13話 ちょっといいですか?
オリアナさんとお別れして次の日の授業。
眠い瞼を擦りながら、何を言ってるかさっぱり分からないキャロル先生の授業を聞く。
「そろそろ座学にも飽きてきた頃だろう…。」
キャロル先生がチョークを置いて椅子に座る。
「ということで実技だ!諸君、外へ行こう!」
半分ほどしか開いてなかった瞼が完全に開眼し、隣の席のサッチと喜びを分かち合う。
「神回きた!!!」
「早く外行こうぜ!!!」
盛り上がりに盛り上がって、教室を飛び出していく俺たちを、女子組は呆れた目で見ていた。
校庭に着いた俺たちに、キャロル先生は話を始める。
「今日はペアワークだ。今回の実技でペアになる必要性は無いが、やはり同級生と仲を深めるのは大事だからな。」
じゃあサッチと、
「因みに、あまり話したことのないやつと組むように。余ったやつは先生となー!」
なんという縛りをつけたんですか。
横目で女子組を見ると、ヤーリュカさんは心底嫌そうな顔をしていた。
ヤーリュカさんはちょっと怖いんだよな…。
ここは一番優しそうなアルアさんとか、
「あの、サッチくん。一緒に組んでもらえますか?」
「え、あ、俺?もちろん、やろうぜ!」
サッチ…そりゃお前はモテるよな…。
俺が女子でもお前を選ぶもんな…。
「…私、先生と組みます。」
ヤーリュカさん、そんなに俺と組みたくないのかよ…。
避けられる理由も分からないから、余計に堪えるな…。
じゃあ残ったのはミューンさんか?
「えっと、よろしくね。ミューンさん。」
「あっ、はい、よろしくです。」
ミューンさんってあんまり人と喋ってる印象ないから、何喋ればいいかまじで分かんないな。
目元も前髪に隠れちゃって全然見えないし。
「よし、組んだなー。じゃあ早速祝福使ってくぞ。お腹に力を込めてみろ。」
これはネモさんに教わったことあるから出来るはず!
深く深呼吸をして、お腹に力を込める。
「あんまり込めすぎるなよー。脱糞した先輩いたからなー。」
「脱糞?!」
サッチの馬鹿でか声と共に、ヤーリュカさんの舌打ちが聞こえた。
すんません…とサッチは肩を縮ませていた。
いやでも脱糞か…。
どんだけ気張ったんだろうな…。
ちょっと気になるかも。
「一番乗りはミューンか。」
脱糞の話に気を取られていたが、ミューンさんがいつの間にか祝福を使っていた。
ミューンさんの足元に生えている雑草がどんどんと成長していってるのだ。
「おお!すごいね!君は妖精と仲がいいんだね。」
「あっ、いえ、そんな、全然、私みたいなのがすいません、」
…ミューンさんって、人と話すのにあまり慣れてないのかもしれないな。
だとしたらあまり話しかけない方がいいな。
次に祝福を使えたのはサッチで、その次が俺で、アルアさんも成功させていた。
だが、ヤーリュカさんは授業が終わっても祝福を使えていなかった。
「ヤーリュカは何をそんなに焦っているんだい?集中して体に意識を向けて、」
「…やってます。」
「大丈夫大丈夫。ヤーリュカさんならできるって、」
「あなたは黙ってて!」
その声に、その場にいた全員の動きが止まった。
ヤーリュカさんは自分の言った言葉に驚いたのか、少し黙っていた。
何か声でもかけた方がよかったのかもしれないが、正解が分からなかった。
「…体調が悪いので帰ります。」
そのままヤーリュカさんは校舎の中へと入っていった。
「お、俺のせい…?」
「サッチの問題じゃないよ。彼女の未熟さが原因さ。」
キャロル先生は小さくため息をつくと、眼鏡のレンズを拭き始めた。
「祝福を扱うにはね、力を貸してくれている妖精を信じなければいけないんだよ。彼女はそれが出来ていなかった。」
眼鏡を拭き終わり、キャロル先生も校舎に向かって歩き始めた。
「ヤーリュカは自身に宿る妖精が嫌いなんだよ。」
「それは、何でですか?」
アルアさんが聞くが、答えは返ってこない。
「三年生に、彼女の姉がいる。その人の所に行けば分かるかもね。」
キャロル先生は去り、この場には四人しか残されていなかった。
「…えっと、三年生の所に行けってことだよな?」
サッチが沈黙を破り、それにアリアさんも続く。
「うん。それに、今のヤーリュカさんを放っておけないもん。」
ミューンさんも激しく頷き、俺たち四人で三年生の階に行くことになった。
三年生の所に向かっている最中もサッチは先ほどの言葉を悔やんでいたので、とりあえず励ましておいた。
「とりあえず来たけど、どの人がヤーリュカさんのお姉さんなんだろう。」
アルアさんが辺りを見回すが、それっぽい人は見つからない。
「ヤーリュカさんの名字は?」
「ゲーナインだよ。」
「よしきた。せんぱーい、ちょっといいですか?」
サッチは廊下にいた三年生に声をかけ、そのまま喋り始めた。
「私、サッチさんのような明るい人には絶対になれません…。」
ミューンさんの言葉に深く同意する。
「お姉さん、このクラスにいるらしい。黒髪の、髪の毛結んでて、とりあえず周りには人がいるっぽい。」
サッチくん、俺は君を深く尊敬するよ。
その明るい性格は、やがて世界を救うだろう…。
「あの人じゃない?ほら、机に座ってる人。」
アルアさんがもう見つけたらしく、教室の中を指差す。
机に座ってる人は、確かに言われてみればヤーリュカさんの面影があった。
「すいません、ゲーナイン先輩って呼べますか?」
サッチはいつの間にかそこら辺にいた先輩に声をかけ、お姉さんを呼んでいた。
お姉さんがこちらに気付き、怪訝な顔をしながらも近づいてきた。
「どうかした?」
「その、少し話しませんか、お茶でも飲みながら。」
あの時のサッチの渾身のキメ顔を、俺は生涯忘れることはないだろう。