燃え上がり、熱風が辺りを包む。


「全員、下がって!」


ネモさんの声と同時に、水の祝福が辺りを囲む。

それを援護するようにアルヴィン先輩の出した風が水に纏わりついて、トルネードのようになった。

恐らくこれで火の攻撃を防ぐのだろう。


その瞬間、地面の下で何かが爆ぜるような音がした。


……え、地面が沈んだ?


俺たちの真横で火の祝福を放っていた班が、何かを踏み抜いたように地面ごと落ちていった。

砂が渦を巻くように沈み込み、彼らの姿があっという間に飲み込まれる。


「なにこれ!?」


驚いたグレッタさんの火の威力が一瞬弱まる。


「……落とし穴?」


俺が口にすると、カルロさんが振り向いた。


「マシュー、君がやったの?」

「いや、知らないです!俺、掘ってないです!」


あの土の動きは俺の祝福じゃない。

そもそも、今そんな余裕ないし。


だが地面が自然に崩れるとは思えない。

グレッタさんが眉をひそめ、呟くように言った。


「……他の班が地形操作してるのかも。攻撃に巻き込まれたのよ。」


気づけば、残る二班の足音が近づいてくる。

今度は風を切る音が混じっていた。


「……矢の音……今度は風の祝福?」

「風なら風をぶつければいいんだ。」


アルヴィン先輩が出した突風は砂を巻き上げ、班員を逆に薙ぎ倒していく。

悲鳴が上がり、矢が宙を舞って地面に突き刺さる。

嵐のような一瞬の後、辺りにはもう彼らの姿はなかった。


「二班目、消えたな。」


アルヴィン先輩が淡々と呟く。


「え、なんか俺たち何もしてなくないですか?」

「いいんだよ、勝ちは勝ち。」


カルロさんが肩をすくめた。


「運も実力のうち、ってやつだね。」


残るは三班目。

だが、今度の足音は少ない。

おそらく二人ほど。

しかもかなり慌てている様子だった。


「お、おい!あれ見ろよ!」

「な、なんだこの闇!?祝福が効かねぇ!」


闇に目が慣れないのか、彼らは足元の影を踏みつけながらバランスを崩していた。


テディー君がぼそっと呟く。


「僕の影にまだ慣れてないんですね。」


その瞬間、カロリーナちゃんが顔を上げた。


「太陽がもう動いてる!」

「えっ、今?」

「うん、さっきまで東だったのに、もう南の方にいる!」


彼女の言葉に反応するように、テディー君の影が少しだけ形を変えた。

ドームの上空が一瞬だけ光り、薄く明るくなる。

その小さな変化に気づかず、三班目の一人が前のめりに走り出した。

その先にあったのは、先ほど火の攻撃をしてきた班が落ちた地割れ。

もちろん、もうそこに地面はない。


「うわあああっ!」


そのまま一人は落下していった。

もう一人が助けようと手を伸ばしたが、別方向から砂煙が巻き上がる。

砂に混じって、グレッタさんの小さな光がひらひらと舞った。

ほんの一瞬だけ、太陽の方向を錯覚させる光。

それを頼りに進んだ彼もまた、同じ場所に足を踏み外した。


暗闇の中、誰も言葉を発しない時間が流れた。


「……え、これで全部?」


ネモさんがぽつりと呟いた。


「多分そうだと思います。」


ミンディさんの火が弱まり、闇の濃さがまた戻る。


あたりは静まり返り、風の音すらない。

カルロさんが肩を竦めて笑った。


「いやぁ、まさか三班まとめて自滅するとは思わなかったよ。新記録じゃないか?」

「誰も傷ついてないのはいいことだ!」 


カロリーナちゃんが両手を上げて笑う。

その無邪気さに、皆つられて小さく笑った。


けれど俺は、まだ納得できなかった。

偶然にしては出来すぎている。


あの地割れ、他班がやったとしたら真っ先に俺たちの足元を潰すはずだ。

なのに俺たちを攻撃してきた班の足元を崩した。

それに、さっきの戦いで土の祝福を使っている人はいかったし、もしかして自然現象だったとか?

そういえば、カルロさんは戦いが始まる前に、足元に気をつけてって言ってた。

地割れが起こることを知っていたとか?


「カルロさん、あの地割れって、」

「うん?」


カルロさんが目を細める。


「僕の助言のお陰で落ちずにすんだね。」


そうカルロさんは目を閉じて、軽く風を起こして髪を整えた。

その風が砂を巻き上げ、沈黙を曖昧にしていく。


「テディー君とカロリーナちゃんは守れたし、上々じゃない?」

「残るは本命、だな。」


アルヴィン先輩が呟く。

「本命?」

「もう旗を持っている班だ。勝つには戦うしかないだろ。」


その言葉に、空気が少しだけ引き締まる。

ミンディさんが火を灯し直した。

テディー君の影が再び形を整え、上空の闇が完全に閉じた。


今回の学術戦がいつ終わるのかだって、地割れのことだって、カルロさんはなんでも知っている。

これも、彼の祝福なのだろうか。


「奇跡は三度も続くかな。」


カルロさんの声は、やけに軽く聞こえた。

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