1話 歩きやすい
「やっと着いた…!」
早朝に出発したというのに、気づけば鳥たちも騒がしい昼になっていた。
そんな中、オリエンス学園の周りはむせ返るほどの人混みに包まれていた。
流石入学式といった所だろう。
学園の門を通ると、不思議と地面が歩きやすくなった気がした。
それと同時に、一気に学生が俺のところに駆けつけて来た。
「君、新入生?!これ、部活のチラシ!良かったら見学に来て!!」
「おい!抜け駆けは禁止だろ!」
「そういうあんただって、新入生の腕掴んでるじゃない!身体接触も禁止って聞いてなかったの?!」
学生たちは口喧嘩をしながら、俺の手に次々とチラシを押し付けてきた。
数分して、ようやく人混みから抜け出すことができた。
「身体強化部に、お茶会部。競歩部に、先生方を見守る会…?」
貰ったチラシをざっと見て分かったことは、とりあえずやばい人たちの集まりということだけだった。
というか、
「…完全に迷った…。」
人混みから抜けようと必死だった事もあり、周りを全く見ずに移動してしまっていた。
これは完全に俺の落ち度だ。
とりあえず歩こうと覚悟を決め、大量のチラシを鞄にしまってから歩き出す。
煉瓦で綺麗に舗装された道に、煉瓦で建てられた大きな建物。
少し歩けば噴水につき、もう少し歩くとまた噴水につく。
向かって左側には延々と建物が続き、右側には等間隔で噴水が並んでいた。
いやどんな設計ミス?
「…おい。ここで何をしている。」
急に話しかけられたからか、声の主と勢いよく距離をとってしまった。
振り向くと、そこには白衣を着た青年が立っていた。
「新入生か?」
俺に問いかけた人物は、怪訝な顔で俺の荷物を見て、あ、新入生か。と納得したような顔をしてみせた。
「生憎馬鹿と喋っている時間はない。ここをもう少し歩くと大きな広場に出る。そこにいる生徒に話しかけろ。」
何も声を出さない俺にしびれを切らしたのか、勝手に話し始め、勝手に去っていった。
いやなんだったんだあの人は。
俺の事急に馬鹿って言ってきて、命令し出したぞ。
身なりからして生徒ではなさそうだったし、とりあえず彼の言うことを聞くとしよう。
そしてまた数分ほど歩くと、彼の言う通り、大きな広場についた。
「あ、新入生?迷っちゃった感じ?」
広場にいた制服を着た少女が俺に話しかけてくる。
「迷っちゃうよねー、分かる。私も初めてここ来た時はめっちゃ迷ってさ!その時助けてくれたイリ、」
「おいネモ、そのよく回る口を止めろ。新入生が驚いている。」
ネモと呼ばれた少女のすぐ後ろには、ガタイの良い青年が立っていた。
「あ、いえ。お構いなく。」
「ほら!新入生も大丈夫って言ってる!」
「お前は本当に…。」
青年は眉間に皺を寄せると、少女から俺に目線を移した。
「アルヴィン・ヒルディッドだ。案内しよう、新入生。ついてきてくれ。」
その言葉と同時に青年はこちらを見ずに歩き出した。
「あ、先越された!私はネモ・コックス!よろしくね、新入生くん!ネモって呼んで!」
少女、ネモさんは俺の手を引くと、青年の後を追いかけた。
思わず俺も早足になる。
「あーるゔぃーん。自己紹介下手すぎ!もっと優しく行かないと!というか新入生くん、名前は?」
ネモさんは言動から見て活発な少女なのだろう。
茶色い髪を高く結び、目の色と同じ赤い髪飾りをつけていた。
「あ、マシュー・ペリーです!」
「じゃあマシューだ!よろしくね、マシュー!」
そしてネモさんは繋いでいる手をぶんぶんと振り回した。
アルヴィンと名乗った青年が歩みを遅くしながら、俺に話しかける。
「それで、ペリーはどうしてあんなところにいたんだ。」
「ペリーじゃなくてマシューね!ほら!」
「…ペリー、」
「ま、しゅ、う!」
彼はまた眉間に皺を寄せ、俺の方を少しだけ見た。
あれは、助けを求めている顔なのか…?
