18話 仲間探し
「そういえば、そろそろ学術戦の時期だな。」
授業中にキャロル先生が話し始めた。
「学術戦ってなんですか?」
「良い問いだ、サッチ!」
キャロル先生は嬉しそうに眼鏡をくいっとした。
あの動きはよくない。
あの動きが出るときは、長話の合図だ。数週間教わってきた経験から、俺にはわかる。
「学術戦とはな、全学年が学力と祝福を競う戦いなんだ!三人から六人で班を組み、優勝した班はとんでもなく良いことが起きるんだ!そして…。」
「そして…?」
俺たちが固唾を飲んで見守っていると、キャロル先生はまた眼鏡をくいっとした。
「…これはまだ言ってはいけないんだった。授業の続きをするから、教科書を見てくれ。」
「「えー!」」
俺とサッチの嘆きの叫びも無視され、授業は進んでいった。
「…ということだったんですよ!」
放課後、俺は廊下でネモさんたちと話していた。
「学術戦かー。あれあんまり得意じゃないんだよね。」
ネモさんは唇を尖らせて文句を言っていた。
「試験超絶難しいし!」
「学は分かるんですけど、術はどうやって競うんですか?」
俺の問いにはアルヴィン先輩が答えてくれた。
「班同士で戦うんだ。戦意喪失か気絶をさせた方が勝ちだ。」
「ずいぶんと血気盛んですね…。」
「ああ。だから貴族はかなりやりたがる。」
「やりたがるんですか?!」
体に傷がつくから嫌みたいな感じかと思ってたのに。
「祝福を上手く扱えるのは妖精に愛されている証拠だ。学術対抗戦はそれを見せつける場だからな。」
「なるほど…。」
「嫌だったら出なくてもいいんだよ。裏方になって学術戦を支えるんだ。」
「更になるほど…。」
ネモさんは指先から水を出すと動物を作り始めた。
「私は祝福があんまり派手じゃないから、試験の方を頑張るしかないんだよね。因みに去年は学年で八位でした!」
「え?!」
「なによその、え?!って。」
「いやてっきり、」
てっきりネモさんはあまり勉強が出来ないのかと…。
「てっきり?」
「何でもないです。」
「うんうん。アルヴィンくんは試験の成績どうだったんですかー?」
ネモさんがにやにやしながらアルヴィン先輩を見る。
「いやいや、アルヴィン先輩のことですから、上位十人くらいに入ってるんじゃないんですか?」
アルヴィン先輩は全てを諦めたような聖母の微笑みで遠くを見つめた。
「下から数えて十番目だ。」
「……あ、なんか、すいません。」
アルヴィン先輩ってめっちゃ頭いいと思ってたけど、実は違ったんだな…。
ネモさんとアルヴィン先輩の学力が想像と真逆だったとは…。
「去年は同級生の子と四人で班を組んだんだけど、優勝候補に当たっちゃってさー!初戦敗退だよー。」
「ロルフ様なら俺も準々決勝で当たった。」
「ロルフ様?」
ネモさんは手で僕の口を覆い、首を勢いよく横に振った。
「名前は呼んじゃだめ。殺されるよ。」
「ころはれるんでうか?!」
「ネモ、マシューが喋れていない。」
「あ、ごめんごめん。」
アルヴィン先輩は小さくため息をついてからネモさんの頭を小突いた。
「大臣の息子で、生徒会の現副会長だ。」
「なかなかのハイスペックですね…。」
「それに頭脳明晰で祝福の扱いにも長けている。」
「やばいよねー。」
そりゃ優勝候補になるわけだ。
俺もあと二年ぐらいしたら後輩にこれぐらい言われないかな…。
「ていうか、今年みんなで同じ班にならない?!」
「俺はいいが。」
「俺もです!」
ネモさんは嬉しそうに飛びはね、なんなら一回転もした。
「だが、三人は少し危うくないか?後一人はほしい所だが、」
「イリオス先生でも誘いますか?」
「先生は流石にだめでしょ。」
三人で首をひねるが、良い案は全く思い浮かばない。
「仲間探しの旅にでも出る?皆もう班を作り始めてるだろうし。」
「そうだな。噴水広場にでも行くか?この時間は人がよくいる。」
「じゃあ出発ですね!」
そうして俺たちは足並みを揃えて噴水広場に向かったが、時既に遅しという感じだった。
「結構組んじゃってるね。」
「出遅れたか。」
また三人で首を捻ったが、良い案は浮かばなかった。
「…一旦イリオス先生のとこ行く?」
「…そうですね!悩んでいても仕方がない!」
「イリオスに会いに行っても何にもならないだろ…。」
思考を放棄し、俺たちはイリオス先生のコテージに向かった。
「イリオス先生ー!お暇ですかー!」
ネモさんが勢いよくコテージのドアを開けると、そこにはイリオス先生と二人の生徒がいた。
「ああ、イリオス先生。お客さんですよ。」
赤毛の青年は俺たちを見てつまらなそうにため息をつくと、またイリオス先生に向かい合った。
「ではまたお話ししましょう。」
青年は俺たちを横目で見ながらコテージから出ていった。
もう一人の生徒は残されたことに戸惑っているのか、慌てたように辺りを見ていた。
「…あれ、ミンディ?」
「ネモ様…!」
ミンディと呼ばれた少女はネモさんに駆け寄り熱い包容を交わしていた。
「ミンディ、イリオス先生に用でもあったの?」
「あ、自分ではなくカルロ様が、」
「その男に伝えておけ。俺は君と話すつもりはないとな。」
イリオス先生はミンディさんに言伝てをして、二階に消えていった。
「カルロってさっきの男?」
「はい、正直お二人が何を話していたのかはさっぱり分からなくて…。」
ネモさんは何かを思いついたように手を叩き、俺とアルヴィン先輩の方を見た。
「ね、ミンディ誘ってもいい?」
「その心は?」
「頭がめっちゃ良い。戦闘力も高い。」
「よし。誘ってこい。」
「どんどん行っちゃってください。」
「ありがと!」
ネモさんの友達なら良い人だろうし、断る理由がないしな。
ネモさんはミンディさんの手を取った。
まるで今から告白をするかのような雰囲気だった。
「学術戦、一緒の班にならない?」
「あ、もちろんです!ですが自分、カルロ様と同じ班でなければならないので、カルロ様も一緒でよろしいでしょうか?」
「全然いいよー!…いいよね?」
「「もちろん」」
でも、カルロさんと同じ班じゃなきゃいけないなんて、何か深い理由でもあるのだろうか。
まあ、人様の事情に首を突っ込むのはよくないし、考えるのはここまでにしよう。
ミンディさんは俺たちに別れを告げて、カルロさんを追いかけにコテージから出ていった。
「班は五人集まったし、いい感じじゃない?」
「ですね!」
「学術戦は一学期丸々使うんだよね。前半は試験で、後半は試合かな。」
アルヴィン先輩は試験という言葉にあからさまに嫌そうな顔をした。
「…勉強会かな?」
「本当に無理だ。」
「よし!マシューいつ暇?」
「いつでも大丈夫です!」
「いい子だねえ!」
次の瞬間、アルヴィン先輩が俺の肩に手を置いてきた。
「頼む、マシュー。俺に勉強を教えてくれ…。」
「俺アルヴィン先輩の一個下ですよ?!」
学術戦より、先にアルヴィン先輩の戦いが始まりそうだった。