12話 弟の力…!
午前の授業が終わり、昼ご飯を食べに食堂へ向かおうとしたところ、サッチが話しかけてきた。
「今日の午後、隣国から使節団が来るらしくて市街地で結構な規模のパレードやるらしいんだよ。見に行かね?」
今日の午後はオリアナさんの旦那さんを見るという使命があるけど、パレードも見たいかもしれない。
「行けるか分かんないけど、行く気はある。」
「それ来ないってことじゃん。まあ、他のやつ誘うけどさ。」
もう遊びに誘える同級生がいるのか?
俺なんて交友関係絶賛鎖国中だから、同い年で仲良いのサッチしかいないのに…。
ブルーな気分の俺を置いていき、サッチはどこかに行った。
とりあえず食堂に行こう。
ネモさんは既にご飯を食べ始めており、俺も後に続く。
「オリアナさんの旦那さん、本当に来るのかな。」
「自分の配偶者を探さないほどやばい人だったらどうしましょうかね。」
「オリアナさんの旦那さんに限ってそれはないでしょ。」
ネモさんよりも後に食べ始めた俺が先に完食し、男の子の胃は大きいねぇとお婆ちゃんのような事を言われた。
ネモさんも食べ終わったので、早速コテージに向かう。
コテージが見え始めるとなんだか中から音が聞こえる気がしたが、気のせいだろう。
「…ねえマシュー、なんか騒がしくない?」
気のせいじゃなかったですね。
「たのもー!」
ネモさんが勢いよくコテージのドアを開けると、そこには疲労困憊の顔をしたイリオス先生と、一人の男性がいた。
「調べたから分かっているんだ!君がオリアナを攫ったんだろ!」
「だから違うと言っている…。」
あの男性がオリアナさんの旦那さんなのだろう。
急いでここに来たのか、紺色の髪の毛も服装も乱れていた。
「誰だ君たちは!」
俺たちに気付いたのか、男性がイリオス先生から視線を外す。
イリオス先生はソファーに身を投げ出してそのまま寝た。
「生徒のネモです。」
「同じく生徒のマシューです。」
「そんなことはどうでもいいんだ。」
アンタが先に聞いてきたんだろ。
「オリアナを知らないか?私の妻なんだ。置き手紙を残して出ていってしまったから、いてもたってもいられなくて、」
「どうしてここにいるって分かったんですか?」
「もちろん、オリアナの体にちょっとした細工を施しているからだよ。」
ネモさんの質問にここまで変態度の高い回答を出来るなんて、こいつはただ者じゃない。
「さあ、オリアナを出してもらおうか!」
男性はソファーに突っ伏しているイリオス先生の体を揺さぶり続けたが、イリオス先生は断固として起きる気配がない。
というか寝たふりだろ、あれ。
「えっと、オリアナさんを探せばいいんですか?」
「オリアナを気安く名前で呼ぶな。」
じゃあどうすればいいんだよ。
こっちは名字教えてもらってないんだよ。
「部屋の中とか探したんですか?」
「家主が許可を出してないのに探すわけないだろう。君は馬鹿なのかな。」
めっちゃ無意識に煽ってくるな。
でも一応倫理観はあるようで安心。
「じゃあ俺たちで探しますか。どっかで寝てるとかあり得そうだし。」
「そうだね。じゃあ私二階探すから、マシューは一階お願いね。」
そう言って、ネモさんは二階へ続く階段を上がっていった。
いやこの人とほぼ二人っきりの状態にしないでくれ。
イリオス先生はいないようなものだし。
とりあえず男性の早く探せよの圧がすごいから探すとしよう。
とりあえず近くにあったドアに手をかけようとしたら勝手にドアが開き、中からオリアナさんが出てきた。
「マシューさん?昨日ぶりね。」
先ほどまで寝ていたのか、オリアナさんは瞼を手で擦りながらあくびをしていた。
うーん、めっちゃいたな。
逆に今までの騒ぎで起きなかったことが奇跡かもしれない。
「オリアナ!」
「あれ、エド?どうしてここに?」
「君を迎えに来たんだよ。すまない、一人にさせてしまって。」
エドと呼ばれた男性は優しくオリアナさんを抱きしめた。
まさに感動の再会という感じだろう。
「一人じゃないわ。イリオスと夜更かしして色々お話したもの。」
「イリオスって誰?女の子?」
「男の子。」
「殺す。」
まてまてまて、感動の再会どこ行った。
ここからお互い涙を流しながら愛を語り合うんじゃなかったのか。
既にエドさんの淡い水色の瞳は人殺しの目をしていた。
「君、イリオスとは誰だ。」
「いやー、俺にはちょっと分かんないっすね。」
流石に先生は売れない。
命に代えてまでは無理ですが、できるだけ守りますよ。
「あ、オリアナさんいたんですね!イリオス先生、オリアナさんいましたよ。」
二階から降りてきたネモさんが、イリオス先生に話しかける。
はい俺の努力は水の泡。
「オリアナに手を出していたら骨も残さず消し去る…。」
エドさんはやばいこと言ってるし。
「やっぱり弟と水入らずで話すのって楽しいわね。次はエドも混ざるかしら?」
「…弟?君の弟ってもっと若くなかったかい?」
「この子は特別なの。」
「語弊がある。弟ではなく親族だ。」
あ、起きた。
「親族ならもっと早く言ってくれればよかったのに。なあ、弟くん?」
さっきまでイリオス先生に向いていた殺意が一気に消えて、急に馴れ馴れしくなったぞ、この人。
これが弟の力…!
