19話 教える理由
少し気が早いような気もするが、俺は学術戦に向けて勉強をしていた。
静まり返った自習室には、何度もノートをめくりながら頭を抱えている俺しかいなかった。
この問題、何かがおかしい。
どの公式を当てはめても絶対に答えが出ない。
これは伝説の解無しという問題なのでは…?
そんなとき、視界の端に影が現れた。
かじりつくように見ていた問題集から目を離して見てみると、そこには昨日初めて会ったばかりのカルロさんがいた。
「今年の一年生はこんな簡単な問題も解けないんだね。」
カルロさんの刺々しい言葉が俺の胸に突き刺さる。
「その問題はこの公式を使えばいい。貸して。」
カルロさんは俺からペンを奪い、どんどんノートに解説を書いていく。
正直言って、キャロル先生の授業よりも分かりやすいかも…。
「…これで解けるから。」
カルロさんはペンを置くと俺の向かいに座り、持っていた本を読み始めた。
「あ、ありがとうございます。」
もう俺のことが眼中に無いのか、こちらに一瞥もくれなかった。
かなり困惑したが、問題も解けたので万事解決だ。
次の問題も解こうとしたが、前の問題が解けなかったので当たり前に解けなかった。
「…すいません、ここの問題って、」
「教える理由がないよ。」
あまりにも冷たい言葉に、一瞬だけ頭が真っ白になった。
いやまあそうだよな、教える理由はないもんな。
…なら作ればよくないか?
ということで、勉強そっちのけでカルロさんの気を引く方法を必死に考えた。
まずは机の上の資料集をわざと散らかしてみたり、咳払いをしながらわざと本を落として拾ったりしてみた。
でもカルロさんは全く動じない。
そう、ほぼ石。
なら俺じゃないと思われればいいのではと思い、ネモさんの声真似で問題を聞いてみた。
「えっと、これってどうやって解くの?」
「さあ、分からないね。」
ただ俺が恥ずかしいことをしただけだった。
ネモさんの声真似したのに、こんな酷い扱いの事ある?
次はノートに様々な落書きを書いたり、ちょっと奇抜な図を加えたりした。
カルロさんは猫に羽が生えている落書きだけ一瞥して、また本のページをめくった。
…全然駄目じゃないか?
そもそもなんで俺ってカルロさんの注意を引こうとしてるんだっけ。
うん、勉強しよう。
机の上の散らばった資料集を整理し、勉強を再開する。
とりあえず問題を解くが、全く分からないということだけ分かった。
図を書いてみたり、ありえない推論を試していると、遂にカルロさんがノートを覗き込んできた。
カルロさんは少しだけ笑って本を机に置いた。
「多分アンタはこの学園でも上位を争う愚かさの持ち主だね。」
何が面白いのかは分からないし、何が興味を引いたのかも分からないが、カルロさんは問題集を最後まで解説してくれた。
それにしても辛辣だな。
「おお…!分かりました!ありがとうございます!」
「うん、人に感謝できるのはいいことだよ。」
カルロさんはペンを器用に回して暇を潰していた。
「普通に疑問なんですけど、なんで急に教えてくれたんですか?」
「僕、面白い人が好きだから。嫌いなのは面白くない人だね、例えばイリオスとか。」
「イリオス先生ですか?」
急にイリオス先生の話が出てきて思わず驚く。
「彼は全然面白くないから、僕が代わりに面白くしてあげるんだ。いいでしょ?」
「あ、はい、そうですね!」
代わりに面白くさせるってどうやってやるんだろう。
イリオス先生になって一発芸をするとか…?
「本当は学術戦の班の人たちの様子を見に来ただけなんだ。面白くなさそうだったらミンディに言って脱退する予定だったんだ。」
爽やかな笑みで結構やばいこと言うな、この人。
「…面白くなさそうでしたか…?」
カルロさんは間髪いれずに頷いた。
そこはちょっとぐらい考えるふりでもしろよ。
「まずネモ。彼女はいい意味で元気すぎるね、一緒にいたら疲れる。次にアルヴィン。彼は真面目だけど馬鹿だから救いようがない。そしてマシュー。」
あ、名前覚えてたんだ、ということにちょっとだけ感動した。
「君は単に馬鹿だ。でも僕の中では一番好みの馬鹿だ。」
カルロさんは時計を見ると椅子から立ち上がった。
「ミンディが来ると思うけど、無視していいから。」
そういってカルロさんは窓から颯爽と去っていった。
いや窓から出ていくんかい、という突っ込みも間に合わないほど間髪入れずに自習室に入ってきたのは汗だくのミンディさんだった。
「カルロ様のこと、見てないですか…?朝から、いなくて…。」
息を荒らしたミンディさんの問いに、俺は勉強を教えてもらった恩もあるので首を横にふって答えた。
その言葉を聞いて、ミンディさんは走って自習室から出ていった。
不思議な感じのカルロさんに、カルロさんの付き人のミンディさん。
学術戦が今から楽しみだ。




