15話 可愛かったな
「私たち、ヤーリュカさんとお話をしに来たの。」
アルアさんの声は優しくて、けれど芯があった。
「…話なんて、しなくていい。どうせ、私のこと変だって思ってるんでしょ。」
ヤーリュカさんの声は震えていて、俺たちに顔を見せようとはしなかった。
「変って、なんで?」
サッチがぽつりと呟いた。
さっきまで俺の後ろに隠れてたくせに、急に前に出てきたのは多分、何か伝えたかったんだと思う。
「俺は、そんな風に思ったことなんて一度もない。妖精がどうとか、家柄とか、そんなことで俺らは誰かを決めつけたりしないよ。」
「でも、」
「でもじゃない。」
今度はミューンさんが前に出た。
「私、ヤーリュカさんが困ってるなら力になりたいです。焦ってるのも、不安なのも、全部ちゃんと話してくれれば、受け止めますから。」
言葉が、真っ直ぐだった。
俺は何も言えなくて、でも、なぜかその言葉に背中を押されて、一歩前に出た。
「俺、あんまりうまく言えないけどさ。ヤーリュカさんが俺たちを避けるたびに、なんか距離ができる気がして、寂しかった。」
「……寂しかった?」
ヤーリュカさんが小さく反応した。毛布の隙間から、少しだけ顔が見えた気がした。
「うん。もっといろんな話をしたかったし、一緒に笑いたかった。あのさ、俺たち、友達だよな?」
「…友達。」
毛布の中で、ヤーリュカさんの肩が小さく揺れた。
「…違うの。私、あなたたちに嫌われたくなかっただけなの。」
「…え?」
「家でも、うまくやれてなくて、お姉ちゃんはあんなに完璧で、成績もよくて、人気もあって。私、お姉ちゃんに比べたら全然ダメで、せめて他の人の前ではちゃんとしたくて。なのに、ちょっとでもうまくいかないと、自分でも嫌になる。」
初めて聞く、ヤーリュカさんの本音。
その声は震えていたけど、真っ直ぐだった。
「でも、変に気を張って、強がって、それで…どんどん皆と距離ができちゃって。」
「…それを、俺たちに言ってくれればよかったのに。」
思わずそう言ってしまった。
「言えないよ…。だって、情けないじゃない。私、家族とは違う土の祝福のこと、嫌いだったし…。本当は水がよかった。お姉ちゃんと同じで、そしたら、もっと認めてもらえたかもって思ったし、」
「でもさ、それって誰かと比べてるだけで、ヤーリュカさんの力がダメってことにはならないよ。」
アルアさんが優しい声で言った。
ミューンさんもヤーリュカさんのことを真っ直ぐ見て喋り出す。
「私、花を育てるのが好きなんです。水も大事だけど、土の加減が一番難しいって、お母さんが言ってました。」
「うん。植物だって、根っこがないと育たない。」
俺も思わず頷いた。
「それに、土の祝福を持ってる人って珍しいし、だからこそ、ヤーリュカさんにしかできないことがあると思う。」
「……でも、怖いよ。」
ヤーリュカさんが、ぽろりと涙をこぼした。
「私がこのままでいて、皆に嫌われたらどうしようって…。それが一番、怖かった。」
その言葉を聞いたとき、俺たちは自然と動いていた。
「嫌うわけないだろ!」
サッチがヤーリュカさんの肩を掴んだ。
その弾みに毛布が落ち、ようやく俺たちは本当のヤーリュカさんと目があった気がした。
「そんなんで嫌う奴は、そもそも友達じゃない!」
「そうです!私はヤーリュカさんのこと、ちゃんと見てたつもりです。真面目で、頑張り屋で、ちょっと不器用だけど優しいところも、全部。」
「私も同じ気持ちです。」
アルアさんがそっと手を差し伸べる。
「ねえ、ヤーリュカさん。もう少し、私たちのことを信じてくれませんか?」
しばらく沈黙が流れた。
ヤーリュカさんは黙ったまま、目を伏せていたけど、やがて静かに立ち上がった。
