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第8話 出会い

澪奈が目覚めてから、一夜が明けた。


窓の外には穏やかな朝の光が差し込み、鳥のさえずりが微かに聞こえる。目覚めたばかりの世界は、普段と変わらない静けさに包まれていた。


(……朝、か。)


ゆっくりと身を起こし、薄いカーテン越しに屋敷の庭を見つめる。 見慣れた光景。いつもの屋敷。

けれど―― 妙に静かだった。


「お嬢様、おはようございます」


侍女が静かに部屋へ入ってきた。 銀の盆の上には、温かい白湯が注がれたグラスが載っている。


「おはよう」

「……体調はいかがですか?」

「問題ないわ。大丈夫よ」


そう微笑みながら答えると、侍女はどこかほっとしたように息を吐いた。

(――?)


澪奈は、その小さな変化に気づく。

今までと何も変わらない朝のはずなのに、侍女の表情には、何か余計な感情が滲んでいた。


それが、何なのかまでは分からない。

だが、確かに今までと違う。


「お嬢様、旦那様と奥様から、『しばらくは無理をなさらず、ゆっくり過ごすように』とお言付けがございます」


「……そう」


「今朝の朝食はお部屋でお召し上がりになりますか?それとも、ダイニングへ?」


澪奈は一瞬、迷った。


(もう体もどこも悪くないのだから、いつも通りの方がいいでしょう?)


「……ダイニングでいただきます」


侍女は「かしこまりました」と微笑んだ。 けれど、その仕草の中にほんの僅かに様子を窺うようなものが見えた。



着替えを済ませ、ダイニングへ向かう途中で、

澪奈はふと感じた。

――屋敷の空気が、いつもと違う。

廊下ですれ違う侍女や使用人たちは、一瞬こちらを見て一礼する。一見いつも通りの仕草。だが、その視線はどこか神経質な空気を纏い、ひそひそと交わされる会話は、澪奈が通るとぴたりと止まる。


(……腫れ物に触るような空気)


特になにかされたわけでもない。

けれど、確実に見られているのを感じる。


"妖怪の事件に関わっていること"

"澪奈だけが目覚めたこと"―― それに対する、

言葉にしきれない何かが、この屋敷の中に漂っていた。


(……私は、何も変わっていないのに)


思わず、胸元に手を添える。

変わったのは、私ではない。

変わったのは、周囲の目。


(……なぜ。)


心にうっすらとした違和感が滲む。

けれど、それを言葉にすることはできなかった。



朝食を終えた後、澪奈は無性に外に出たくなった。


「……庭に行ってきます」


そう言うと、侍女は一瞬だけ戸惑ったような表情を浮かべた。が、すぐに「かしこまりました」と頭を下げた。


(……やはり、変だ)


気にしすぎかもしれない。 けれど、息苦しさを感じたのは確かだった。


(……少し、外の空気を吸いましょうか)


ずっと部屋の中にいたせいか、頭がぼんやりする。 ほんの少しの散歩――それだけのつもりだった。


だが。


廊下を曲がったその先で、知らない男と合った。


「……どなた?」


「……!失礼しました。先週から入りました、紅哉こうやと申します」


目の前の男は、どこか飄々とした笑みを浮かべてそう言い、一礼する。


赤みのある茶髪が無造作に揺れ、琥珀色の瞳が軽く細められている。 使用人の装いはしているが、どこか場違いな雰囲気を纏っている。


何より――


(……この屋敷に、こんな人物はいなかったはず)


「嘘ね。使用人は新人も含めて全員覚えているもの。で、あなたは?」


澪奈は、ほんのわずかに眉を寄せ、答えた。


「!この公爵家に使えているものを?全員?すごいな。

さすが公爵令嬢。いやぁ、そんな相手にはさすがに無理、か。……通りすがりの情報屋、ってとこかな」


男は、肩をすくめて軽く頭をかく。 その仕草はどこか気軽なものに見えたが――


(……情報屋?)


何かがおかしい。 そんな職業の者が、この屋敷に堂々と入り込めるわけがない。


(まさか、屋敷の警備を抜けて侵入した……?)


「ま、言っても信じづらいかも知んねぇけど、

俺としては別に怪しいもんじゃねぇし何か悪さするつもりもねぇよ。ただ、ちょっと見に来ただけ。」


そう言いながら、男はちらりと周囲を見渡す。 何かを探っている――そんな風にも見えた。


「……お嬢様?」

「どなたかとお話していらっしゃっているのですか?」


ふいに歩いてきた侍女から声をかけられる。


「え、ええ。ここで新しく入った使用人と」


「……その使用人はどちらに?」


「え?そこに……」


(みえて、いない?確かにここにいるのに?)


「ぁあ…。庭に新しく植えたい苗の話をしていて、

さっき発注をお願いしていたの。だから行ったんじゃないかしら。廊下で引き止めてしまっていたわ」


「左様でございましたか。お嬢様はお庭に行かれるんでしたよね?日傘をお持ちいたしましょうか?」


「いえ、大丈夫よ。ありがとう」


「かしこまりました。では失礼いたします」



* * *


「……ここでずっと話すわけにもいかないわね。

外で詳しく話を聞かせてもらうわ。一緒に来てください」


そう呟いて庭に向かう。

――しっかりと男が後ろにいるのを確認しながら。


澪奈が足を進めたとき、背後から小さく、低い声が聞こえた。


「視えるのか。おもしれぇな、お嬢さん。」


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