全くわからん…。
そもそも俺的には呼び名はどっちでもいいんだが…。
諦めたのか、彼はまた口を開いた。
「…マシュー。この学園の広さは、慣れるまでに時間がかかる。あまり無闇に歩き回らない方が良い。」
あ、普通にアドバイス。
「ありがとうございます、アルヴィン先輩。」
「え、先輩っていいなー!今からでも遅くないし、私もネモ先輩って呼んで貰おうかな…」
「ネモ、無駄口を叩く暇があるなら余興でも見せてやったらどうだ。」
「余興って何よ!あれは立派な特技なんだから、やたらめったら人に見せるもんじゃありませーん!でも…、」
ネモさんは俺に顔を近づけると、にんまりと笑った。
「…見たい?」
「おい、主語が抜けてる。」
「アルヴィンうるさーい。ね、見たい?」
「は、はい。」
何を?という問いも出来ないほど、ネモさんからはある種の圧を感じた。
俺の同意に満足したのか、ネモさんは俺から手を離し、指先をくるくると回し始めた。
「見せるのはマシューで三人目なんだから、しっかり目に焼き付けておくんだよ?」
そしてネモさんはくるくると回る指先に綿菓子を作るみたいに水を巻き付かせていった。
指周りを回る水はやがて綺麗な球体になった。
球体は林檎ほどの大きさになると、石鹸玉のように割れ、そこから兎や猫の形をした水の塊が出てきた。
しばらくすると動き回っていた兎たちも小さくなっていき、最終的には先ほどの球体のように割れた。
「…すごい…。」
にわかには信じがたかったが、今になって確信を得た。
昔から王族や貴族は魔法が使え、その魔法が平民でも使えるようになるのがこのオリエンス学園だと噂されていた。
魔法なんて平民には手の届かないものだと思っていたが、俺はどうしてもそれに憧れていた。
だからオリエンス学園に入ったのだ。
「俺にも!俺にも出きるようになりますか?!ネモさんみたいに、水を操ったり!」
俺の勢いに驚いたのか、アルヴィン先輩とネモさんは顔を見合わせた。
「マシュー、この学園の門を通って一番最初に感じたことは?」
「え?」
唐突なアルヴィン先輩からの問いに、思考を停止する。
「いいからいいから!暑いなーとかでもいいから!」
急になんのことだろうと思ったが、聞かれたので頑張って思い出してみる。
人が多い?
いやそれは門を通る前か、
「…歩きやすいなー…って?」
「どんな感じで歩きやすかったんだ?」
「いや、なんか、地面が靴みたいな。いやどういうことだこれ、」
「マシューくん。」
ネモさんが俺の両肩に手を置く。
そして生暖かい目で見つめられた。
「君に水を操るのは無理だ。」
「え?!」
「そろそろ入学式の会場に着くからな。茶番はそこまでにしておけ。」
「茶番じゃないしー。」
「あの、ネモさん。どういう意味で、」
「ん?どうしたの?どっか痒い?」
「いやそうじゃなくて、」
「頭痛い?」
「いやあの、」
ネモさんみたいにはなれないってこと?
じゃあ俺はどうしてこんな努力してこの学園に来たんだよ…。
人の数も増えてきて、ようやく会場に近づいてきたんだなと実感する。
いやそんなことより、魔法が使えないってどういう、
「マシュー、ここで一旦お別れなので、最後にネモ先輩からありがたいお言葉を授けよう。」
アルヴィン先輩はまた始まったと言わんばかりに目を細めた。
「水は無理でも他ならいける!以上!」
ネモさんは俺の向こう側に視線をやるとニコニコの笑顔で、せんせーい!と叫びながら去っていった。
「いや、どういうこと!アルヴィン先輩!っていない!」
ネモさんの隣にいたはずのアルヴィン先輩もいつの間にかいなくなっており、俺は会場に一人取り残されたのだった。
「はーい、新入生はこっちねー。」
案内係の人にされるがままで案内され、席に着席する。
正直言って俺の頭の中は?マークでいっぱいだった。
そして数分後、入学式が始まる。