23話 元婚約者
班の皆で集まると、自然と学術戦についての話の流れになった。
「どこかで座ってでも話すか?中庭で立ち話も疲れるだろ。」
ネモさんはアルヴィン先輩の提案に激しく頷いた。
「じゃあイリオス先生のコテージに行こうよ!あそこなら人も来ないし!」
「コテージに行きたかっただけですよね?」
「あ、バレた?」
俺の華麗なつっこみに、ネモさんはぺろっと舌を出してコテージに向かって歩き出した。
それにしても話し合いか。
俺まだミンディさんやカルロさんのことをあんまりよく知らないからちょっと気まずいな。
なんてことを思ってると、あっという間にコテージについた。
「ほら、入ろ!」
ネモさんがコテージの扉を押し開けると、木の香りがふわっと漂ってきた。
中は暖炉がついていて、いつもより落ち着く雰囲気だった。
「いやー、イリオスの家って聞いたら来ないわけにいかないよね!」
いつもの不思議な雰囲気とは違い、元気な様子のカルロさんが突然横から飛び出してきた。
絶対どこかで聞いてて待ち伏せしてただろこれ。
「⋯大所帯でどうしてここに来た。」
イリオス先生が眠そうな顔で奥の部屋から出てきた。
「まあまあ、大勢がいたほうが楽しいですし!」
「君たちは別にいい。一人出禁を言い渡したはずだが。」
イリオス先生はカルロさんを指さし、指をさされたカルロさんは肩をすくめていた。
「イリオスの笑顔のほぐし役ですよ。」
「ほぐす必要はない。」
即座に切り捨てられてて思わず吹き出してしまった。
俺とネモさんが顔を見合わせて肩を震わせてる横で、カルロさんは「先生のその冷たさがまたいいんだよねー」と勝手に盛り上がってた。
ほんと自由人だな、この人。
なんか先生方を見守る会の人たちと同じ雰囲気を感じる。
暖炉の前に丸いテーブルがあって、俺たちはそこに腰を下ろした。
メンバーは俺とネモさん、アルヴィン先輩、ミンディさん、そしてちゃっかり紛れ込んだカルロさんに、今回加わることになったグレッタさんだ。
「自己紹介でもするか。」
アルヴィン先輩が落ち着いた声で提案した。
班でまともに話すのは初めてだし、それが順当だろう。
「じゃあ俺からいきますね。マシュー・ペリー、一年です。祝福は土で…まあ、大したことはできないです。」
正直に言ったらネモさんが横でクスクス笑ってた。
反応がないよりかはまだいいか。
「じゃ、次は私かな。ネモ・コックスでネモって呼んでね!祝福は水です!あ、二年生です!」
「アルヴィン・ヒルディッド、二年だ。剣が得意だ。」
流石アルヴィン先輩、簡潔だ。
ネモさんが班長でいいんじゃない?ってからかっていたけど、本人は無視していた。
「ミンディ・トレットです。自分も二年生で、火の妖精の祝福を持っています。えっと、よろしくお願いします。」
ミンディさんは両手を胸の前でぎゅっと握って、勢いだけで押し切る自己紹介をした。
なんだかんだで場を和ませる空気を持ってるな。
そして順番がカルロさんに回った。
「僕はカルロ、三年だね。全然戦いに向かない風の祝福を持ってる。今一番気になっているのはイリオスかな。よろしく。」
「出ていけ。」
イリオス先生の冷たい声が飛んできたけど、カルロさんは自慢げだった。
なんだこれ。
そしていよいよ、グレッタさんの番になった。
淡い銀髪を肩に流し、背筋を伸ばして座っている彼女は、見た目だけなら完璧に上品なお嬢様だ。
「私は…。」
グレッタさんが話し始めた瞬間、コテージの扉が乱暴に開かれた。
「グレッタ!」
鋭い声が響いて、俺たち全員が振り返る。
そこに立っていたのは、副会長のロルフさんだった。
肩で息をしながら、怒りを隠そうともしない目でグレッタさんを見据えている。
「……っ」
グレッタさんが小さく震えた気がした。
イリオス先生が立ち上がり、グレッタさんを隠すようにロルフさんの前に立つ。
「ここは部外者が勝手に入っていいところではない。お引き取り願おうか。」
「俺はロルフ・コーネリアス。生徒会の副会長の俺に校舎内で立ち入り禁止となっている場所は学園長室しかないはずだが。」
副会長ってそんな権限持ってたのか。
ちょっと羨ましいかも。
なんて考えている暇もなく、コテージ内は一気に空気が張り詰めた。
「イリオスが出ていけって言ってるんだから出ていけば?」
「お前は…カルロか。問題児が何のようだ。」
「一応君の先輩なんだから、もうちょっと敬ってほしいんだけど。」
「ここまで敬えない年上がどこにいる。」
ロルフさんがカルロさんを見もせずに軽く切り捨てる。
「グレッタ、君はここにいるべき人間じゃない。戻るんだ。」
何だそれ。
まるで俺たちの班が野蛮人みたいな言い方だな。
「グレッタさんの意思で決めるべきだと思うんだけどな。ロルフ君もそう思うでしょ?」
ネモさんの言葉にロルフさんが小さく舌打ちをする。
「尚更話し合うべきだな、行くぞ。」
ロルフさんがグレッタさんの腕を掴もうとした時、手を軽く叩く音が聞こえた。
その時にはもうロルフさんは目の前から消えていた。
「…え?え、は?」
俺は困惑して何も言えなかった。
ネモさんたちも目を丸くしていたが、カルロさんだけ嬉しそうに目を輝かせていた。
「うるさい犬が消えたから、これで話し合いもできるだろう。俺は寝る。」
イリオス先生は目元をこすりながら奥の部屋に消えていった。
「…え、今のイリオス先生がやったんですか?」
「どうやって?!」
「風の妖精を使ったのか?」
俺とネモさんは必死に頭を捻り、アルヴィン先輩も考えているようだが、何一つとして分からないことしか分からなかった。
「とりあえず、グレッタ様とロルフ様って、」
ミンディさんの問いに、グレッタさんは困ったように微笑んだ。
「彼、私の元婚約者なの。」
「「ええー?!」」
俺とネモさんは驚いていたが、それ以外の三人は知っていたのか無反応だった。
俺たちは学術戦の話し合いどころじゃなくなって、そのまま解散となった。




