25話 訓練場
学術戦まで残り一ヶ月を切ったある日。
俺たちは再びイリオス先生のコテージに集合し、丸い机を囲うように座っていた。
イリオス先生には、なんでここに集まるんだと小言を言われたが、ネモさんが無理やり押し通した。
「今日は本格的に準備を始める。全員、覚悟はできているな?」
奥の椅子に腰掛けたまま、アルヴィン先輩が言う。
いや、覚悟って言われてもこっちはまだ何するかすら分かってないんだけど。
「まずはルールの確認だ。」
そう言うとアルヴィン先輩は丸テーブルに大きな紙を広げた。
地図かと思ったら、学術戦で使う場所の全体図らしい。
「会場は三つの区域に分かれて、それぞれの区域に配置されてある何かを最後まで守りきった班が勝ち残りとなる。」
ふむふむ、つまり奪い合戦ってことか。
「まず何かを獲得する所からだが、もちろん簡単には奪えず、祝福を使って突破する必要がある。獲得しても他の班に何かを奪われたら取り返さなくてはいけない。」
「去年は単純に祝福の殴り合いだったのに、随分面倒になったね。」
「誰かが怪我でもして苦情でも入ったんだろう。」
正直祝福の殴り合いよりかは幾分かマシだな。
「じゃ、せっかくだし役割分担決めようよ!」
ネモさんが気を取り直して提案する。
これには俺たちも頷いた。
「俺が前衛をやる。剣で道を切り開くのが仕事だな。」
「じゃあ私は支援と指揮かな。一応水で防御もできるし。」
「僕はイリオスの機嫌取り。」
「いらん。」
遠くで聞いていた先生が秒で切り捨てるが、カルロさんは逆に満足げに笑った。
この人、スルーされると喜ぶタイプだよな。
「私は火の支援魔法で後衛を守ります。」
ミンディさんが真剣に言と、場が少し引き締まった。
「…私はあまり戦いには向かない祝福なの。支援ならできると思うわ。」
グレッタさんが少し迷いながらも答えた。
俺はというと。
「俺はほんの少しの地形操作で。…あと足止めとか、まあ、できる範囲で。」
「いいじゃんマシュー、それ絶対役立つよ。」
ネモさんが笑ってくれたので、ちょっと救われる。
「実地練習なら裏手の訓練場を使え。」
「イリオスは来ないのかい?」
「やることがある。」
「なんだ、残念。」
先生とカルロさんが軽く言葉を交わした後、俺たちはコテージを出た。
アルヴィン先輩に案内してもらい、訓練場に着いた。
初めてきた訓練場は校庭よりも一回り小さく、所々に木製の標的が立っていた。
とりあえず準備運動を終えて、最初の連携練習が始まった。
「まずは俺が攻撃役だ。」
アルヴィン先輩がそう言うと、風を巻き起こして木製の標的に突撃する。
その風圧で砂埃が舞い上がった。
「うわ、見えない!」
「なら水で落とせばいいでしょ。」
ネモさんが両手を振ると、霧のような水が辺りに広がり、舞っていた砂が地面に落ちた。
「俺まで濡れたんだが。」
アルヴィン先輩が文句を言うが、でもネモさんは知らん顔で笑っていた。
「訓練場なんだから多少濡れてもいいでしょ。」
「多少じゃない。」
そんな二人を横目に、ミンディさんが前に出る。
「じゃ、次は私が…っ!」
大きな炎が一瞬で広がり、標的どころか訓練場の半分近くを燃やしかける。
「ちょっとミンディ、強すぎ。」
「あ、ごめんなさい、加減がまだ…。」
カルロさんが腕を組んでミンディさんに皮肉っぽく指摘する。
慌ててネモさんが水を降らして鎮火させた。
残ったのは黒焦げの標的と、ぽかんと立ち尽くす俺たち。
「…練習になったな。」
アルヴィン先輩がぽそっとつぶやく。
「いや、なってないでしょ!標的消えたし!」
ネモさんが突っ込むと、ミンディさんは少し肩を落としてしまった。
「次はもっと小さくできるよう頑張ります。」
「いや、大きいのは強みだろ。俺が風で制御すればいい。」
アルヴィン先輩が言い、ミンディさんが少しほっとした顔をする。
それから何度か試していくうちに、少しずつ形になってきた。
「マシュー、次は足場頼む!」
「了解です!」
俺は地面を少しだけ盛り上げ、それを踏み台にしてアルヴィン先輩が標的に飛びかかる。
風の一撃で標的が宙を舞い、その隙を狙ってネモさんの水弾が命中する。
「今のタイミングめっちゃいいです!」
「でしょ?」
ネモさんが得意げに笑った。
なんか練習してたら、俺の祝福も段差ぐらい盛り上がるようになってきたし、結構いい感じかも!
「カルロさんとグレッタさんはやらないんですか?」
俺の問いに、カルロさんは軽く鼻で笑いグレッタさんは気まずそうに微笑んだ。
「僕は人を傷つけることは好まないからね。」
カルロさんは冗談を言い、ミンディさんは眉間を抑えていた。
ここの二人もいまいち関係性を掴めてないんだよな。
今度暇な時に聞こう。
「私は本当に戦闘向きじゃないの、ごめんなさい。」
「いやいや、謝ることないですよ!」
「グレッタさんの祝福って結局何なの?」
俺に慰められているグレッタさんに、ネモさんが聞く。
「私とお出かけしたら分かるかもしれないわね。」
グレッタさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
少しの休憩を挟んだ後、俺たちはまた訓練を始めた。
思いの外祝福の相性も良く、ネモさんの采配のおかげもあり様々な戦術が生まれていった。
因みに、カルロさんとグレッタさんは応援要員だ。
「いやー、頭使いすぎて疲れたー!」
なんて鼻の下を伸ばしながらネモさんは頭を掻いていた。
日が傾き始めた頃、あんなにあった標的はすっかり無くなり、俺たちは地面に座り込んだ。
「今日はここまでにするか。」
アルヴィン先輩の言葉に、全員がほっと息をつく。
「ふー、でもちょっと形になってきたね。」
ネモさんがタオルで額の汗を拭いながら言った。
「なんか疲れたな。」
「カルロ様は何もしてませんよね。」
今度はミンディさんがカルロさんに皮肉っぽく指摘したが、カルロさんは無視していた。
「明日もこの調子でやろう。」
ネモさんの締めの一言にミンディさんが真剣にうなずき、グレッタさんは少し考えるように視線を落とす。
俺も土だらけの手を見つめながら、次はもう少し上手くやりたいと強く思った。
学術戦までもうすぐ。
ここからが本番だ、そんな空気が班の中に少しずつ芽生え始めていた。