「じゃあ私たちの愛の巣へ帰ろうか、オリアナ。」
「私もう少しイリオスと喋ってから帰るわ。先に帰ってて。」
「弟くん、立場は弁えよう。」
手のひらがすぐひっくり返るな、この人。
ネモさんはもう飽きたのか、ソファーに座っているイリオス先生の髪の毛をいじっていた。
「じゃあ私の用事が終わったらすぐに迎えに来るから、それまでここにいるんだよ?」
返事とエドさんに聞かれ、オリアナさんは微笑みながら頷く。
それからエドさんは名残惜しそうにコテージから出ていった。
エドさん、ちょっとやばい人だけど、ちゃんと夫婦仲がよさそうで安心した。
「急に静かになったね。」
「騒がしいやつだ。二度と会いたくない。」
「会っても年に数回とかでいいかもです。」
俺たちがエドさんに対する感想を言い合っていると、オリアナさんが今まさにコテージから出ていきそうになっていた。
「ちょ、迎えに来るって言ってたじゃないですか!」
「いつも迎えに来てもらってるから、今日ぐらいは私が迎えに行ってあげないとじゃない?」
ずいぶんとお洒落な言葉だ。
俺も誰かを迎えに行くときに使うとしよう。
「マシューさん、お花のお金は今度正式に返すわ。ネモさん、貴女可愛いんだからもう少し自信を持って。それからイリオス。」
オリアナさんの藍色の視線が、イリオス先生を捉える。
「また来るわ。」
オリアナさんからの言葉に、イリオス先生は何も返事をしなかった。
でもそれで良かったのか、オリアナさんは満足したように去っていった。
「…二度と来るな。」
いや返事はするんかい。
「なんか急に暇になっちゃった。私本当はもっとオリアナさんの旦那さんと話す予定だったのにー。」
ネモさんはイリオス先生の髪の毛に一つ結びを作り、満足したのかにんまりと微笑んだ。
「あ、じゃあパレード見に行きますか?なんかどっかの国の使節団が来てるらしくて。」
「えーいくいく!イリオス先生は?」
「行くと思うか?」
「ですよねー。じゃあマシュー、行こ!」
パレードという言葉に急にテンションが上がったのか、ネモさんは勢いよくコテージから飛び出していった。
俺はイリオス先生にお疲れさまでしたとだけ言い残してコテージを去った。
ネモさんと学園の門を通って市街地に向かう。
既に多くの人が集まり賑わっており、ネモさんは早速ご飯を買っていた。
「あ、来たよ!」
遠くから豪華な音楽と共に馬車が向かってきているのが分かり、目を細めて中にいる人を見る。
小さくてよく見えないが、青みがかった黒い髪の毛に、水色の目によく似合う白い衣装。
…あれ、どっかで見たことがあるような…。
「ネモさん、あの人って、」
「隣国の次期国王らしいよ。一応婚約もしてるっぽくて、顔もいいから女性人気もあるんだって。」
「どこから仕入れた情報ですか。」
「そこら辺からの盗み聞き情報。」
まあ、馬車に乗ってるぐらいなんだからとんでもないお偉いさんだろうし、流石に俺の勘違いってところじゃないだろうか。
「エドワード王子だって。いいねえ、モテるだろうねえ。」
エドワード王子を一目見れたこともあり、俺とネモさんは足早に学園へ戻った。
途中でアルヴィン先輩に会ったのでオリアナさんは帰ったと伝えると、そうかとだけ言ってどこかへ行った。
「オリアナさん、また会えるといいねえ。」
「そうですねえ。」
外を見ると夕日が俺たちを照らしていた。
眩しい光を見て、思わずオリアナさんの金色に輝く髪を思い出してしまった。