「…皆、優しすぎる。」
「そりゃ、ほら、その…友達だし。」
俺がそう答えると、ヤーリュカさんは、少し笑った。
「…ごめんね、私、変な意地張ってた。」
「それを言いに来たんだろ、俺たち。」
「それに、紅茶も買ってきたし!」
アルアさんが紙袋を差し出すと、ヤーリュカさんは驚いたように目を見開いた。
「え…? それって、」
「庶民の茶葉ですけど!」
ミューンさんが慌てて補足すると、ヤーリュカさんはついに声を出して、笑った。
「ふふっ、なにそれ。…でも、ありがとう。」
その笑顔は、さっきまでの曇った表情とはまるで別人で、明るくて、少し照れてて。
俺もなんだか恥ずかしくなって顔をそらしてしまった。
「淹れてくる。待ってて。」
紅茶の缶を受け取り、ヤーリュカさんは奥の扉へ消えていった。
その背中は、もう毛布に隠れてはいなかった。
紅茶を囲んで、俺たちはいろんな話をした。
勉強の話。
姉のラーシェルさんの話。
そして、自分のこと。
「私、やっぱり焦ってたんだと思う。お姉ちゃんの背中を見て、自分が何にもできてない気がして……でも、比べるのやめようと思う。」
ヤーリュカさんは、そう言って俺たちを見た。
「私には、私の道があるって、今日分かった気がする。」
その言葉に、皆がうんうんと頷く。
「それに、皆がいてくれるなら……大丈夫だって思えた。」
「当然でしょ!」
サッチが肩をバンと叩いて、ミューンさんが「乱暴です」と軽く怒って、アルアさんが「でも、嬉しいです」と微笑んだ。
俺は、なんだか胸の奥が温かくなって、ただ一言、言った。
「これからも、よろしく。」
ヤーリュカさんは、ほんの少し照れながら、でもしっかりと頷いた。
「うん。よろしく。」
こうして、俺たちはちゃんと友達になれた。
「あと、迷惑かけてごめんなさい。あの時は、」
「いいっていいって!あの話は今日からしたら駄目、な!」
サッチはヤーリュカさんを見て微笑んで紅茶を飲み、上手い!と大声を出した。
「ヤーリュカさん、紅茶淹れる才能あるよ!」
「紅茶は初めて淹れたけど、そう言ってもらえて嬉しい…。」
俺も一口飲んでみる。
うん、庶民用の紅茶というのもあって、飲み慣れていて、温かい。
「そういえば、ラーシェルさん!ヤーリュカさんに似てて可愛かったな!」
サッチの何気ない一言が、ヤーリュカさんを襲った。
顔を真っ赤にして、ようやくとった毛布をもう一回被ってしまった。
焦るサッチとは裏腹に、俺とアルアさんたちはどこか微笑ましい気持ちで見ていた。
「ヤーリュカさんが可愛いからラーシェルさんも可愛いという意味なのか、それともラーシェルさんに似てるからヤーリュカさんも可愛いのか。」
「どっちとも取れるからよくないですよね。」
二人の言葉に俺は頷く。
「まあ、幸せになってくれとしか言いようがないな。」
俺の言葉に二人は笑い、サッチはまだ狼狽えていた。
それから俺たちはヤーリュカさんの家ともおさらばし、学園へ歩いて戻った。
「馬車でもよかったのにな。」
「こういうのは歩くのが大事なんです!お菓子も食べちゃいましたから!」
サッチの垂れ流し文句をアルアさんがせき止める。
「俺、ヤーリュカさんのことちょっと怖かったんだよな。すぐ睨んでくるしさ、」
春の暖かい風が横を通りすぎる。
サッチは言いたいことを言葉に出来ないのか、首を捻っていた。
「でもさ、ほら…やっぱこの話終わり!」
急に勢いよく走り出したので、俺も後に続く。
アルアさんたちも走り出し、全員で学園まで競争ということになった。
校門ではキャロル先生が俺たちを待っており、なぜだか分からないが嬉しそうに微笑んでいた。